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『【beauty;tricker】~渋谷が大変~』主催者に聞く、イベント開催理由とV系シーンの“現在”

2018年07月28日 11:32  リアルサウンド

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 2016年に開催された『VISUAL JAPAN SUMMIT』、毎年秋に大阪で行われる『びじゅある祭』などなど……。近年、規模の大小はあれヴィジュアル系バンドを中心としたフェスが増えている傾向にある。その中でも8月6日に渋谷のライブハウス5会場を舞台に開催されるサーキットフェス『【beauty;tricker】~渋谷が大変~』は、休止期間はありつつも2006年から開催されている老舗フェスだ。今年は若手のインディーズバンドから、中堅、ベテランバンドまで合計50組の出演が予定されている。イベントの趣旨、そして近年のヴィジュアル系バンドの傾向まで、数多のバンドを見守っている主催の田沢里美氏に話を聞いた。(藤谷千明)


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■「マナーは守ってほしいけど、規制はしたくない」


ーーO-EAST系列のライブハウスを中心に、渋谷のライブハウスを舞台にしたサーキットイベント『~渋谷が大変~』は、2006年に『SCUBER DIVE~渋谷が大変~』としてスタート。2011年に一度『FINAL』と区切りをつけ、そして4年後の2015年に『【beauty;tricker】~渋谷が大変~』として、再び行われるようになりました。


田沢:実は『~渋谷が大変~』には前任者がいて、私が立ち上げたわけではありませんが、この会社に入って『【beauty;tricker】』という若手中心のヴィジュアル系イベントを主催するようになり、若手のバンドマンたちから「『~渋谷が大変~』、またやらないんですか?」という声を聞くことが多かったんですね。それがイベント再開のきっかけになっています。


ーーそれは『~渋谷が大変~』が若手ヴィジュアル系バンドたちの中で、ひとつのブランドとして認知されていたということですね。


田沢:そうですね。それに、業界全体が盛り上がる、大きなイベントをやってみたいという気持ちもありました。2014年から始めた『【beauty;tricker】』も、最初は知名度はありませんでしたが、今では100回以上開催しています。イベントに足を運んでくださるお客さんはもちろん、「『【beauty;tricker】』に出たい」というバンドも増えていったんです。そんな中で、大きなお祭りをやれたら素敵だなと。


ーー月に2回程度、渋谷REXにて開催されている『【beauty;tricker】』と、年に1度のお祭り的なイベント『~渋谷が大変~』は連動しているのでしょうか?


田沢:普段『【beauty;tricker】』に出演しているバンドから、今勢いのある人気バンド、中堅バンドなど、『~渋谷が大変~』の方がバラエティに富んだブッキングになっています。


ーー今回の『~渋谷が大変~』には50組のバンドが出演します。その中で、田沢さんがオススメしたいバンド、あるいは注目しているバンドはありますか?


田沢:こういったイベントにはビュッフェ的に「選ぶ楽しみ」もあると思うんです。『~渋谷が大変~』の公式サイトには全バンドのサイトへのリンクもあるので、そこから気になったバンドをYouTubeなどで視聴してみて、興味のあるバンドをピックアップしてみるのも面白いのではないでしょうか。個人的に注目しているのはダウトですかね。彼らは今年で11周年なのですが、初心を忘れず、キャリアにあぐらをかくことなく、常に攻めの姿勢でいるところが魅力ですね。


(ダウト:「愛国心的エンターテイナー」を掲げ、和を感じさせるメロディとサウンドが魅力。公式サイト)


ーー攻めの姿勢を忘れない中堅でいうとDIAURAもそうですよね。『~渋谷が大変~』常連で、演奏力も意識も高いバンドです。


田沢:彼らの所属事務所であるAinsがそういうスタンスですよね。DIAURAの後輩であるゴシップも攻め攻めですごくハングリー精神がある。それに、トリをつとめるMERRYも今年で16周年を迎えてなお、血気盛んにこういった若手のイベントに出演するという姿勢がいいですね。


(DIAURA:「独裁」をコンセプトに掲げ、ヴィジュアル系の王道を行くバンド。公式サイト)


(ゴシップ:ゼロ年代初頭のヴィジュアル系バンドを彷彿とさせるアングラ感と悪童感を武器に、現在108カ所をまわる全国ツアー中。公式サイト)


