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映画館の最適な音量は「爆音」が正解だったーー米スピーカーメーカーMeyer Sound社を訪問

2018年08月06日 12:32  リアルサウンド

リアルサウンド

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 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第30回は“アメリカで知る、映画館の音量”について。


参考:公開本数の激増は映画館にとって福音か? デジタル上映の長短を考える


 先日、大変幸運なことに、シネマシティがメインで使用しているスピーカーメーカーMeyer Sound社様からご招待いただき、本社のあるカリフォルニアはバークレーを訪れ、各種スピーカーの試聴や工場見学をさせていただきました。さらにはMeyer Soundのプロダクトを採用している、ジョージ・ルーカス監督が作ったルーカス・フィルムの音響制作部門Skywalker Soundの見学までさせていただきました。この許可が下りるのはかなりレアなことだそう。


 抜けるような青い空、降り注ぐ白くまっすぐな陽の光、幾千の光を返す海、街のいたるところに揺れるヤシの木……というヴィジュアルにも関わらず、風が冷たくとても半袖ではいられない肌寒さという気候で、日本では40度を越えた地域もあるというニュースをスマホで見ながら、ひとときの避暑も兼ねる贅沢。


 Meyer Soundでは、一部の木工品と金属部品、電子回路を除いて、ほとんどの部品を自社で製作しており、テストに次ぐテストを繰り返しながら製品が組み上がって完成していくまでを見せてもらいました。


 またこの工場というのが、映画のセットかよ、とツッコミたくなるほどエレガント。なんとこの建物、かつてはあのハインツのケチャップ工場だったものを改装したとのこと。工場だっていうのに、いたるところに装飾が施されてもいる、アール・デコなムードに酔ってしまいます。こんなノスタルジックな場所から、世界最先端の超ハイクオリティな音が生まれているという事実。カッコ良すぎじゃないでしょうか。


 工場から歩いて移動してMeyer Soundが持っている試写室的な場所、50~60席クラスのPearson Theatre(ピアソン・シアター)へ。ここにはMeyerのシネマ用のスピーカー、Acheron(アシュロン)が設置してあり、サブウーファーには、メタリカのライブのために作られたという人間の可聴範囲より低い音(音というよりほぼ振動)まで出力できるというVLFCという最新機種も。


 ここで音響チームが来場して聴いて絶賛したという『ワンダーウーマン』の、最初に能力が目覚める、ロビン・ライトとのトレーニングシーンを試写していただきました。ガル・ガドットが胸の前で腕をクロスさせて、衝撃波を放ったところで場内に明かりがつきます。思わず同行していた【極上爆音上映】の生みの親、音響家の増旭さんの顔をのぞき込みます。続いて弊社映写クルー雨宮の顔も。


「…あれ?」


 大人としてどうかと思うけど、どうせ日本語わかんないだろうから、この場だけど言っちゃうよ。


「【極爆】のほうがスゴくね?(笑)」


 さすが明晰でリアリティのある素晴らしい音だったけど、セリフの高域も少し気になったし、増さんならVLFCもっと吠えさせられるでしょ、やっぱりきちっと手を掛けないとね、と上から目線でPearson Theatreをあとにしました。まったく図々しいにもほどがあります。


 そしてそこから車で1時間半くらいかけて、Lucus Valleyへ。曲がりくねったハゲ山の道を登っていくと、森が現れ、映画のように大きなゲートが自動で開きます。入り口はまだ先。ブドウの木や花畑が広がり、ワイルドターキーが何羽か歩き回っていたりして、まさか「会社」に向かっているとは一切思えないリゾート感。広大なんてものではない、破格のスケールに目眩がするくらいです。ようやくセキュリティゲートを通り、しばらくして眼前に現れてきたのは、南仏はプロヴァンスあたりのラグジュアリーなホテルのような洋館。


 ここはSkywalker Ranch(スカイウォーカーランチ/ランチは農場の意)と呼ばれる、ルーカス・フィルムの本社と、ライブラリ、黒澤明監督も泊まったという宿泊施設、そしてスカイウォーカーサウンドなどがある場所です。


 まずは、劇場Stag Theater(スタッグシアタ-)に案内していただけるとのこと。建物の外で待っていると、Stag(牡鹿)の看板にふさわしく、少し離れた丘に、1頭の鹿が軽快に跳ねていくではありませんか。思わず感嘆の声をあげる一同。しかし映画のプロである僕はすぐに見抜きました。


「ちょっと待った、あの鹿はSFXですよ、ここをどこだと思ってるんだ!」


 はっと我に返る一同。この程度のことはさらりとやってのけるのが、ルーカス・フィルムです。恐竜だって再現するのですから。スタッグシアターに入ろうというその瞬間に鹿が現れるなんてそんな偶然はありません。なんという素晴らしいエンターテインメント精神でしょう。


