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新海誠監督への愛とリスペクトに満ちた「詩季織々」リ・ハオリン監督インタビュー

2018年08月03日 19:52  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

「上海恋」『詩季織々』(C)「詩季織々」フィルムパートナーズ
新海誠監督作品『君の名は。』の記録的大ヒットによって一躍注目されたコミックス・ウェーブ・フィルムの最新作『詩季織々』が8月4日より公開される。
『詩季織々』は、日本と中国の3人のクリエイターによる3編のアンソロジー作品。中国のアニメ界を代表するブランドHaolinersの代表、リ・ハオリン(李豪凌)氏が『秒速5センチメートル』を観て感銘を受け、長年オファーを出し続けて実現した念願の企画だ。

中国の暮らしの基となる「衣食住行」をテーマとし、新海誠監督作品で培われたコミックス・ウェーブ・フィルムのスタッフによる美しい美術と作画で、中国の今を生きる等身大の人々の切ない感情を詩的な映像で描き出している。

今回は、本作のエピソードの1つ「上海恋」の監督と全体の総監督を務めたリ・ハオリン氏に企画の背景、そして中国のアニメビジネスの現状についてうかがった。
[取材・構成=杉本穂高]

『詩季織々』

8月4日(土)テアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほか公開
https://shikioriori.jp/
『秒速5センチメートル』の叙情的な語り口に感銘を受けた
――今回の企画は、新海誠監督の『秒速5センチメートル』に感銘を受けて、コミックス・ウェーブ・フィルムさんにオファーし続けて実現したとのことですが、『秒速5センチメートル』のどんな点に惹かれましたか。

リ・ハオリン(以下、リ)監督
『秒速5センチメートル』は、アニメ業界に対してとても大胆で挑戦的な作品だと思いました。多くのアニメ作品は、商業主義的ですが、『秒速5センチメートル』は作家性を大事にしていると感じましたし、ストーリーの語り方も叙情的で文芸的な作品だと思いました。背景などの美術面も素晴らしいです。

――新海誠監督のスタイルのどんな点が好きなのですか。

リ監督
一番好きな点は、新海監督の感情の表現の仕方ですね。特に『君の名は。』以前の作品に顕著ですが、ストーリーそのものよりも、場面ごとの人物の感情表現を丁寧に行っていること、そして自分の表現したいものをきちんと作っていることです。
『言の葉の庭』などもそうですが、情景描写など、映像そのものによって感情表現をしているのがすごいと思います。

――今回の企画は2013年ごろからオファーしていたそうですが、実際に制作が決まった時はどんなお気持ちでしたか。

リ監督
とても嬉しかったと同時に、この貴重なチャンスを上手く活かせるかどうかというプレッシャーもかなり感じました。

――舞台が上海ですが、上海版『秒速5センチメートル』のような趣きも感じました。

リ監督
上海版の『秒速5センチメートル』をやりたかったというわけではないんです。もちろん似ている部分はあります。例えば感情の繋がり方。両作品とも過去に思いを馳せるという部分があるし、幼馴染の男女の話も出てきます。

「上海恋」
リ監督
ただ『秒速5センチメートル』の2人の関係や展開と比べて、私が監督したエピソード「上海恋」は異なる描き方をしています。
また『詩季織々』は男女の話だけでなく、家族の話にも比重を置いている点も『秒速5センチメートル』と異なる点ですね。

