トップへ

「ペンギン・ハイウェイ」原作者・森見登美彦×石田祐康監督対談 一度断ったアニメ化オファーをOKした理由とは

2018年08月15日 19:23  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

左から森見登美彦先生、石田祐康監督
8月17日(金)に全国公開がスタートする劇場アニメ『ペンギン・ハイウェイ』。街に突如として現れたペンギンの謎を追う、小学4年生のアオヤマ君のひと夏の冒険が描かれる。

原作は森見登美彦による同名小説。本作のメガホンを取った石田祐康監督は、大学在学中の2009年に発表した短編アニメ『フミコの告白』で注目を浴び、今回が長編アニメーション初挑戦となった。学生時代には森見小説に親しみ、思い出の作品をアニメ化する不安もあったと語る。公開を前に、おふたりに企画成立の過程と自身の子どもの頃を振り返っていただいた。
[取材・構成=奥村ひとみ]

『ペンギン・ハイウェイ』

2018年8月17日(金)全国ロードショー
■「石田監督のやる気にかけてみよう!」と思った(森見)
――石田監督と『ペンギン・ハイウェイ』の出会いを教えてください。

石田
大学生の頃、「森見登美彦の小説が面白いよ」と勧めてくれた人が何人もいたんです。それがきっかけで『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』など森見先生の作品を読み漁りました。その中でもとくに『ペンギン・ハイウェイ』は、友人が強く勧めてくれた一作でした。とにもかくにも、あの頃は僕の周囲では森見先生の作品が熱かったんです。

森見
ありがとうございます(笑)。

石田
ちょうど京都の大学へ通っていたこともあって、京都を舞台にされることが多い森見先生の小説は僕の大学生活を彩ってくれた重要なひとつでした。

――その頃からアニメ化をイメージされながら読んでいましたか・

石田
いやいや! 自分でアニメ化しようだなんて考えも及ばなくて、何の気なしに読んでいました。
けれど『ペンギン・ハイウェイ』は他の森見先生の作品とは、読んだ感じが少し違うというか……。厚かましいかもしれませんが、先生の作品の中で自分に一番向いているのはこれかな、って。

森見
しっくりきたんですね。

石田
ええ。絵にしがいのある描写だなと思ったんです。これはきっと美しく、あるいは楽しく、おかしみを持って描けるだろうと感じました。

――森見先生は今回のアニメ化のオファーを受けてどのようなお気持ちでしたか?

森見
正直に言いますと、はじめは「大丈夫かなぁ……?」という気持ちが強かったです。原作小説の明るい面とちょっぴり悲しい面、そして暗さや不気味さもある要素をアニメーションとしてどのように表現されるかまったく予想ができなかったし、特に『ペンギン・ハイウェイ』は僕が子どもの頃にこだわっていた原点のようなものを小説にした大事な作品でしたから、預けてよいものか慎重になりました。
でも、石田監督が送ってくれた企画書からはひしひしとやる気が伝わってきたので、「この監督のやる気にかけてみよう!」と思いました。

石田
つ、伝わりましたかね(笑)。


――ちなみに、どんな企画書だったんですか?

石田
かなりの量の資料を添付して、何回かに分けてお送りした気がします。いま思えば原作者相手に厚かましいというか、暑苦しいんじゃないかというくらいの量でしたね……(笑)。

今回の企画では、少年が見る世界の美しさをアニメーションにしてみたかったんです。『ペンギン・ハイウェイ』はまさにピッタリの原作でしたが、はじめから「この作品でいくぞ!」と確信を持っていたわけではありませんでした。
すごく魅力的だけど、自分にとっては恐れ多い作品でもあるから、いいなぁと思いつつも外していたんです。いざ『ペンギン・ハイウェイ』に照準を合わせることになっても、具体的に考えれば考えるほど「森見先生の作品の真意を描けるのかな……」と不安でした。でも最終的には作品の魅力にかなわなくて、「アニメ化したい!」という気持ちが勝った形ですね。

森見
なるほど、いろいろと迷いがあったんですね。
今だから言えますが、最初にいただいた企画書は若干のズレが感じられて、一度はアニメ化をお断りしたんです。けれどその後にもらった資料付きの企画書で、ガラッと印象が変わったんですよ。

石田
最初に送ったものは、アオヤマ君のキャラクターデザインが今よりも柔らかい感じでしたよね。まだ特徴をとらえきれていなかったのを覚えています。

森見
もっと牧歌的な雰囲気の少年でしたね。
この作品はアオヤマ君のキャラクターがズレると、世界のすべてがズレてしまいます。最初の企画書はその点がとても危うかった。
それが、資料付きの企画書ではアオヤマ君のキャラクターがかなり良くなりました。石田監督の本気を感じました。
逆に最初の企画書からの変化を見たから思い直せたというのもあるので、一度お断りしたのは結果的に良かったのかもしれません。


――石田監督はどこにアオヤマ君の特徴を見出したのですか?

石田
1回目と2回目の企画書で大きく変わったのは、アオヤマ君の目の描き方でした。最初のアオヤマ君は、上まぶたの線が丸っこいつぶらな瞳をしていました。
2回目を描いたときに今のようなひし形っぽい鋭い目つきになったのですが、僕はこの目を高感度センサーのつもりで描いたんです。この子の目には世界がかなりクリーンに映っていて、自分が気になるものをとてつもないレンジと周波数帯でパッと感度良くキャッチする。アオヤマ君ってそういう子だろうなと思って描いてみたら、なんだか自分の中で腑に落ちたんです。

――森見先生は本作を執筆された当時、アオヤマ君をどんな発想から生み出されたのでしょうか?

