2018年07月28日 11:12 弁護士ドットコム
まだバブル景気に日本が湧いていた平成元年。岩手県盛岡市に市政100周年記念事業として華々しく、盛岡市立動物公園はオープンした。「盛岡市の子どもたちにも動物園を」という願いがこめられた新しい動物公園は初年、約26万4200人の来園を記録。当時の盛岡市の人口は約23万2400人だから、その人気ぶりが伝わる。
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しかし、そんな動物公園も平成も終わろうという30年後、閉園の危機にひんしていた。施設は老朽化、目新しい動物も購入できず、市民の足は年々、遠のいた。来園者数はピークの約6割にまで落ち込む一方、盛岡市の財政負担はメンテナンス費用などで開園当初の3倍にまで膨らんだ。盛岡市では、現状のままでは来園者の減少に歯止めがかからず、近い将来、年間3億円以上の財政負担が生じると予測している。
このままでは、市民に愛されてきた動物公園を存続できない——。盛岡市では大胆な作戦に打って出ることにした。公民連携(PPP)の導入である。盛岡市と民間が連携して事業を進めることで、「稼げる施設」への転換をはかり、動物公園を再生させるという。盛岡市では6月、「動物公園再生事業検討会議」を開催。動物園やリノベーションのプロフェッショナルたちが集結し、プロジェクトが始動した。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
盛岡駅から約5km。緑豊かな坂道を登って行くと、動物公園のエントランスにたどり着いた。あたりは岩山地区と呼ばれる丘陵地帯。展望台のある公園やテーマパーク、ゴルフ場など、レクリエーション施設があり、盛岡市民に長年、親しまれてきた。子ども時代に動物公園を訪れ、楽しい時間を過ごした思い出を持つ市民は多い。
一歩足を踏み入れた印象は、「昔ながらの動物園」だった。約80種類、650頭(羽)の動物たちが飼育されているが、東京・上野動物園のパンダのような「スター」の動物もいなければ、北海道・旭山動物園のように至近距離で動物の自然な生態を見せる展示もない。昭和の面影を色濃く残す、いわゆる普通の動物園だ。
訪れたのは平日午後だったせいか来園者も少なく、園内は閑散としていた。順路に沿って進むと、まず迎えてくれるのが日本の動物たち。ノウサギやニホンリスの飼育舎があるのだが、古びた金網で厳重に覆われていて、一生懸命目を凝らすが、残念ながら動物がよく見えない。飼育舎は、来園者との間に植え込みと高いフェンスを設けているものが多く、さらに動物との隔たりを感じる。
日本の動物たちのゾーンを後にして、最奥にあるアフリカの動物たちのゾーンへ。ここでは、アフリカゾウやライオン、キリンといった人気の大型動物が飼育されている。最初にシロサイの展示を見てみると、運よく手前に寄ってきてくれた。しかし、大きな展示案内(サイン)と二重のフェンスがちょうどサイを隠してしまう。背の低い子どもには、さらに見えづらいのではないだろうか。来園者が、写真を撮影してInstagramに投稿したくなるようなビューポイントもあまり見つけられなかった。
唯一、動物を近く感じたのは、ゾウ舎で飼育されているケヅメリクガメとヒョウモンガメが偶然、日光に当たるために外で散歩している時だった。そばにいた飼育員の男性に話しかけ、カメの名前を尋ねたり、そばで甲羅を観察したりすることができた。ヒョウモンガメは小さかったが、カメのイメージを覆して早く歩けることに驚いた。
多くの飼育舎で動物が見づらかったのも残念だったが、何よりも、約37.2ヘクタールもある広大な敷地は、丘陵地のために坂道が多く、大人の足でも大変だった。ベビーカーの親子連れやお年寄りなどには、過酷なものがある。途中で休むベンチも少なく、「坂道シャトルカー」も運行していたが、タイミング良く行きたい方向に現れない。結局歩き倒して足が棒のようになってしまった。やっとたどりついたレストハウスは、午後3時半でオーダーストップ。もう一軒のレストハウスは平日休業だった。
閉園時間も早く、午後4時半には終わってしまう。他の都道府県の主だった動物園は季節にもよるが、だいたい午後5時までは開いている。閉園時間ぎりぎりまで粘っていたら、今度は路線バスが終わってしまい、タクシーを呼ばなければならなかった。地元の人たちは自家用車が使えるが、観光客にとって便利とは言い難い。「動物をたくさん見た」というより、「坂道をたくさん歩いた」と思いながら、動物公園を後にした。
こうした動物公園の現状を盛岡市ではどうとらえているのか?