(MERRY:結成以来不動のメンバーで今年16年目を迎える。“レトロック”と称したアングラ感漂う昭和歌謡的なサウンドを核にし、様々なジャンルの音楽を取り込んでいる。公式サイト)


ーー今年活動再開を発表したナナも注目したいですね。


田沢:現在活動休止中のHERO、Sadie、そしてex.SuGのメンバーがいるバンドということで、注目度は高いですね。今回の目玉というか、飛び道具的な存在ですね。


(ナナ:2002年~2006年に関西に拠点を置いて活動していた。休止後、メンバーがHERO、Sadie、SuGといったゼロ年代後半~10年代のヴィジュアル系シーンの中核を担うバンドで活躍。2018年1月に活動再開を発表。公式サイト)


ーー今年初出演のバンドの中では、Leetspeak monstersは近年シーンでも頭角をあらわしている存在だと思います。


田沢:彼らは以前他のシーンで活動していて、方向転換というか、ヴィジュアル系シーンに参入してきたんですよね。そういうのも面白い。今回出演するバンドでいうと、もともとエレクトロラウドロックユニットとしてスタートしたPINGAMEもそうですね。


(Leetspeak monsters:「墓場の街・グレイヴタウン」からやってきたモンスターというコンセプトで、ゴシックテイストを盛り込んだ遊び心のあるミクスチャーロックが特徴。公式サイト)


(PINGAME:エレクトロサウンドとラウドロック要素を織り込んだバンド。公式サイト)


ーーそういったバンドの新しい波もシーンに面白い影響を与えそうですよね。


田沢:今回、50組のバンドが参加していますし、ヴィジュアル系と一言で言っても同じ系統のバンドを集めるのではなく、その時々に注目されている、気になるバンドを集めていますね。お客さんもいい意味で雑食というか「歌モノとデスコアが好き」という人もいますし、再入場も可能なので色々なバンドを楽しんでほしいと思います。もちろんマナーは守ってほしいけど、規制はしたくない。好きなバンドを見つけて、最終的にシーンの活性化に繋がれば良いと考えています。


■「最近は“共有しよう”みたいな空気感が主流」


ーーイベントを運営する上で、色々なバンドを観ていると思うのですが、最近のバンドにはどういった傾向がありますか?


田沢:最近は「普通に音楽を演奏している」だけではお客さんの心を掴めないというか、「引き出しが多い」バンドが人気を集める傾向にあると感じています。今回の『~渋谷が大変~』に出演するバンドでいうと、甘い暴力がそうですね。甘い暴力は、『【beauty;tricker】』の方にもよく出てくれるんですがライブ前の寸劇や小ネタも毎回違うので、観ていて楽しいですね。


(甘い暴力:「現代のこじらせ女子達へ“スイート・バイオレンス ロック”を発信」をテーマにし、病んだ女性視点の楽曲で支持を集めている。公式サイト)


ーー甘い暴力は<CRIMZON>という関西発のビーイング系列レーベルに所属していて、曲がキャッチーというのもありますね。ビーイング感があるというか。


田沢:<CRIMZON>所属のPurple Stoneの曲はキャッチーで耳に残りやすい楽曲が多いです。他にも-真天地開闢集団-ジグザグも<CRIMZON>所属ですね。そういった関西のバンドならではの面白さもあるかもしれませんね。


(Purple Stone:ダンサブルなサウンドが特徴。ボーカルのkeiyaは久保田敬也名義で倉木麻衣の「YESTERDAY LOVE」の作曲を担当している。公式サイト)


(-真天地開闢集団-ジグザグ:【破壊の祈祷師】命-みこと-【風来の歌舞伎侍】蒼梓-あおし-の二人組。ライブを「禊」と称し、ライブハウスにはびこる悪霊を退散するというコンセプト。曲のテーマは“バンギャル(ヴィジュアル系バンドのファンの総称)”ネタが多い。公式サイト)


ーーおっしゃるように「引き出しの多い」バンドが支持されている傾向はありそうですね。


田沢:ヴィジュアル系に限ったことではないかもしれませんが、あれもこれも詰め込んで、お腹いっぱいになるバンドが流行っているように思います。


ーーその一方でキズのように、ストイックでカリスマ性の高いバンドも人気ですよね。


田沢:おそらくは、どちらかに特化してないと、印象に残りにくいのではないでしょうか。


(キズ:結成約10カ月でTSUTAYA O-WESTをソールドアウト、今秋にはZepp TOKYOでのワンマンも決定。公式サイト)


ーーそういった多様なバンドと共演することで、バンド同士もモチベーションが高まって良い循環ができているのかもしれませんね。


田沢:ヴィジュアル系という業界に関わっている人、働いている人なら、シーンを盛り上げていかなくてはという気持ちは持っていると思うんです。


ーーそう考えるのはなぜですか?


