2018年07月28日 10:02 弁護士ドットコム
朝には元気だった我が子が、預けた保育施設で冷たくなって帰ってくる。想像するだけでも悪夢だろう。しかも、その死因すら隠ぺいされたとしたら?
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長年、保育事故の問題に取り組んできた寺町東子弁護士は、施設で死亡した子どもの遺族に寄り添い、再発防止のために活動してきた。しかし、現在も保育事故は絶えず、2004年から2017年にかけ、14年間で198人もの子どもが保育施設で死亡している。
寺町弁護士は、ジャーナリストの猪熊弘子さんとともに今年5月、「子どもがすくすく育つ幼稚園・保育園」(http://www.naigai-shop.com/SHOP/731806.html)(内外出版社)を上梓、重大な死亡事故がどのように起きたかリポートした。その中で、虐待による死亡事件を起こした保育施設をはじめ、多くの施設で「SIDS(乳幼児突然死症候群)」の可能性を指摘して、責任を免れようとしていた。類似事故が繰り返される背景には、重大事故の報告と検証が不十分なことがあると、寺町弁護士は指摘する。
では、繰り返される保育事故の再発防止には何が必要なのだろうか。寺町弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
【前編:ネットにあふれる「素晴らしい保育情報」の闇、基準に満たない「危険施設」を見抜くために https://www.bengo4.com/other/n_8263/】
——なぜ、保育施設の事故は繰り返されるのでしょうか?
「これまで事故の報告と検証が行われてこなかったことが背景にあります。事故が起きた際、法的責任ばかりがクローズアップされます。しかし、法的責任はずさんな保育と死亡結果の間に因果関係、つまり死因がクリアにならなければ問えません。そのため、法的責任が立証されない場合は誰も検証せずに放置されてきたという長い歴史があります。
たとえば、睡眠中の死亡事故の典型はうつぶせ寝ですが、死亡原因がクリアになりにくいためになんら解明されていませんでした。トイズの事件(編集部注:宇都宮市の認可外保育施設で起きた虐待死事件。前編参照)であったように、虐待死であっても施設は『病死』にしたいわけです。
このブラックボックスをなんとかしようと、遺族の方を中心とした『赤ちゃんの急死を考える会』では、重大事故の調査・検証をして保育施設の最低基準に反映するよう政府に申し入れるなど働きかけをしてきました。
そうしてやっと2016年から検証委員会が始まりました。事故のプロセスを検証して、保育の中でセオリーとされていることに反していれば、それを改善策として提言しましょうという制度です。
しかし、これも全ての施設に義務付けられているものではなく、事故の報告をするかどうかは施設の良心に任されていますし、検証委員会を設置するかどうかも自治体に委ねられています。本来は法的な裏付けを持たせ、確実にすべての幼稚園・保育施設・事業に報告義務を課し、すべての死亡事案や意識不明事案で実施すべきでしょう」
——死亡した子どもの事故状況を調べる「チャイルド・デス・レビュー」(CDR)の制度化も訴えていらっしゃいますね。
「CDRのことを考える時、どうしても思い出さなければならない事件があります。香川県高松市(旧香川町)の認可外保育施設、小鳩幼児園で2002年に起きた虐待死事件です。1歳2カ月の赤ちゃんが園長によって床の布団に叩きつけられ、さらに頭を平手やこぶしで5回も殴打されて亡くなりました。
園長は意識のない赤ちゃんを放置、救急車も呼びませんでした。午睡明けの時間まで放置してから、お母さんに電話をして聞いたかかりつけの病院に連れていき、そこで死亡が確認されましたが、園長は『この子は家にいたら家で死んでいた。園でこんなことがあると迷惑だ』と言いました。
赤ちゃんの顔はアザだらけで頭もパンパンに腫れ上がっていたのに、翌日出された死体検案書には『SIDSの疑い』と書かれていたのです。
SIDSと言っておけば闇に葬ることができると思ったのでしょう。しかし、遺体の状況からSIDSはありえない。そこで、家族から赤ちゃんの急死を考える会に相談があり、メディアに赤ちゃんの写真を公開して刑事告訴をして裁判になり、園長は殺人罪などで懲役10年の実刑判決を受けました」
——なぜ、SIDSなどと嘘をつくのでしょうか?
「司法解剖にしても行政解剖にしても、赤ちゃんの死亡について、身体的に明らかな原因が認められない場合、亡くなった時の状況調査とあわせてその原因を探ることになります。でも、赤ちゃんの死亡状況調査に警察官は慣れていないので、何をチェックすればよいのかわからない。発見時の状況についての十分な情報が法医にまで伝えられず、解剖結果だけで判断しようとすると、窒息死の場合もSIDSの場合も、急死の症状が共通していることから、死因は『不詳』にとどまります。
だから、施設側が『SIDS』の可能性を指摘すれば、刑事的にも民事的にも責任が問われない、という状況はなくならないわけです。これまで虐待によって子どもを死なせた施設の多くが、『SIDSで亡くなった』と言っています。虐待の隠れみのになってきたのです」
——CDRは欧米でも制度化されています。日本で始まった検証制度とどのように違うのでしょう?
