最近、「サブスク解禁」というワードが音楽系ネットメディアの見出しに踊ることが多くなった。「サブスク」とはこの場合、Spotify、Apple Music、AWA、LINE MUSIC、KKBOXなどの定額制の音楽サブスクリプションサービスを指す。開始当初は「邦楽が少ない」と言われていた音楽サブスクリプションサービス(以下サブスク)だが、様々な段階を経て、今では驚くほどの充実ぶりを見せている。
その充実を実感できる1つの目安は、「あのアーティスト」や「あの曲」がそのサービスで聴くことができるのか? という点だろう。先日CINRA.NETでは、昨年のストリーミングサービスの売上が全世界の音楽録音物の収益の中で史上初めて最大の収入源になったことを報じた(参考記事:ストリーミングが史上初めて音楽売上最大の収益源に 日本では依然CD強し)。日本国内はCD販売が依然として強いが、新規ユーザーを開拓しうるアーティストや楽曲がカタログに日々新たに追加され続けている。
■最大級のインパクトを与えた3組
・椎名林檎
5月に解禁。シングル及びアルバムとしてリリースされてきた全29タイトル、また配信限定でリリースされている楽曲を含む全188曲を配信している。
・Mr.Children
5月から配信。これまでに発表してきたシングル全37作品とアルバム全21作品を網羅している。配信直後、SNSで話題になった楽曲を紹介する日本のSpotifyバイラルチャートでは、50曲中47曲を彼らの楽曲が独占するという現象を巻き起こした。Apple Musicではこの記事を執筆している8月現在においても楽曲ランキングに “HANABI”“himawari”“innocent world”といった楽曲がチャートインしている。
・宇多田ヒカル
2017年12月に解禁。1998年のデビューシングル『Automatic/time will tell』から2016年のアルバム『Fantôme』まで。6月27日にリリースされた新作『初恋』のストリーミング配信は現時点ではアナウンスされていない。
ここ数か月でもっともインパクトを与えた「サブスク解禁」はこの3組だろう。過去曲にもかかわらずランキング上位に食い込む楽曲の強さ、ファン層の厚さもさることながら、その時点におけるほぼ全音源を配信するという、本気さが窺える「量」にも圧倒された。彼らのように強い作家性と、お茶の間の知名度を持ち合わせたアーティストたちの参入は、日本でのユーザー規模を大きく拡張させることになるはずだ。
■あの人気アーティストたちもサブスクで
・cero
2011年の『WORLD RECORD』から今年リリースの最新作『POLY LIFE MULTI SOUL』まで。シングルを含めて視聴可。今年の『フジロック』で興味を持った人も気軽に聴くことができる。
・SPEED
8月1日に解禁。デビュー曲“Body& Soul”からの全シングル、アルバム楽曲を配信。“STEADY”“White Love”といった人気曲も。あわせてメンバーたちによる過去のソロ作品が配信開始となった。
・スピッツ
シングルコレクション『CYCLE HIT』シリーズが一部サービスで視聴可。彼らの代表曲を聴くことができる。配信サービスはSpotify、Amazonプライムミュージック、Google Play Music、AWA、LINE MUSIC、KKBOXなど。オリジナルアルバムは現時点ではストリーミング未配信。
・YUKI
2012年に発表された27曲入りのベストアルバム『POWERS OF TEN』がApple Music、AWA、KKBOXなどで配信中。“プリズム”“JOY”“メランコリニスタ”といった代表曲が聴ける。
・ももいろクローバーZ
6月から。デビュー曲“ももいろパンチ”から、5月にリリースされたベストアルバム『MOMOIRO CLOVER Z BEST ALBUM 「桃も十、番茶も出花」』収録の最新曲“クローバーとダイヤモンド”まで、全シングルと全アルバムが一挙に配信されている。
・三浦大知
3月から。これまでに配信リリースされた楽曲などを一挙に配信。『NHK紅白歌合戦』でも披露した“Cry & Fight”や“EXCITE”といった人気曲も。
■ドリカム、福山雅治……この機会にあの名曲も
・DREAMS COME TRUE
2017年10月から配信。全シングルと全アルバムを配信中。最新作『THE DREAM QUEST』のみSpotify限定で配信しており、SpotifyのテレビCMでも話題になった。“LOVE LOVE LOVE”“未来予想図II”といった懐かしの名曲も。
・福山雅治
2017年12月に解禁。現在までの全楽曲が配信対象。“桜坂”“家族になろうよ”といったヒット曲だけでなく、福山雅治というシンガーソングライターを改めて知る機会に。
そのほか森進一、さだまさしの楽曲も一挙に配信。年配のサブスクユーザーを増やしそうだ。若いリスナーにとっても、戦後日本が築いてきた歴史に容易にアクセスできる環境があることは意義深い。
■ローカルスターが世界で人気になる事例も
前出の記事では、サブスク普及によってローカルスターが世界的な注目を集めることを可能にした点を指摘。ほとんど韓国語で歌うBTS(防弾少年団)がアメリカをはじめとする世界各地でヒットしたことや、47か国で1位を獲得したルイス・フォンシとダディー・ヤンキーなど、ラテンミュージックの人気が例に挙げられている。
日本では誰もが知る大物アーティストであっても、海外での知名度はそれほど高くないケースも多い。日本のお茶の間にもアピールするアーティストの「サブスク解禁」は、サブスクサービスのユーザーの幅を大きく広げることになる。その一方で、アーティストたちには日本国外で「発見」される機会を提供する。それは大物にも無名のミュージシャンにも与えられているチャンスなのだ。
■音楽の聴取環境は史上もっとも多彩に
音楽サブスクリプションサービスでの配信が一般化する一方で、CDやダウンロード販売も根強い支持を得ている。今回紹介したアーティストたちの多くはアナログレコードのリリースもしているし、カセットテープは数年前からヒップなフィジカルメディアとしてのポジションを得ている。
それだけではない。YouTubeやSoundCloudといったネットサービスや、高音質なハイレゾ音源配信は一般的になり、さらにスマートスピーカーの普及は音楽リスニングに対する意識を一変させる可能性がある。もちろん、フェスやライブ会場での生のパフォーマンス、ミュージックバーやクラブなど不特定多数と音楽を共有する体験も、今まで以上に価値を高めている。ライブ・エンタテインメント調査委員会の『ライブ・エンタテインメント白書』によれば、2017年の国内「ライブ・エンタテインメント市場」は5,138億円を記録。音楽ライブだけでも3,466億円と過去最大規模となり、2007年の1,450億円から2倍以上にまで成長した。音楽が複製技術によって、そして電波に乗って広く伝播するようになって以来、音楽を楽しむためのチャンネルがもっとも多様化した時代を我々は生きているが、「不便なリスニング」の魅力が再発見されたのはサブスクの圧倒的な便利さの裏返しなのかもしれない。
「サブスク解禁」は音楽をより気軽なものに変えてくれる。だがもちろん、気軽さがいつでも正しいわけでもない。多様化していくリスニング環境が、より多様な音楽文化を生み出す源泉になることを祈りたい。