「近寄りたくない」「手入れがされていない」「テンションが下がる」「交通インフラが悪い」「暗い」「汚い」「怖い」「運気が下がりそう」「クマが出る」
ネガティブな言葉ばかりがスクリーンに並んだ。盛岡市の担当者が6月26日、市内で開催された「盛岡市動物公園再生事業検討会議」で明らかにした、動物公園のある岩山地区のイメージだ。「これが盛岡市のみなさんの共通した認識ではないかなと思います」という担当者。会場からは笑いが起きたが、冗談などではない。「このネガティブなイメージをポジティブなイメージに転換したいです」と担当者は訴えた。
盛岡市では動物公園について、厳しい見通しを持っていた。30年前の開園時は年間8800万円だった市の財政負担も、現在では約3倍の2億6400万円を超えている。一方、来園者は開園時をピークに年々減り、現在では約6割の15万8700人にまで落ち込んでいた。
もしも現状を維持した場合、少子高齢化による盛岡広域圏の人口減少にともない、来園者は2040年までに13万1000人になる。来園者が減れば収入も減るが、人件費は右肩上がりに増え、2020年からは老朽化施設としてのメンテナンス費用が増す。
これらをもとに予測を立てると、2030年には市の財政負担が年間3億1000万円以上という結果になった。盛岡市の担当者は、厳しい財政状況の中、政策的な位置付けも低下、有効な投資ができていないと現状を分析した。
このままでは閉園しかない。そこで盛岡市では2015年度から2016年度にかけて、民間の資金を導入する可能性を調査。たとえ、閉園しても人件費や残った動物の飼育費で年間1億円はかかるという試算に対し、公民連携という手法で動物公園をリノベーションして、自立した動物公園の運営を目指すことになった。
その白羽の矢が立ったのが、同じ県内の紫波町の公民連携によるまちづくり「オガールプロジェクト」を牽引した、まちづくり会社「オガール」代表、岡崎正信さんだ。更地だった駅前の町有地を年間100万人が訪れるエリアに開発した手腕が買われた。盛岡市は今年3月、動物公園の活性化を目指す計画を策定するため、PPPの事業構築代理人にオガールを選定。再生に向けて動き出した。
岡崎さんがまず、市民に公開で開催したのが、この「盛岡市動物公園再生事業検討会議」だった。会議には、外部からプロフェッショナルたちが招かれた。オガールプロジェクトを始め、全国でまちづくりを実践している「アフタヌーンソサエティ」代表取締役の清水義次さん、都市のコミュニティづくりで知られる東京・池袋の「南池袋公園」を手がけた「まめくらし」代表取締役の青木純さん、リノベーション建築の第一人者と呼ばれる建築家、「ブルースタジオ」専務取締役の大島芳彦さん。いずれも、地域の活性化や建築の再生の第一線で活躍しているメンバーだ。
さらに、動物園の専門家も招いた。北海道旭川市の旭山動物園で飼育展示の担当をしていた、獣医師で岩手大学農学部准教授の福井大祐さん。さらに、札幌市円山動物園の獣医師経験を持つ札幌市衛生研究所係長、向井猛さんも加わった。
「最悪のサインです。園内の案内看板ですが、写真を撮る気がしませんでした。来園者も目を止めるでしょうか。それほどお金をかけないでも、リニューアルすることは可能です。展示のサインも、動物を見てサインを見る、サインを見てあらためて動物を見る。デザイン性の高いサインを作るべきでしょう」
検討会議で動物公園の写真を見せながら説明したのは、向井さんだ。漫画「動物のお医者さん」にもモデルとして登場、動物園で長年働いてきたプロとして、あえて厳しい目を動物公園向けた。
「これはニホンジカの放飼場です。高いフェンスが常に視界に入り、来園者に良い印象を与えません。ニホンジカのサインは、シカを遮る以外のものではありません」。動物公園には高いフェンスが多いことも指摘した。「高いフェンス越しに動物を見ることになり、車イスや幼児のことは考えられていません。高いフェンスではなく、ガラスを用いた動物の展示が必要かなと思いました。ビューポイントもありません」
