2018年08月16日 10:22 弁護士ドットコム
東京医科大で行われていた、女子と3浪以上の受験生を不利にする得点調整。背景の1つには、勤務医の厳しい労働環境がある。
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「残業代がかかるから、業界内では医師も『高プロ(高度プロフェッショナル制)』にすれば良いって意見も聞きました。でも、(要件の)104日も休みを取らせたら、現場が回りませんから。そんな声もなくなったようです」
こう語るのは、行田協立診療所の所長で全国医師ユニオンの植山直人代表。医師ユニオンは8月10日、東京医大の入試問題を受け、「女性医師も男性医師も働きやすい社会に変えていくべき」とする声明を発表し、医師の増員などを訴えた。
ユニオンによる勤務医の労働実態調査の結果も交え、東京医科大問題の背景を植山代表に聞いた。
ーー読売新聞の初期報道では、女性医師は出産などで離職しやすく、人手不足を補うための「必要悪」だったという病院関係者のコメントがありました。医師ユニオンも背景に「医師不足」があると指摘していますね。
人口千人あたりの臨床医の数を見ると、OECD平均3.3人(加重平均2.9人)に対し、日本は2.4人と少ない(2016)。1960年代はさほど差はなかったんです。しかし、日本は1980年代以降、医師の数を抑制してきました。
その結果、医師がバカンスを取れる国もあるのに対して、日本では常勤医の約4割が過労死ラインを超えて働いています。日本でちゃんとした連休が取れるのは、新婚旅行と身内が亡くなったときくらいでしょう。
厚労省の調査によると、子どものいる20~40代の女性医師の勤務時間は、他の医師と比べて短いようです。日本に限らず、各国で見られる傾向ですが、医師が足りていれば現場は回ります。
現在は、特に大学病院の人手が不足しており、それが今回の不正の背景にあると見ています。
ーーなぜ大学病院の人手が足りていないのでしょう?
大学病院は、臨床・教育・研究の3つが求められるので業務量が多いのです。加えて、収入が少ないため外部のクリニックでアルバイトをしている医師もいます。
全国医師ユニオンでは2017年、5年ぶりに勤務医の労働実態調査を行い、今年2月に最終報告書を発表しました(母数1803人)。
たとえば、労働時間管理の方法を見ると、全体では「自己申告」が半数超で「タイムカード等」は27.5%でした。しかし、大学病院でのタイムカード利用はたったの5.5%でした。
労働基準法が守られているかという問いについても、「守られていない」は全体で38.5%でしたが、大学病院では59.4%もありました。
大学病院は高度医療に専念して、業務量を減らせると良いのですが、国からの補助は減っているので、研究費を稼ぐため、一般外来をなくせないという事情もあるようです。
補助の話でいくと、医師国家試験の合格率が低いと、減額される可能性があります。3浪以上の受験生の点数を下げた背景には、この点も含まれるかもしれません。
ーー今回の入試不正問題を受けて、診療科によって女性医師の割合が違う「偏在」問題も指摘されています。働き方の過酷さやそれに由来する根強い女性差別が影響しているようですが…。
ユニオンのアンケートでは、9割以上が「診療科の偏在と労働環境に関係がある」と考えています。
その点を考慮して診療科を選んだ人は27.7%にとどまりましたが、若い世代になるほど割合が高い傾向にありました。50代だと20.9%なのですが、20代だと55.1%が労働環境を考慮したと答えているんです。
女性に限らず、労働環境を変えないと診療科の若手を揃えるのが難しくなっているといえそうです。
ーー環境改善のインセンティブにもなりそうですが、キツいところはよりキツくという悪循環にもなりそうですね。
成績順に診療科が振り分けられる国もあるようですが、日本では診療科の選択は自由です。労働環境の改善が前提になりますが、大学側が学生の適性を把握し進路指導を行うことも必要となるでしょうし、偏在が起こらないようなルールをつくる必要もあるでしょう。
偏在は、診療科レベルではなく地域レベルの問題もあります。しかし、現状では地域ごとにどの診療科に何人ぐらいの医師が必要なのか、という試算もありません。国民のために医療があるわけですから、ニーズを計測したうえで、納得いくような議論ができればと思っています。
そもそも「偏在」と言っても相対的なもので、医師が余っている地域や病院、診療科はないんですけどね。
ーー現状でできる改善策はありますか?
当直とオンコール(院外待機時間)はなくせないので、長期的には医師を増やして、看護師のような交代制勤務を確立するしかないと思います。
直近で行くと、まずは無駄な作業を減らすことです。ユニオンの調査で、この2年間の業務量の変化を聞いたところ、「増えた」が43.8%で「減った」(16.2%)を大幅に上回りました。なにが原因だったかというと、診療時間や文書作業、会議の増加です。
診療時間については、日本の医療へのアクセスの良さがあるでしょう。たとえば、海外だと自然治癒が大事にされることがあります。でも、日本では「とにかく病院」です。
インフルエンザの「タミフル」という薬がありますよね。あれは全世界の75%を日本で消費しています。使っても、熱が下がるのが1日短くなるくらいで、飲まなくてはいけない薬ではない。
でも、日本人は「会社を休めないから」と病院に行って、検査して、薬をもらわないと気が済まない。製薬業界との関係もありますが、医療費という点でも、国民の意識を少しずつ変えて行く必要があるでしょう。
ーー文書作業や会議についてはどうでしょう?
事務作業については、個人情報の承諾書など必要なものが増えています。また、診療報酬が変わっても、既存の数字がそのまま変化するわけではなく、新しいものが足される形が取られやすいので、作業が増えます。
事務作業などをアシストする「医療クラーク」といったスタッフの増加など、広い意味の医療補助が必要だと思っています。
医師と他職種間での「タスク・シフト(業務移管)」や「タスク・シェア(業務の共同化)」については、患者の理解が必要ですし、看護師など医療従事者は全体的に過重労働なので反対意見もあることに留意が必要でしょう。
ーー「働き方改革関連法」の残業規制ですが、医師への適用は5年猶予となりました。
猶予期間を終えた後も、本当に単月100時間、複数月80時間などが適用されるかは不安に思っています。当直を何回かやれば、超えてしまうわけですから。
たとえば、トラックの運転手は現状でも1日13時間(例外でも16時間)を超える拘束は認められていません。しかし、医師は現状、「過労運転」状態で人の命を預かっています。
医療過誤の原因を勤務医に聞いたところ、1位は「スタッフの連携不足」(57.7%)でしたが、差のない2位は「疲労による注意力不足」(56.4%)でした(複数回答)。
現在、厚労省で「医師の働き方改革に関する検討会」が開かれていますが、出席している医者は病院経営者らで、医師の労働者代表がいません。病院としては、労基法が守られていなくても問題になりづらい、現在の方が都合が良いわけです。当然、研修医の声なんかは届きづらいでしょうね。
(弁護士ドットコムニュース)