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『未来のミライ』音楽プロデューサーが語る、細田守監督&山下達郎との“音楽制作の裏側”

2018年07月27日 11:12  リアルサウンド

リアルサウンド

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 細田守最新作『未来のミライ』が、7月20日より公開となった。


参考:星野源、『未来のミライ』で声優としてもさらなる注目集めるか 細田守監督を参考にした役作りも


 同作は、『時をかける少女』や『サマーウォーズ』、『おおかみこどもの雨と雪』といった長編アニメーション映画を生み出してきた細田守監督の最新作。甘えん坊の4歳の男児くんちゃんと未来からやってきた妹のミライが繰り広げる不思議な冒険を通して、様々な家族の愛のかたちを描いていく。


 主題歌は『サマーウォーズ』以来、2度目のタッグとなる山下達郎。『おおかみこどもの雨と雪』や『バケモノの子』にも参加する音楽家・高木正勝が、劇中の音楽を担当した。リアルサウンドでは、『未来のミライ』をはじめ、過去の細田監督作品で音楽プロデューサーを務めた東宝ミュージック株式会社の北原京子氏にインタビュー。音楽プロデューサーの役割、細田監督や山下達郎との制作秘話など、『未来のミライ』の音楽ができるまでの過程を語ってもらった。(編集部)


■「監督と音楽家、双方のコアに触れられる仕事」


――北原さんの「音楽プロデューサー」という仕事は、具体的にはどんなものなのでしょう?


北原:私の役割は、ちょっと見えづらいお仕事というか、多分映画に携わっている人たちのなかでも、意外とわからない仕事だと思うんですよね。というのも、私のような形で「音楽プロデューサー」の仕事をしている方は、私を含めて多分片手で数えられるぐらいしかいないと思うので。


――ひと口に「音楽プロデューサー」と言っても、映画との関わり方はいろいろあるということですね。ちなみに、北原さんはどのような関わり方を?


北原:具体的には、監督やプロデューサーと音楽家や主題歌のイメージのすり合わせ選定、実際の制作~最終の仕上げ、権利処理、予算管理を行います。監督と音楽家のあいだに入って、両者の考えをすり合わせながら、映画音楽を作っていくのがメインの仕事になるのですが、私の場合は、DB(ファイナルミックス)にも立ち会います。ただ、細かなことを言うと、私の場合でも作品によっていろいろな形があるというか、様々な作品、監督がいて、音楽家がいるわけじゃないですか。しかも、音楽というのは、非常に抽象的なものでもあるわけで。なので、やり方が1つではダメなところがあるというか。そのときどきの座組に合わせて、スムースなやり方を考えているような感じですね。


――なるほど。


北原:もちろん、監督と音楽家が直接やりとりしても大丈夫だと思うし、実際そういう風に作られている作品も多いと思います。ただ、監督と音楽家の双方に話を聞いてみると、「あのときこうしたほうがいいって言ったんだけど、やってくれなかったんだよね」とか、「書いたテーマが、全然違うシーンに当てられていた」とか、そういう話をよく耳にします。私の様な役割の人間があいだに入っていたらすれ違わなくて済んだことが、すれ違ったまま終わったり……もちろん、映画なので、当初の予定とは違うシーンで使われたりすることもしばしば起こります。私があいだに入ることによって、「なぜ、そうなったのか?」演出経緯を説明して、音楽家に理解を得られることができるというか。そういう役割も担っていますね。


――監督と音楽家の双方とコミュニケーションを取りながら、調整する役割を果たしている。


北原:そういう立場の人間がいたほうが、多分円滑に行くんだと思います。監督と音楽家は、主観に寄ることが多いと思います。それを一歩引いて客観的に見れる人間がいるかどうか……特に、細田組の場合は、デリケートも含めていろいろ大変だったりもするんですけど(笑)。


――北原さんが、細田監督の映画の「音楽プロデューサー」を担当するのは、これで3作目で、いずれも高木正勝さんとタッグを組んでいるわけですが、この座組というのは、そもそもどんなふうに生まれたものなのでしょう?


北原:私が細田組に関わるようになったのは、『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)からなんですけど、そもそも細田監督が、高木正勝さんの音楽のファンでいらっしゃって……それで、『おおかみこどもの雨と雪』のプロデューサーから、相談があったんです。「北原さん、高木さんとお仕事したことありますよね?」って。高木さんの音楽は私も大好きで、以前別の映画で、お声掛けしたことがあったんですよ。高木さんは、いわゆる職業作家タイプではないけど、映像音楽をやっていただいたら、絶対いいことが起きるはずだって思っていたので。


――『おおかみこどもの雨と雪』の前に、すでに高木さんとはお仕事をされていたのですね。


北原:はい。ただ、いきなり丸々一本の映画をお任せするのは、未知数なところがあったので、一度「部分参加」という形でお呼びしたことがあって。そこでご一緒してみて、どんなセンスをお持ちなのか見てみたいと思ったんです。ちなみに、『そのときは彼によろしく』(2007年)という映画だったんですけど、非常にうまく行ったので、いつか高木さんと一本やってみたいと思っていました。相談の連絡があったので、まずは作品を見せて欲しい旨を伝えて……といってもアニメなので、まだ映像もできていないし、そのとき見られるものは脚本しかなかったんですけど、それをその日の夜に読んで、もう私は号泣してしまって(笑)。


