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これほど真摯な作品はない 低予算ホラー『ゲヘナ~死の生ける場所~』に込められた努力と気合

2018年07月30日 14:52  リアルサウンド

リアルサウンド

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 全ての映画製作者は真面目に映画づくりに取り組んでいるのだろうが、本作ほど真摯な姿勢が見て取れる作品はない。


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 『ゲヘナ~死の生ける場所~』のプロットはシンプルだ。リゾート開発のために、サイパンを訪れた企業スタッフ。現地ガイドと共に開発予定地であるジャングルの調査に出向いたところ、第二次世界大戦時の日本軍塹壕跡を発見。興味本位で内部へと足を踏み入れると、そこにはミイラ化した死体が! 驚く彼らに骨と皮だけの痩せこけた老人が襲いかかる。揉み合う内に、老人をうっかり殺害してしまい、パニックに陥る一行。さらに地響きとともに入り口が閉ざされ塹壕に閉じ込められてしまう。途方に暮れる彼らを、塹壕に秘められた呪いが蝕んでゆく……。


 “何かの禁忌に触れたために、閉鎖空間から出られなくなってしまう”という定番ネタ。強烈な残酷描写があるわけでもなく、演出面でもとりわけ斬新なところもない。淡々とした展開は、勘の良いホラーファンなら早々にオチも予想がついてしまうだろう。


 では、この映画の何が良いのか? そう、最初に書いたとおり、とにかく真面目で手堅い。それが良いのだ。


 その真面目さは、セットアップにじっくりと時間をかけている点からも明らかだ。こういった低予算(とはいっても24万ドルなので、かなり潤沢な方だが)ホラー映画では、軽視されがちな登場人物の背景をしっかりと描いている。子を失った経験がある女性、身勝手で荒っぽい男、何か秘密を抱えていそうな現地スタッフ……といった具合に、主人公ら1人1人の目的や性格を明確にしている。これは後半の閉鎖空間での人間模様に厚みを持たせるためだ。


 さらに映画のほとんどが塹壕内のセットで撮影されているが、その閉鎖感を強調するため、サイパンロケを行い、映画前半に開放的な映像を盛り込むことで、作品にメリハリを付けている。少しセットアップに時間をかけすぎて、若干テンポの悪さがあるものの、製作陣の意図と観客へのサービスが絶妙にバランスが取れているのだ。観客を飽きさせないよう、タイミングを見計らって有名俳優を登場させていることも真面目な工夫の一部だ。また、おそらく製作陣は“やってみたかっただけ”であろう、ドローン撮影も巧く塹壕発見の手がかりへと繋げている。


 そして、早々にオチが割れてしまうほど、分かりやすいストーリーも真面目さの一部だ。なぜなら“オチが割れる”ように作られているからだ。例えば、痩せこけた老人がある男に向かって言う台詞は「お前が最初に死ね」である。「お前が最初に死ぬ」ではない。つまり「最初に死ななければならない」理由があることが伏線として、とても分かりやすい形で明示されるのだ。こうした解りやすい伏線は、ヘタすれば先読み可能な退屈なものになりかねない。しかし、本作ではこのような解りやすい伏線が畳みかけるように張られていく。この所謂フラグ立ての応酬は、主人公たちが最悪の結末に向けて疾走していくようで、何とも言えない爽快さがあるのだ。


 この映画は、何故こんなにもひたむきで真面目なのか? 監督の片桐裕司氏の情念が込められているからだ。『ゲヘナ』の製作は前途多難であったという。Kickstarterでコケ、脚本でつまずき、資金繰りで悲鳴を上げながら10年以上の歳月をかけて仕上げたのだ。詳しくは監督のブログに記載されているが、その根性たるや凄まじいものがある。片桐監督は、特殊効果・造形アーティストとしてはすでに大成していたものの、『ゲヘナ』製作開始当初は、映画製作についてはほぼ素人だった。


 だから脚本は基本に忠実(つまり真面目に)に書いたことが見てとれるし、サイパンの撮影も、アメリカ本国ではコストが掛かるロケ費用を浮かすためであろう。金や経験が無いなら努力と気合いしか無いだろ!と言うわけだ。本作では、その努力と気合が見事に効果を上げている。これはインディーズ映画の魔法なのだ。今回、1週間の限定公開ではあるが、このような作品が日本の劇場で上映されるのは非常に喜ばしいことだ。是非、渋谷ユーロライブに足を運んで欲しい。(ナマニク)