7月12日にイギリスで開催されたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで、新型のトヨタ・スープラ(プロトタイプ)が、開発責任者である多田哲哉チーフエンジニア(CE)の手によってお披露目走行された。2019年の早い段階で発表と発売が開始されるという新型スープラだが、レースファンにとって最大の関心はいったいどのフィールドで走るのか? ということだろう。
現時点では、米国NASCARエクスフィニティシリーズへの参戦が発表されているだけだが、それ以外のカテゴリーはどうか? 開発指揮を執った多田CEの言葉から、そのあたりを推測してみよう。
そもそも新型スープラの開発にあたり、多田CEは強いこだわりを持ってきたという。
「トヨタ自動車の豊田章男社長は、社長に就任する前、つまり今から10年以上前からニュルブルクリンクなどでスープラを使ってドライビングのトレーニングをやってきました。ニュルでは欧州の他の自動車メーカーのCEOも練習しているのですが、彼らは自社の最新型スポーツカーで走っています。しかし、当時の豊田は古いスープラ(先代のJZA80型。通称“80スープラ”)で走るしかなかった。それが、豊田にとってはとてつもないコンプレックスだった」と多田CEは語る。
たしかに80スープラは、いまでもトヨタ社員のドライビングトレーニング用車両として採用されているクルマだ。しかし、そのようなクルマがトヨタには80スープラしか存在しないという状況に、豊田章男社長は忸怩たる思いを持っていたようだ。
そこで、多田CEは新型スープラの開発にあたり徹底して“ピュアスポーツ”にこだわって開発を行なってきた。直列6気筒エンジンを搭載する理由もそこにある。「エンジンの余分な振動が原因でクルマのハンドリングが悪くなるという例は多々あります。直6エンジンは“完全バランス”と言われるように本当にスムーズ」なのだ。共同開発先のBMWは比較的ラグジュアリー路線を趣向するが、多田CEは「ピュアスポーツ路線」に向かうことを説得した。
「重量配分にも徹底的にこだわりました。ホイールベースを短くするとともに、超高速域での直進安定性を高めるためにオーバーハングを長めにしました。(共同開発の)BMWとともに軽量化を追求していくと、徐々にリヤが軽くなっていったのでエンジンを少し(後方に)下げた」という。
■多田CEの言葉をヒントに
そんな“ピュアスポーツカー”としての新型スープラには、もちろんモータースポーツへの参加やそのためのモディファイを強く意識した設計が行なわれている。
「レースカーの性能は、クーリングで決まります。新型スープラは、ミッションやデフをいかに冷やすかということまで考えています。たとえば、後付けのデフクーラーのスペースを設計段階から確保したり、ミッションケースには最初からドレーンボルトの穴を切ってある」という。
この新型スープラがどのカテゴリーに参戦してくるかが気になるところだが「設計段階から後付けデフクーラーのスペースを確保している」などの言葉をヒントと捉えるならば、比較的改造範囲が狭くベース車両の基本レイアウトがパフォーマンスに影響するカテゴリー……たとえばGT3やGT4のようなカスタマーレーシングへの参入はほぼ間違いなさそうだ。
一方、ファン目線に立ったエンターテイメント性の高い“大幅な改造が許されるカテゴリー”としては、どのレースに出てくるのか?
「すでに、各国からうちの国のレースに出てほしいとのオファーがどんどん届いています。GT3とかGT4に関する話もありますが、レギュレーションがいろいろ動いているので今は動向を見極めているところです。そもそもお金がかかりすぎるという話もあります。今年のル・マン24時間レースで勝ったことを受けて、フランストヨタからはGT車両(LMGTE)で参戦してほしいという要望も来ています。当然、日本でもスーパーGTに出たいという話も出ると思います」
■10年越しのストーリー完結!?
新型スープラを語るうえでは、ニュルブルクリンク24時間レースとの関わりを避けて通るわけにはいかない。
「ニュルはどのカテゴリーで走るかですね。量産車ではすでにオールドコースを走っていて、正直、タイムは無茶苦茶速いですよ。正式にタイムアタックはしていませんが、リミッターを解除しないで普通に走って7分台は楽勝なんです。完全にニュートラルステアで走れるクルマができました。プロのような本当にうまい人なら良いですが、我々のようなドライバーはオーバースピードでコーナーに入ったりすることもある。そんなドライバーがニュルで走っても『怖い』という感じがしない」と多田CEは自負する。
新型スープラは、トヨタのGRカンパニーによって開発されているクルマだ。GRカンパニーは、市販車両の開発を行なうと同時に、世界選手権からグラスルーツカテゴリーのレース活動を同時にかつ継続的に行なうことが使命とされている。つまり、新型スープラでのレース参戦が、すでに発表されているNASCARエクスフィニティシリーズだけにとどまるはずはない。
現状では「カテゴリーについては決まり次第お伝えします」と多田CEは多くを語らないが、日本のファンとしてはぜひともGT500での復活を願いたい。auto sport No.1486の巻頭にもあるように、スーパーGTでは2020年から本格的に『クラス1規定』が始動するからだ。
このタイミングで新型スープラが投入されれば、古くからのファンが復活に興奮するだけにとどまらず、より多くの人が「欧州プレミアムブランドとの戦い」という新たな構図にも胸を高鳴らせることができる。そして、それはかつて豊田章男社長が味わった“80スープラの屈辱”を新型スープラで晴らすというストーリーの完結にもうってつけと言える。
「GT500にスープラ復活」という計画は、すでに水面下で進んでいても不思議ではない。いや、表にこそ出てきていないものの、そのプロジェクトは着々と進行していると考えたほうがむしろ自然だ。世間が東京オリンピックに沸く2020年、あの強いスープラが帰ってくる。