――コミックス・ウェーブ・フィルムさんの作画や美術の質は高いことで有名です。実際に仕上がったものは、自分の思い描いた通りの世界観になっていましたか。

リ監督
予想以上のクオリティになっていて驚きました。プロジェクト全体で良いものに仕上がったと思います。

中国社会の急速な変化で失われたもの
――本作の家族のエピソードなどは監督の実体験でもあるんでしょうか。

リ監督
私自身の体験というより、我々の世代、あるいはあの時代を生きた人々の共通体験のようなものがこのエピソードの基になっています。

――「上海恋」は上海の一角、石庫門の再開発の話が中心です。都市の再開発の話を描こうと思ったのはなぜでしょうか。

リ監督
この企画を考え始めた時には、石庫門の大規模な取り壊しが行われていましたのでこの建物をきちんと映像で残しておきたいと思ったんです。古い建物を残したくてもできませんから、せめて映像の中に残せればと。
もう1つは、世の中は自然に移り変わりゆくものと、人によって変えられていくものとがあると思います。こういう都市の再開発というのは、自然の変化というよりもやはり人為的なものですよね。それを止めることは難しいことなのかもしれません、けれど主人公や登場人物たちは、時代の急激な変化があっても昔の街の姿を忘れないし、無くなってしまったものに思いを馳せる。そういう感情を表現したかったんです。

「上海恋」
――「上海恋」は25分ほどのエピソードですが、そこに中国の歩んできた近代の歴史が刻まれてるなという印象を受けました。
コミックス・ウェーブ・フィルムさんと新海監督がこれまでやってきた、リアルで美しい美術による感情表現と、中国の近代の急速な変化の中で生きてきた人々の感情を記録するということがすごくリンクしていて、この企画はリ監督とコミックス・ウェーブ・フィルムさんならではのコラボだと思いました。

リ監督
ありがとうございます。まさにそういうものを描きたかったんです。

――今回の作品のテーマは「衣食住行」という、人の生活の基本的なものをテーマにしていますが、これをテーマに選んだのはなぜですか。

リ監督
この言葉は、中国のことわざにもなっているんですが、日常生活の全てを含むような言葉です。物語よりも、アイテムやモノに託して感情を表現できればと考えて、「衣食住行」に沿ったアイテムを軸にして描いてみようと思ったんです。

「陽だまりの朝食」
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日本アニメのディテールへのこだわりはすごい
――新海監督のようなスタイルの作品は、中国では珍しいのでしょうか。

リ監督
そうですね。一部の人には人気ですが、あまりメジャーとは言えないと思います。

――やはり人気なのは商業主義的というか、派手なストーリー中心の作品が多い?

リ監督
はい。でも新海監督作品の美術は中国でも広く人気があるんです。アニメを普段あまり観ない人にですら新海作品の美術の美しさは知られていて、中国ではスマホなどの壁紙にしている人も多いですね。アニメファンを超えてメジャーな存在と言えると思います。

――アニメファンを超えて人気が出たのは、『君の名は。』がきっかけなんですか。

リ監督
『君の名は。』以前からかなり人気がありました。どの作品のどのシーンなのかはわからないですが、スマホの壁紙などに利用してる人がたくさんいたんです。中国での『君の名は。』の公開時は、その点も宣伝に上手いこと利用していたようです。あの壁紙で有名な監督の新作だよと宣伝したりとか。

――リ監督は今回の制作のほかにも、日本でも自身のスタジオを構えて制作していますが、日本と中国のスタジオとの違いは感じましたか。

リ監督
いちばん大きな違いは、ディテールへのこだわりです。日本のスタジオのディテールへのこだわりはすごく強くて、1つのシーンの細かいところまで作り込んでいますが、これができるのはやはり日本のアニメ産業自体が成熟しているからでしょう。比較的時間はかかりますが、良いものを作るにはやはり必要なことだと思います。

「陽だまりの朝食」
――中国では時間をかけてじっくり作ることはなかなか許されないものなのでしょうか。

リ監督
プロジェクトにもよりますが、例えば放送枠のあるプロジェクトの場合、ディテールまできっちり追求するのは現実的には困難です。なかには時間をかけて作られているものもあるにはあるのですが、どうしてもスピード重視で製作をしないといけなくて、じっくりと作品を作り込む余裕がありません。
これは中国のビジネスにおける考え方や習慣の違い、まだアニメ制作をじっくりやるということに慣れてない部分もあると思います。

