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綾瀬はるかと竹野内豊が見出した奇跡 『義母と娘のブルース』“白”の演出を読み解く

2018年08月14日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 『義母と娘のブルース』(TBS系)は早くも大きな転換期を迎えようとしている。いつも朗らかに笑い、ナレーションの声だけでも綾瀬はるか演じる妻・亜希子、並びに娘・みゆき(横溝菜帆)への優しさとたっぷりの愛が伝わってくる竹野内豊の素晴らしさもあり、永遠にこのままでいてくれればいいとさえ思ってしまうほどだ。


参考:竹野内豊の愛に溢れた土下座に涙 『義母と娘のブルース』は“家族とは何か”を問いかける


 『義母と娘のブルース』は、桜沢鈴の同名コミック(ぶんか社)を原作に『わたしを離さないで』(TBS系)、『おんな城主 直虎』(NHK総合)の森下佳子が脚本を担当している。森下は『おんな城主 直虎』でサラリーマン社会でありそうな物事、視点を戦国時代に持ち込んだが、今回の『義母と娘のブルース』は逆に、戦国時代の要素を現代のサラリーマン社会ならびに家庭生活に持ち込んだ。


 手段を選ばない戦国部長・亜希子(綾瀬はるか)は、“世を忍ぶ仮の姿”専業主婦へと形を変え、妻として母親として、時に予想外に、時に不器用に奮闘する。綾瀬はるかの身体能力とコメディセンスによって繰り出される度肝を抜かれるハードな腹芸、土下座、一気コールなどに、みゆきとともに呆気にとられていたのに、気づいたらその裏にあるあまりの純粋さ、真っ直ぐさに、良一(竹野内豊)とともに心から愛おしくなり、応援せずにはいられなくなった視聴者は少なくないだろう。


 第5話の「母親にも妻にも向いているとは思えない、仕事しか取り得のない人間の私でいいのか」という亜希子の問いかけに対して、良一は「亜希子さんがいいんですよ」と答える。ビジネス以外では不得意なことばかりの彼女をそのまま包みこむような良一の言葉は、たとえ普通の恋愛から始まった結婚ではなかったとしても、これ以上ない愛の告白だと言えるだろう。そしてそれは、この物語が、戦国部長こと元バリバリのキャリアウーマンが一家庭に“入社”して、キャリアウーマン的思考で新しい家庭像を切り開いていく話と思いきや(もちろんそういった部分もあるのだが)、平凡でのんびりと、日常に転がる“奇跡”ばかり探している夫・良一と、可愛い娘・みゆきの行動に、逆に変えさせられていく、ロボットのような戦国部長が、人間性を取り戻していく物語であったことを示している最高の一言だった。


 このドラマは奇跡で溢れている。特筆すべきは2人の男性だ。1人は、ドラマ冒頭から自動販売機のアタリ(7揃い)、ナンバープレートの番号の並びなど、奇跡を見つける達人・良一であり、もう1人は、あらゆる職業を点々としながら、宮本家の日常に小さな影響を与え続けている“奇跡”そのもの・佐藤健演じる章である。


 この謎に満ちた章という存在は、時に5つ並びの7ナンバーのバイクを運転し、時に「奇石の花屋」として、タクシーの運転手として、コピー機の修理業者として宮本家、並びに亜希子の日常に偶然にも計4回もの奇跡を巻き起こす。だが、いつもポジティブな奇跡を巻き起こしていた彼は、第5話になって突然不穏な空気を纏いはじめる。良一の入院している病院に定期的にやってくる、遺体を運び入れる霊柩車のドライバーとして。まず良一がその姿を目撃し、次に良一の検査結果を聞きにきた亜希子もそれを目撃し、彼女は一度出した親指を慌てて引っ込め、その不吉さに良一が死んだと思いこむ。そして遺体安置室にいる章の傍のろうそくが、良一の命の灯火を予感させるように、1度目は揺らぎ、2度目は消える。


 奇跡の彼は、第1話の自動販売機の奇跡のエピソードが第5話では良一が喜べないフライングの奇跡として再登場することと同じように、宮本家にとって不吉な存在へと変貌するのである。まるで1つの物語を終わらせに、天使が死神へと変貌するかのように。


 「結婚して1つ学んだことがあります。奇跡はわりとよくおきます」と第4話で亜希子は良一に言うが、奇跡はよくおきるのではない。奇跡を見る余裕がない人が日常を眺めてみたところで、そこに奇跡を見出すことはできない。


 亜希子は、奇跡を見つけだす達人・良一に倣って、奇跡を探し、見出すようになった。良一の奇跡探しを、いつのまにか亜希子が真似、みゆきもまた、良一の入院に際し、自分にできることをしようと、奇跡の収集に励む。


 第5話の終盤、電車に乗った良一と亜希子の場面で、亜希子は良一より先に奇跡を発見する。向かい側の席に座る人々がみんな白い靴を履いているという奇跡。それを知らされた良一は笑い、愛おしげにそして少し切なげに、亜希子を見つめる。そしてその白の繋がりは、彼らが撮ろうとする家族写真のための白いウェディングドレスへと繋がり、真っ白な試着室に入っていく亜希子と、その姿を眺め「奇跡だなあ」と呟き座り込む良一のラストシーンへと行き着く。


 思えばずっとこのドラマは白に包まれていた。CMに入る直前、このドラマは従来のように突然CMに切り替わるのではなく、一度黒もしくは白にフェードアウトする。そして次第に物語が深まるにつれて白い画面によるフェードアウトばかりになっていた。それは画面を包み込む丸みを帯びた温かさ・柔らかさの表現であり、成長したみゆきのナレーションが常に、遠くない未来に起こるのだろう父親の死を予感させてきたように、ナレーションにおける未来のみゆきの視点からすると“愛おしい思い出の日々”であるその光景を演出するのに最も相応しい。そしてその幕切れの白という予兆は、次第に大きくなり、白で埋め尽くされる第5話ラストへとたどり着いてしまったのである。


 奇跡探しリレーのバトンは渡った。それでもどうしても、予告のなかった本日放送の第6話で、生きた良一の姿が見られることを願わずにはいられないが、心を落ち着けて本日22時を待とう。(藤原奈緒)