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SHE’S、シングル『歓びの陽』でより洗練された音楽性 進化続けるバンドの“今”のモードを分析

2018年08月11日 10:02  リアルサウンド

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 国内のロックバンドでEDM以降のポップミュージックを視野に入れた曲作りを意識しているバンドは果たしてどのぐらい存在するだろうか。アッパーで踊れるエレクトロニックサウンドを導入するという意味では、SEKAI NO OWARIもUVERworldもMAN WITH A MISSIONも[ALEXANDROS]もMrs. GREEN APPLEも各々のアプローチを行なってきただろう。ただ、近年のThe Chainsmokersのようにパーソナルでセンシュアル、非常に少ない音数で、アトモスフェリックなミドル~スローナンバーに消化した、現代人にとってのエレジー的なサウンドメイクやフィロソフィーを持ったバンドは、インディペンデントなシーン以外では目立った存在がいない状態だ。


(関連:SHE’Sの音楽にある“シンフォニック”な要素 ストリングスとホーン従えた中野サンプラザ公演


 ことR&Bシーンにおいては三浦大知のニューアルバム『球体』が、アンビエントR&BやEDM以降のダンスミュージックを完全に消化し、少しアーティスティックすぎるほどの衝撃を携えた作品として提示されたことは記憶に新しい。アメリカのトラップやベースミュージックを視野に入れているだけでなく、日本人ならではの侘び寂び寄りの余白の美しさすら感じさせるオリジナリティ。どうやら国内では三浦やトラックメイキングの手腕を磨き、小袋成彬のラジオ番組に出演して機材談義に花を咲かせていたことも印象深いw-inds.の橘慶太らが、日本のポップスリスナーに未体験のサウンドプロダクションで刺激を与えている印象が強い。


 そんな中、SHE’Sのニューシングル『歓びの陽』が面白い。タイトルチューン「歓びの陽」のイントロは音数を研ぎ澄ましたエレクトロニックなサウンドがほの明るいアトモスフィアを立ち上げ、井上竜馬の歌い出しのブロックは英語。The ChainsmokersがHalseyをフィーチャーした「Closer」の肌触りにかなり近い。英語のブロックが終わる直前にピアノとストリングスが滑り込み、キックが入る。さらにユニークなのが、サビ前に彼らのロックバンドらしさを象徴する服部栞汰のドライブするギターが切り込んでくる部分。メロディが高音に開かれるサビに入ると生ドラムではなく、ハンドクラップが高揚感を盛り上げるという、EDMのサビに近い手法をとっていることだ。ただ、そのハンドクラップ部分で踊り狂いたいか? といえばそうではなく、トンネルを抜けて視界が開けるような心情を誘う、そういう種類のカタルシスをもたらすところが、EDMというよりEDM以降のアプローチと共振するのだと思う。


 さらに言えば、Aメロでの木村雅人のドラムは最小限のキックとハイハット使いで細かな心の動きを描く歌詞の世界観に寄り添っているし、同じメロディでも2番になると広瀬臣吾のベースラインが強調されており、曲の終盤に向かってピアノ、ギター、ベース、ドラム、ストリングスの全てがダイナミックに主張。1番から繰り返されてきた〈ここまで来るのに 一人じゃなかったんだ 別れも後悔も 背に乗せ 唄ってた〉という歌詞が確信に満ちていく心情を加速させるアレンジと言えるだろう。そして再びイントロ同様の静謐な少ない音でのエンディング。しかし、最初の不安げなムードとは違う印象で聴き終わる。


 同曲には作詞、作曲、アレンジでagehaspringsの百田留衣を迎えているのも、繊細なサウンドメイクの鍵になっていると予想できる。YUKIや中島美嘉、そして何より近年のAimerでのワークスにおける歌の聴かせ方、響かせ方がこの「歓びの陽」のサウンドプロダクションにも生きている。さらに、そのサウンドプロダクションとアレンジ面での新生面をより具体的に理解するガイドとして、このシングルには歌抜きのインストゥルメンタルのトラックと、生音を抜いたBacking Track Versionが収録されている。CDはもちろん、各種サブスクリプションでも聴くことができるので、打ち込みのみのBacking Track Versionをまず聴いて、井上竜馬がどんな音の空間や質感を最初にイメージしたのかを把握し、生楽器がどれだけ選び抜かれたバランスでアレンジされているか、それらを知った上で歌が入った完全なバージョンを聴くと、今のSHE’Sのモードがアルバム『Wandering』の時とはすでに異なることが可視化(可聴化といったほうがいいか)されるはずだ。この聴き方はぜひファンはもちろん、EDM以降の現代の様々な音楽好き全員に試して欲しい。ちなみに同曲は『モンストグランプリ2018 チャンピオンシップ』大会イメージソングのタイアップ曲ではあるが、歌詞の内容は井上竜馬という表現者の素直さに加えて、SHE’Sというバンドがどこかの誰かの助けになれば、いや、むしろなりたい、ぐらいの平熱の頼もしさを放っている。つまりかなりリアルなバンドの“今”が込められている楽曲なのだ。


 一方、2曲目に収録されている「Upside Down」(TVアニメ『アンゴルモア元寇合戦記』エンディングテーマ)は、お題ありきで新しい側面を提示できた書き下ろし曲なのではないだろうか。プリミティブなフロアタムの力強さやロマ的な民族色の強いAメロのフォーキーなニュアンス、そしてサビ前のギターリフとストリングスリフがともに士気を高め合うようなアレンジ、サビでのコーラスアレンジが、井上が長らく好んでいるMumford & Sonsの力強さを想起させる。


 「歓びの陽」の洗練さと対極的な生身のバンド感がありつつ、ヨーロッパの辺境の地を思わせるリズムとメロディをここまで前面に打ち出したという意味では、この曲もチャレンジングである。ちなみに同アニメのオープニングテーマはストレイテナーが手がけた「Braver」。両バンドが物語をどう捉えているのか聴き比べてみると面白い上に、リズムアプローチに共通するものを少し感じることができて、オープニングとエンディングでとても良い関係を築いているのも素晴らしい。


 3曲目は、井上のピアノ弾き語りによる「Monologue」。タイトル通り独白である。Coldplayのクリス・マーティンが持つようなスケール感はすでに井上の血肉となっていて、そこに日本人の琴線に触れるマイナーとメジャーが心地よく行き来するメロディがもはやピアノも歌も一体化しているイメージだ。サウンドやアレンジでチャレンジングな方向性を示した2曲の後に、歌を作るシンプルな井上の軸を形成する素に触れるかのようで、ファンにはたまらない1曲だろう。


 表題曲ではもちろん最新のバンドの音楽性を提示しつつも、メインとカップリングという関係にはない今回の内容。CDでもサブスクリプションサービスでも、一度全曲を聴いて、このシングルに張られた伏線をリスナーそれぞれの解釈で楽しんでみてほしい。(石角友香)