――さきほど、中国市場で人気のあるものはストーリー性が強いものだという話がありましたが、中国で『詩季織々』のような企画を成立させるのは難しいのでしょうか。

リ監督
そうですね。我々のスタジオならやるかもしれませんが、他のスタジオでこういった企画に手を出すところはないかもしれません。
そもそもなんですが、中国のアニメビジネスは全体的に見ると、決してたくさん儲かっているという状況ではないんです。赤字を出さなければ、まあOKかなという感じです。『詩季織々』の場合はプロジェクト全体での成否を見ていますので、中国と日本、そして海外での売上をトータルで判断していきたいと思っています。全てを合わせればある程度リクープが見込めると思っています。中国だけで大きく売上を立てようと考えているわけでないです。

――本作は中国でも劇場公開するのですか。

リ監督
中国では全国規模での公開ではなく、芸術系の作品を上映する一部の劇場で上映されます。中国には全国芸術映画上映連盟という政府組織があって、そこは主に文芸的な作品を扱っておりそこから配給されます。
中国ではミニシアターみたいな概念の劇場はないので、日本でのいわゆる単館系作品のような公開規模になるという感じです。ネットではビリビリ動画とiQIYIから配信されます。

「小さなファッションショー」
――今回は中国での展開の他、Netflixで世界配信もされますね。Haolinersも今後世界に向けてどんどん進出していくのだと思いますが、今後の世界展開に関してどんな展望を持っていますか。

リ監督
以前から中国国内だけでなく、海外での市場に挑戦し続けて、どんな作品が海外で受け入れられるのかいろいろ試してきました。日本やその他の国など、グローバルな市場で受け入れられる作品を今後はどんどん作っていきたいと思っています。日本でもいろいろな作品をこれまで放送してきましたが、良い成績を挙げたものもあれば、期待どおりにいかなかったものもありました。
例えば、我々が制作した『一人之下』シリーズは中国ではすごく人気があったのですが、日本の皆さんには少し内容を理解するのが難しい部分もあったようです。同様の『Spiritpact』や『TO BE HERO』などは海外や日本でも好意的な反応が多かったので、こうしたタイプの作品をさらに発展させていければいいなと思います。

――今回は日本のスタジオとの仕事となりましたが、日中の互いの作品がそれぞれの国に紹介される機会も増えてきましたし、業界の交流も進んでいると思います。本作のように今後、日中の合作は増えていくと思いますか。

リ監督
そうですね。私はこれからどんどんこういう事例が出てくると思っています。そして数が増えることよりも大事ですが、質の高い作品が日中のコラボレーションによって出てきてほしいですし、今までにない質の高い作品が生まれる可能性もあると思います。

「小さなファッションショー」
――実際に日中コラボレーションでの製作を体験してみて課題はありましたか。

リ監督
大きく2つあります。まず1つは仕事における習慣の違い、そして文化的な違いやコミュニケーションの問題です。この2つの問題は時間をかけてじっくり解決していく必要があると思います。

――仕事の習慣の違いというのは具体的にどんなものがありましたか。

リ監督
例えばプロジェクトを進める時、中国の場合とりあえず1回やってみて、満足いかないところをどんどん修正していく、といったやり方をするところが多いんです。
日本の場合は、先に設定をしっかり固めて、納得いったらやり始める、それ以降は変更しない、という感じですね。この進め方の違いに関しては、戸惑う時もありました。

――逆に良かった点などはどうでしょうか。

リ監督
同じアジアの国同士の人間ですから、感性は近くて共感できるポイントはいくつもあるんです。プロジェクトを進める中でもわかり合えるはたくさんあることがわかりました。

――では最後に日本のファンに、この作品をどのように楽しんでほしいですか。

リ監督
コミックス・ウェーブ・フィルムさんならではの美しい美術とともに、中国の近年の発展や変化を堪能していただければと思います。
家族愛や初恋の淡い気持ちなど、こうした感覚は同じアジア圏同士、日本人にも中国人にも共通の感覚でしょう。こういうアジアの感性を世界にもっと発信していきたいと思っていますし、たくさんの日本の方にも観てほしいですね。アジアの文化圏に生きる者同士、良いものを分かち合えればいいなと思います。