田沢:今はアイドルや2.5次元、声優、K-POPなど、様々なエンタメが溢れています。昔だったらヴィジュアル系を聴いていたかもしれない人たちが、そっちに流れているのではないかというのは、肌で感じているからです。


ーーヴィジュアル系、とくにインディーズのヴィジュアル系バンドの客層は10代半ば~20代の女性がメインだと思います。競合ジャンルと考えた場合、「他ジャンルのロック」というよりは、地下アイドルや2.5次元、声優など、もっと広い層を想定されているということですね。「人が流れている」という部分に危機感はありますか?


田沢:それは感じています。昔のインディーズのヴィジュアル系シーンを振り返ってみると、バンド同士の“争奪戦”のような雰囲気があったと思うんです。対バンイベントで共演する場合、「このイベントに出てるバンドのファンを取ってやろう!」みたいな意識でライブをしていたバンドが多かったように感じました。しかし最近は“共有しよう”みたいな空気感の方が主流になっているように感じます。


ーーお客さんの方は?


田沢:以前は自分の好きなバンドがひとつでも出ていたら、イベントに足を運ぶという人は多かった気がします。それが最近は自分が好きなバンドが複数出ているイベントの方を選ぶ人が多いんじゃないでしょうか。ヴィジュアル系バンドに限った話ではなく、世の中全体的に「コスパ」、「お得感」を重視しているのかなと思います。


ーー近年、ヴィジュアル系インディーズシーンで頭一つ抜けているバンドが少なくなっているように感じます。それはそういった気質も影響しているのでは?


田沢:そうですね、昔は10組いたら、8組ぐらいはすぐに頭一つ抜けて次のステージに行っていたと思います。たとえば、通常の動員30名の状態からスタートして、そのすぐ後50人、70人……ワンマンもすぐに売り切るようなバンドがひしめきあっていた。それが最近は、その人数が減っていて、50人入ったら凄い、100人は次元が違う、という状態になってきてると思います。


ーーなるほど。


田沢:うちはマネジメントもやっているので、ブッキングと発掘を兼ねて若手のバンドを探しているんですけど、「バンドにならない状態」で終わっていることも多いんですよ。セッションバンド(シーンで人気のある曲のコピーを中心に演奏するバンド)で終わっている。


ーーセッションバンドでライブ経験を積んで、正式にオリジナルバンドをやるというケースは、現在のヴィジュアル系シーンの中では多いパターンですね。


田沢:それが最近は、オリジナルをやろうということもなく、「セッションバンド」で終わるケースが多いんです。人気の曲を演奏して、盛り上がっている“風”。下手したらオリジナルをやっているバンドよりお客さんが入っていることもあるので、こっちの方がいいんじゃないかという風潮もある。


ーーつまり、野心がないと。


田沢:野心よりも協調性を重んじているのかもしれませんね。昔は楽屋でも皆バチバチだったのが、「一緒に写真撮りませんか?」みたいな雰囲気になって……。「人に嫌われたくない」っていう世の中の風潮もあって、そうなるのかもしれません。


ーーそれだと、皆仲良く地盤沈下を起こしてしまうような……。


田沢:長期的に考えたら、危機感はありますよね。


ーーそういった浮き沈みはあれど、ジャンル自体は廃れないヴィジュアル系の魅力ってなんだと思いますか?


田沢:やはり、非日常的な世界観でしょうか。見た目の派手さも含めて、作り込んだ世界というのは魅力だと思います。現状、個人的には何が打開策なのかを試行錯誤しているところはありますね。今は親しみやすいバンドが多い傾向がありますが、また“カリスマ”の時代が来るかもしれないですし。SNSが主流で、「いいね」ひとつで満たされてしまう時代に、生のライブを五感で楽しんで欲しい。そういう気持ちでイベントを運営しているので、ぜひ『~渋谷が大変~』にも足を運んでほしいですね。