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『カメラを止めるな!』ヒットの芽はいかにして育まれたのか? シェアしたくなる理由を分析

2018年08月14日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今年上半期の映画界の最大のニュースは、『カメラを止めるな!』の大ヒットだろう。イベント的な特別上映のみのはずが、映画ファンの目に留まり、都内2館でのミニシアターでの興行が連日満員続き。本作を観た観客の熱気はとどまることを知らず、その人気はどんどん拡大していった。本興行から約1ヶ月経った7月下旬ごろには、テレビをも賑わせることになり、注目度は全国レベルに昇りつめ、シネコンチェーンでの拡大公開が決定した。


参考:「お見事!」と言わずにはいられない 映画作りの苦楽が詰まった『カメラを止めるな!』の面白さ


 無名の役者、無名の監督のワークショップの企画映画がここまで騒がれることになるとは誰も予想しなかっただろう。これはもはや事件である。SNS時代は口コミが大事とはよく言われるが、大きな宣伝費を投入したわけでもなく、本当にそれだけでここまできた映画は他に例がないのではないか。


 一体、この映画の何が人々の心を捉えたのだろうか。本作のヒットの芽はいかにして育まれたのだろうか。


【ミニシアターが育んだ大ヒットの芽】


 本作の人気拡大の流れは概ねこのようなものだ。


2017年11月のK’s cinemaでの特別上映時に一部の映画ファンの間で密かな高評価を獲得

2018年3月のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で観客賞を受賞、さらに映画ファンの認知を増やす

6月23日、K’s cinemaと池袋のシネマ・ロサで限定公開。連日満員で熱狂的に迎えられる。このあたりから熱狂の度合いが大きくなっていき、有名人のツイートなどで、世間的な注目度も高まり始める。

シネコンの川崎チネチッタが上映を開始し、7月下旬ごろには頻繁にウェブニュースに掲載されるようにもなり、テレビの情報番組も本作を取り上げ始める。

8月3日の拡大公開日(16館)に、さらなる爆発的なツイート数を記録し、週末の興行収入ランクでも10位に食い込む。今後上映館はさらに増えていく予定。


 これだけの認知を獲得するに至ったのは、6月下旬の本公開以後、多くのインフルエンサーの目に止まったことが大きな要因として挙げられるだろうが、本作はそもそもENBUゼミナールのワークショップ企画の映画であり、2017年11月の上映しか予定されていなかった。そこから命脈をつなぎ、6月の再上映を実現させたのは、一部の映画ファンや評論家の支持であり、作品のポテンシャルを見抜いた配給会社と興行会社の先見の明だ。


 とりわけ2017年11月、そして6月23日の封切りを担った新宿のK’s cinemaの功績は大きい。普段からインディーズの邦画を数多く上映する劇場だが、世間から大きな注目を浴びにくい作品を、これまでも数多く世に送り出してきた。


 『カメラを止めるな!』は、インディーズ映画が口コミの風に乗ってシネコン上映まで拡大したことで注目されたが、そのヒットの芽が潰れずに済んだのは間違いなくK’s cinemaと、同じく封切りを担った池袋シネマ・ロサのようなこだわりのミニシアターのおかげなのだ。


 『カメラを止めるな!』の大ヒットは、シネコン全盛の時代においても、ミニシアターには大きな役割があることを示した作品と言える。


【2016年からしきい値を超え始めた口コミの力】


 ある映画レビューサイトの運営者に聞いたのだが、『カメラを止めるな!』のレビュー投稿数の伸び方は、『この世界の片隅に』に似ていたという。


 『この世界の片隅に』は、クラウドファンディングで製作資金の一部をまかない、その後もファンの熱心な応援によって上映が拡大、公開から2年経った現在も上映が続いている作品だ。


 2016年は、『この世界の片隅に』以外にも『シン・ゴジラ』や『君の名は。』などSNSを中心にする口コミ効果が、映画のヒットに大きく貢献したと言われる作品が多く出現した。2016年は映画興行と口コミを考える上でエポックメイキングな年だった。