 さて、いよいよ中に通していただきます。ここは300席クラスの劇場で、いわゆる試写室ながら大変美しい意匠で、緑青の壁、後ろにはシャンデリアライクな照明スタンド、前面の両脇には等身大の祈る女神と戦士のような像が立っています。そしてスクリーンにはSkywalker Soundのロゴが。これだけで胸がいっぱいになって、涙がこぼれそうです。


 いくつかのデモ映像を見せてくれるとのこと。柔らかく心地のよいシートに座ると、場内の灯りが落ちます。


 まずは『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』の冒頭、ダース・ベイダーがレイア姫の船に乗り込んでくる場面です。しかしただ流れるわけではなく、当時のフィルム傷も入ったような古い映像に加え、音楽もなく、効果音も適当にあてただけというレアなもの。ストームトルーパーたちが撃つブラスターがズキューンというあの発射音ではなく、子どもが遊ぶ火薬鉄砲みたいなパンパンというしょぼい音で思わず笑ってしまいます。しかしその直後、映像はデジタルリマスターの超美麗で、音楽も効果音もフルに入ったバージョンにワイプで切り替わります。これが交互に繰り返され、音と映像がいかに映画の没入感にとって重要かを体感させてくれます。


 その次はなぜかロッキーシリーズのスピンオフ、『クリード チャンプを継ぐ男』のファイトシーンです。これは音のレイヤーを順に聴かせてくれるというもの。歓声だけ、パンチの打撃音だけ、セリフだけ、効果音だけ、そして最後に音楽も入った音声という感じで繰り返されます。いかに映画の音が多層的に組み合わされているかを体感できました。


 最後はそういうトリックなしの、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』序盤のミレニアムファルコンのチェイスシーン。Skywalker Sound内で『スター・ウォーズ』を一部とはいえ、観ているという映画ファン究極の体験のひとつに、ただただ陶酔してしまいますが、その中にあっても、はっと胸を突く発見がありました。このデモ上映、かなりボリュームが大きいのです。ほとんど【極爆】と同じレベルです。


 上映が終わって、案内をしてくださった方に質問しました。音量が大きめに聞こえたが、これは今回のデモのための音量なのか、と。


「そうじゃない、これはリファレンス(基準)です」


 僕は27か28歳のころ、シネマ・ツーを作るにあたって、自分がどんな映画館を目指すかというリストを作りました。そして全人生を賭けてでも、このリストのすべてを実現すれば、日本で最高の映画館が作れると考えました。


 しかしそれから5~6年後、音響家増旭さんと出会ったとき、僕はこの人と組めば、ただ国内だけでなく、もしかしたら世界と斬り結べるかも知れないと感じました。


 今、世界最高のサウンドスタジオの豪奢な劇場の中で、それが間違っていなかったと確信に変わりました。僕らがこの9年間で作り上げようとしてきたものは、まったく正しかったんだ。


 その後、サンフランシスコの街中にある映画館もいくつか回りました。日本でもいよいよMOVIXさいたまに初導入される「Dolby Cinema」も。ここでもやはり、予告編の時点から【極爆】レベルのボリューム!


 映画の音量には基準があります。フロントがピンクノイズ(ザーッというTVアナログ放送時代のいわゆる砂嵐の時のような音)で85デシベル。サラウンドは82デシベル。サブウーファーは89デシベルなど。


 作る側も、劇場側もこれに合わせておけば、制作者の意図通りの音量になるという理屈です。しかし実際にこの音量で上映したら、かなりうるさく、お客様に叱られることでしょう。劇場によっては隣のスクリーンに音漏れすることにもなるかと。劇場によって機材も空間の形状も異なるので、結局はその劇場の担当者の裁量によって決められることになります。


 しかし性能の良い音響機器を使用し、きちんと調整を行えば、不快さを感じさせない大音量による作品世界への没入感の大幅なアップを図ることができます。シネマシティの【極爆】は、日本にあっては「爆音」と称せざるを得ないですが、実はリファレンスに近いものだったと今回確認することができました。これは大きい。この音量感こそが、Skywalker Soundの選択だったのです。


 世界最高クラスの音響メイカーと、サウンドスタジオを見学させていただき、とても書き切れないほどの発見と学びがありました。そしてあわせて、僕らはまったく負けていないという自信も持つことができました。


 この旅を経たことで、シネマシティの音はさらに高めていけるはずです。帰国後翌日、初調整作品となった『ストリート・オブ・ファイヤー』【極音】で、すでにそれを感じていただけた方もいらっしゃるはず。


 You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)(遠山武志)