森見
アオヤマ君というキャラクターは、「僕が子どもの頃に見ていた世界が見える人」なんです。
子どもの頃の僕は郊外の街に住んでいて、この特に変わったところもない住宅地のどこかに世界の果てみたいなものがあるんじゃないかと妄想していました。
あのときに見えていた風景や妄想を小説に描きたい気持ちがずっとあって、それこそ『太陽の塔
』でデビューする前の習作で試みたこともあったのですが、どうやって書けばいいのかなかなか分からなかった。自分の思うような、キラキラした不思議な感じにならないんです。
いろいろ考えた末、じゃあどんな主人公ならばあの風景を再現できるのか? と発想を逆転することで、アオヤマ君の像が浮かび上がってきました。

――描きたい世界から逆算して生まれたのがアオヤマ君だった、と。面白いですね。

森見
書きながら調整して、徐々に固まった視点がアオヤマ君だったのです。これは何作か小説を書いて、だんだん書き方が分かってきたから可能になったのだと思います。中でも『夜は短し歩けよ乙女』で乙女というキャラクターを描いたことで、視点を特殊に設定すると見える世界も特殊になると分かりました。

→次のページ:恋の原体験は小学4年生

■恋の原体験は小学4年生

――探究心旺盛で少し大人びているアオヤマくんですが、お姉さんに淡い恋心を抱いているところなど可愛らしく共感できます。アオヤマくんの描き方にも関わってくるかと思いますが、おふたりは少年時代、どんなふうに恋に目覚めたか覚えていますか?

森見
小学生のとき、僕は恋愛感情がまったく理解できませんでした。アオヤマ君のように「ほのかに好き」みたいな感情もなくて、ひとりの女の人を好きになる気持ちそのものが分からなかったです。


――アオヤマ君のようにおっぱいが気になるようなこともなく?

森見
いや、それは分かった。

石田
それは分かるんですね(笑)

森見
うん、それはギリギリ分かるんですけどね……。それと特定の女の人というのがダイレクトに結びつかなくて、バラバラだったんです。

石田
なるほど。僕はちょうどアオヤマ君と同じ10歳の頃に節目があったような気がします。そんなハッキリした感覚ではなく曖昧なものですが、クラスの異性を見て「この子って可愛いんだな」と気づくというか。見ているとなんだか得な気分になる、みたいな。

森見
あはは、得な感じ。「眼福!」みたいな。たしかに、その感覚はあったかもしれない。

石田
それが小学5年生になるとだんだん生々しくなってきて、ちょっと保健の授業で気になる言葉が出たりしたら、男子で集まって保健室の本を調べに行くんです。

森見
なるほど、第二次性徴期の助走期間みたいなものだ。生々しくなりすぎて、アオヤマ君みたいな話ではなくなりそうですね(笑)。

石田
そうなんです。だからアオヤマ君が小学4年生っていうのは、ものすごく納得なんですよ。

――少年が恋の原体験を味わうリアルな年齢なんですね。そういった少年期のリアリティを描くうえで意識されたことはありますか?

石田
たとえば、おっぱいの扱い方です。生々しくなり過ぎてはいけないけれど、アオヤマ君がおっぱいに心惹かれる感じは大切にしたい。なのでリアルとファンタジーをすり合わせていく塩梅には気を付けました。
あと、いじめっ子のスズキ君とのやり取り。スズキ君って、けっこうえげつないことをするんですよ。あんまり見ていて面白いものではないかもしれませんが、そういう毒気は重要な要素だと思い、絶対に入れたかったところです。ファミリー向けに寄りすぎても作品の良さがなくなってしまうので、そのバランスは意識しました。

森見
映画になるとどうしても視点が俯瞰になるから、より直接的に見えてしまうんでしょうね。
逆に僕が小説を書いていたときは、アオヤマ君が強すぎて困ったんです。スズキ君がどんなにひどいことをしてもアオヤマ君が動じないから、スズキ君が怖く見えなくて。

石田
スズキ君もけっこうな悪ガキなんですけどね(笑)。


――おふたりはこの映画をどんな人に見てもらいたいですか?

森見
「自分のまわりに不思議なものがあるんじゃないかと考えている子どもたちに是非見てほしいです。要するに、子どもの頃の僕に見せてあげたいんです。
僕が見たかった風景や妄想をしっかりと映像化していただいているので、あのときの僕が見たらきっと人生がゆがむくらいの衝撃を受けるでしょうね。
もちろん、大人でも不思議なものを求める感覚はあるでしょうから、大人の方にも見ていただきたいです。

石田
作っているときはターゲット層や対象年齢をそこまで考えていませんでしたが、たしかに自分も、子どもの頃にこんな映画を求めていたのかもしれません。
少年時代に見て今も心に残っている映画って、実は怖いところがあったり、大人になってからあのときは全然理解できていなかったんだと気づいたりすることが多いですが、本作もそんな感覚があると思います。原作小説を読んで「ここがステキだな」「こういう絵が見たいな」と思ったところをシンプルに映像化してつくったつもりでしたが、潜在的に好きなものって、過去からそんなに変わっていないんでしょうね。
なので、森見先生と同じで、10歳前後の僕が見たら、きっと喜んでくれそうです。

森見
子どものときの夏休みの終わりにこんな映画を見たら一生忘れないですよ。「あれはなんやったんやろう?」って、ずっと心に引っかかるはずです。