 とはいえ、相変わらずマスメディアの力は強い。『君の名は。』にしても、長い興行に口コミが貢献したことは間違いないだろうが、公開初期の認知度調査では、テレビCMは以前高い数値を記録していた。(参考:テレビとクチコミで広まった”君の名は。”~VR CUBICデータから見る「君の名は。」ブーム~|ビデオリサーチ)しかし、あの辺りから何か風向きが変わったと感じた人も少なくなかったのではないか。


 『カメラを止めるな!』はそれら2年前の大ヒット作品よりも、マスメディアの貢献度はさらに低いだろう。なにせ予算300万円のインディーズ映画だ。テレビCMなど打てる予算はないし、ウェブメディアのタイアップ広告でさえ厳しいだろう。少なくとも7月下旬までの興行を支えたのは、作品の熱に浮かされた観客たち自身だったのだろう。本作はまぎれもなく、口コミが生んだ大ヒット作と言っていいだろう。


【好きなものを好きなように作ることの大切さ】


 さて、それではなぜ人はこの映画をシェアしたくなるのだろうか。ネタバレしない程度に分析してみたい。


 一つには、本作の結末は心地よい裏切りだということだ。最初の37分間の展開からは、あのユニバーサルで普遍的な着地点に落ち着くと予想するのは難しい。この爽快に騙される快感は、やはり誰かに伝えたくなる。観客もそれを直感的にわかるのでネタバレ情報が出回らない。結果、熱量の高さだけが感染するように拡散していく。


 本作の予想の裏切りは上映時間96分の中で何段階かに渡ってなされる。歴戦の映画ファンでも騙される見事な脚本だ。本作を観た人ならわかるだろうが、本作の脚本は明らかにぽっと出の新人のものではない。上田監督は短編映画などの実績があるが、相当に脚本の研究をされていると思う。ただ勢いあるだけの若手というわけではない。


 もう一つ指摘したいのは、本当の意味で共感とは何なのか、ということだ。マーケティング的には「共感の時代」だとよく言われるようになったが、共感を得ようとして、消費者の声を聞いてその通りにすれば支持されるかというと、そういうことではない。


 筆者は上田監督にインタビューの機会をいただいたのだが、上田監督は「どんな偉い人に何を言われようが関係ない、当たらなくてもいい、自分がいままで生きてきた中の“好き”を詰め込んだ96分をつくろう」と思ったと言う。そして映画監督を目指した理由も、ただ「映画を撮りたいから」なのだと。(参考:映画『カメラを止めるな!』上田監督が映画ファンに答えた “影響を受けた作品と笑い”【独占取材】|FILMAGA)


 好きなものを好きなように作る。同人作家のようなことを言っているなと思ったが、それが今は一番共感される時代なのではないか。


 筆者はTVアニメ『けものフレンズ』のことを思い出した。放送前はアニメファンの間でもノーマークだった低予算作品が、どんどん評判が拡がり大ヒットになった。作り手たちが本当に心から作品を愛していることが伝わってきたし、ファンの期待を超えるサービスを提供し続けてくれた。


 それが突然、大人の事情による騒動でたつき監督が降板となった。作り手とファンが純粋な気持ちでつながった稀有な作品だっただけにショックは大きかった。


 この映画にはそういう「大人の事情」めいたものを一切感じない。実際、ヒットさせねばならない企画ではなかっただろうし、本当に監督の好きだけが詰め込まれているのだろう。しかも本編の内容も映画作りに対する愛を描いている点で監督の姿勢とそのままリンクしている。


 今、我々が観たいものは大人の事情でも上っ面だけの共感でもない。『カメラを止めるな!』のヒットが示したのは、「本当の好き」が詰まった作品こそ、今一番求められているということではないだろうか。(杉本穂高)