「CDRは法医などの医療関係者、救急、検察、警察、児童相談所、かかりつけの医療機関・小児科医など、その亡くなった子どもに関する情報を持っている関係者が集まり、その死亡に至った原因を解明して再発防止につなげますが、日本で始まった教育・保育施設の重大事故の検証制度は射程範囲が保育プロセスの検証だけなので、他の機関が持っている医療記録が手に入りません。そこをきちんと、法制化する必要があります」
——裁判などで法的に責任を問うことは、事故予防や再発防止はつながらないのでしょうか?
「ご家族にとって、また被害者である子ども自身にとって、加害者が責任をとるということは気持ちに区切りをつけて、前に進むためにとても大事なことだと思います。なので、法的責任をないがしろにしていいとは思っていませんが、他方で、法的責任で問われるのは『直近過失』なんです。
『直近過失』とは、事件が起こったことに対して、最後にここでこうしていたら避けられたはずだという過失のことです。スピード違反と信号無視、前方不注視が三つ重なって衝突する事故があったら、一番事故原因に近い過失は前方不注視である、というような考え方です。
たとえば、2005年に埼玉県の上尾市立上尾保育所で、4歳の男の子が本棚の引き戸の中に入り込み、熱中症で亡くなりました。最後に男の子が本棚に入るところを保育者が見ていなかったことが、子どもの動静を把握する義務に対する違反となり、これが直近過失となります。
でも、そもそも子供が中に入りこめるようなつくりの本棚を置いていなければ。せめて、本棚のふたが外されていたら、本棚が廊下の死角ではなく人が見える場所に置かれていれば、本棚に物を詰めて子どもが入らないようにしていれば…。この事故を予防できたはずのポイントはたくさんあります。予防の観点からは、多角的に要因を把握し、改善する必要があります。それを知るために、CDRが大切なのです」
——確かに、保育施設に限らず、子どもが死亡する事件をみても、虐待したり殺害したりといった犯罪の背景まで見なければ、再発防止にはなりません。
「先月も、東京で25歳のお母さんがネットカフェで赤ちゃんを産んで、窒息死させてコインロッカーに死体を遺棄した事件がありました。そのお母さんは産む前にすごく困っていたはずです。その時に『助けて』といえる場所があったら、知識があったら、赤ちゃんはちゃんと病院で生まれて、別の親御さんのところに養子に出せた可能性があったわけです。
でも、お母さんはそれができなかった。どうして妊娠して、たった1人でネットカフェにいたのか。望まない妊娠ですよね。じゃあ、どうして望まない妊娠してしまったのか。原因は性暴力かもしれないし、貧困かもしれない。改善しなければならない問題はいっぱいあります」
——今年3月、東京都目黒区で5歳の船戸結愛ちゃんが両親から虐待を受けて亡くなりました。ショックな事件で、つい両親の責任は大きいと考えてしまいます。
「あの事件は、継父だったから起きたと言われていますが、本当にそれだけなのかなあと思います。あのお父さんは33歳、お母さんは25歳で年齢が離れている夫婦です。そこに支配的な関係性がなかったのか。お母さんは女の子を20歳で産んでいて、若いお母さんですよね。望んで妊娠したのか、お母さんに経済力はあったのか。早すぎる妊娠は、女性が貧困化する原因の一つですから。
私は、結愛ちゃんが『これまでどれだけあほみたいにあそんでいたか あそぶってあほみたいなことやめるので もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいぜったいやくそくします』と書いていたことにすごくショックを受けました。
この両親は朝4時から起きて字を書かせるという間違った努力をしていて、未就学児は遊びの中で色々なことを学び、育つということを知らなかった。
目黒区の虐待死事件を法的な観点でみたら、思うところはありますが、子どもの育ちという観点からすると、『あそぶってあほみたいなことやめる』という言葉と、朝4時から字を教えていたということが、今の社会が教育脅迫ビジネスにどれだけ毒されていることかと感じさせます。この本が必要だったとあらためて感じました。
本当に豊かで幸せな人生はどういうものなのか、この本をきっかけにぜひ考えてほしいです。私が保育園を大好きなところは、『一人ひとり』という言葉が色々な場面で出てくるところです。一人ひとりを大事にする社会には、虐待もハラスメントもありませんから」
(おわり)
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
寺町 東子(てらまち・とうこ)弁護士
社会福祉士、保育士。教育・保育施設での重大事故防止のために活動。子どもの権利保護の観点から、夫婦・家族の法律問題にも取り組む。著書に「保育現場の『深刻事故』対応ハンドブック」(ぎょうせい、共著)、「弁護士って おもしろい!」(日本評論社、編著)、「司法の現場で働きたい! 弁護士・裁判官・検察官」(岩波ジュニア新書、共著)など。