また、向井さんは、人口30万人以上の中核都市にある動物園10園と動物公園を比較(2016年時点)。「動物の種類は100種類で、他の園に引けを取らない」としたものの、来園者数のトップは旭山動物園の年間142万6000人、動物公園は11園中10位の15万8000人だったと明らかにした。
この他、動物園の経験から、「老朽化した施設の改修」「デザイン性のあるサイン計画」「飼育動物の選択と集中」「ボランティア制度の導入」など、動物公園の課題を挙げた。向井さんは、これらの課題を指摘しながら、「動物が生き生きとして、市民や来園者から愛される動物園を目指しましょう」と締めくくった。
では、一体どのように動物公園をリノベーションするのだろうか。検討会議では、動物公園再生計画を作成するために議論を行う一方、ベースとなるのはその収益構造だ。この日、明らかになった試算では、閉園したとしてもかかる費用である1億円まで、市の財政負担を減らし、現在の客単価470円を600円以上に上げて収益を得るというものだ。
岡崎さんは、オガールプロジェクトの経験から、こう指摘した。
「今、全国各地でさまざまな仕事をしていますが、だいたい、遊休化した不動産を地域のためにどう使ったらよいか、という相談を受けます。これらは作った時がピークで、だんだんと下がるという典型的な公共施設です。日本全国各地で共通しています。
では、公民連携をなぜ、模索するのか。オガールプロジェクトでは、完成した時がピークの公共施設をやめようとしました。完成後も成長していく施設。そのためには、金融機関から借りるのが手っ取り早いなと思いました」
オガールプロジェクトの主要施設は、金融機関からの借り入れによって建設されている。民間のテナントから得た家賃収入が収益の柱だ。「借りたら、返さなければいけない。つまり、作った後からが勝負になります」
岡崎さんによると、「税金を投入して公共施設を作れば、返す必要もないが、修繕するお金も用立てできない。それが、今の動物公園の現状の原因になっています」という。今後、進められる動物公園の再生計画でも、「リニューアルした時がピークでは困るわけです。そこからまた伸ばすことを考えなければならない」と語った。
検討会議では、さまざまな事業コンテンツの展開が段階的に考えられている。
第1フェーズでは、2021年度までに岩手県や盛岡市による投資を行う。盛岡市がPPPを進める上での動物公園再生会社を設立。展示施設の改修やリノベーションの企画や設計、建築を行う。岩手県でも、動物公園の敷地内に「岩手県動物愛護センター」(仮称)の設置を進めている。
第2フェーズの2020年度から2022年度までには、公民連携による事業を展開する。ウェルカムセンターやレストランのリノベーション、障がい者の就労支援整備を実施。そして、第3フェーズの2021年度以降は、民間による投資を呼び込み、保育園や集合住宅、高齢者シェアハウス、民間複合施設の整備を目指す。公共による投資をすることで、民間の投資を呼び込んでいくことを目指す。
その根底にあるコンセプトは、「動物と人の福祉」だ。第3フェーズまで実現すれば、動物公園内には、高齢者のシェアハウスや通信制高校などの教育施設、障がい者の就労支援施設、保育園などが建ち並ぶことになる。「動物公園が再生させることで、たくさんの市民の課題を解決できるようにしたい。エリア全体の価値を向上させ、動物公園が盛岡市に住みたいというきっかけになれば」と岡崎さんは話す。
見通すのは、単純な動物園のリノベーションだけではない、盛岡市の未来だ。検討会議では11月末までに再生計画をまとめて提出、盛岡市では実現性について検討するという。
(弁護士ドットコムニュース)