――(笑)。


北原:で、「これはもう、絶対私がやる!」と思い立って高木さんにご相談したんです。「映画音楽なので、監督との調整はいろいろ必要だと思いますけど、それでもやっていただけますか?」って。そしたら高木さんも、是非やりたいと言ってくださって。ただ、『おおかみこども雨と雪』は、公開体制の大きい映画でしたし、広く世界に向けて放つ映画なので、アーティスティックな表現だけでは届かない部分もあるというか、細田監督が表現しようとしていることを考えると、違う要素も必要だなと思って。それで、足本憲治さんという、久石譲さんのもとで修行されていたオーケストレーターの方にチームに入ってもらうことを提案して。そういう座組でやってみたいという話を細田監督に話し、監督も同意ということだったので……そう、だから実は、細田組の音楽っていうのは、高木さん、足本さん、そして私っていう、そういう構えで、ずっとやっているんですよね。


――なるほど、今回の『未来のミライ』も、それと同じ座組になっているわけですね。


北原:そうなんです。『おおかみこどもの雨と雪』のときに、その座組でガッツリやって、素晴らしい音楽を作ることができたので……もちろん、大変な部分も、やっぱり多かったですよ(笑)。さっき言ったように、高木さんは、いわゆる劇伴の作曲家ではないので、簡単に物事が進まない時もあったり、細田監督も本当に音楽が好きな方なので、オーダーも難しいこともある。途中で変わったりすることもあるんですよね(笑)。細田監督に聴いてもらう前に、私と高木さんのあいだで何戦かやっていて……。高木さんがいいと思って書いてきたものが、客観的な目からすると、監督が求めていることと違う方向だったりすることもあるので、細田監督に聴いてもらう前に、まずはそこでいろいろとやりとりを行い意見交換をしています。


――その段階で、すでに微調整が入るというか、ひと揉みあるわけですね。


北原:で、それを監督に聴いてもらって、そのあとまた監督と私のあいだでも、いろいろやりとりがあるわけです。高木さんの意図を監督に伝えながら、それに対する監督の考えを、また私が高木さんにフィードバックする。そこがやっぱり、音楽という抽象的なものの制作の大変なところなんですよね。ここが違うと言っても、それがうまく伝わらないことも多々あるというか、否定ではないやり方で誘導していったほうがいい場合も結構あったりするわけで。そこで私が、いろんな手練手管を使いながら調整していくわけです(笑)。


――なるほど、北原さんの役割が、だんだんわかってきました。ある種の緩衝材であり、場合によってはサンドバッグにもなるという……。


北原:確かに、サンドバッグみたいなところはあるかもしれないですね(笑)。監督も音楽家も、お互いには直接言わないようなことも、私にはストレートに言ってくるので。で、その音楽が成功したら、それはみんなの勝利で、うまくいかなかったら、私の力不足だっていう(笑)。大変なことも多い仕事ですが東宝というメジャーな会社でやらせてもらっているのは、すごくやり甲斐のあることだとは思っています。東宝は、やはりトップを目指すクリエイターが集まってくる場所というか、その時代のトップの才能が集まってくる場所なので。そのクリエイティブのゼロ地点に自分がいるというのは、本当に面白くて刺激的なことなんですよね。監督と音楽家という、双方のコアの部分に、私は直接触れることができるわけですから。まあ、だからこそ、大変と言えば、ものすごく大変な仕事なんですけど(笑)。ただ、それがうまくいったときは、本当にものすごい達成感のある仕事ですよね。


■「『おおかみこども』と重なる部分もある」


――そういうやりとりのなかで、北原さん自身が大事にしているものと言ったら何になるのでしょう?


北原:最後の工程まで、関わることでしょうか。映画というのは、最終的に台詞と効果と音楽をミックスしながら映像にシンクロさせていく「DB」、ファイナルミックスという作業があるのですが、私はその作業が大好きなんです。2チャンネルのLRでやり取りしながら作っていった音楽を、5.1チャンネルの立体音像で仕上げていくわけなんですけど、そこで音楽の感じ方や聴こえ方みたいなものも、いろいろ変わってくるわけです。私は、その音楽表現を考えるのがすごく好きでして。この音楽が、台詞と効果の中で、どう響くのかを、いろいろと想像して……。


――音楽プロデューサーというよりも、ほとんど音楽監督の仕事のように思えてきましたが。


北原:実際の音楽監督は、やっぱり作曲家であるべきだと思いますけど、私は全行程に携わる前提で最初から入っているので、それが自分の強みなのかなとは思いますよね。そこまで付き合いながら、現場に介入していく音楽プロデューサーの方は、あまりいらっしゃらないようなので。でも、そこがわからないと、映画の音楽って、なかなか作りづらいところがあると思うんですよね。即決、即断が必要な場面も多いので自分内で行えますし。


 たとえば、「実際に完成したものを観たら、音楽のレベルがすごく低くてがっかりしました」みたいな話を、音楽家からよく聞いたりします。それはなぜかっていうと、映画はやっぱり台詞が主体だからなんです。ただ、しっかり立体音像を考えながら音を作っていけば、全体のフィットの仕方は、いろいろ変えられるところがあって。同じ音楽でも、全く聴こえ方が変わってくるんです。そういう音楽の可変みたいなものが、私にとってはものすごく面白いというか、ファイナルミックスというのはそういうことをやる場なので、映画の見方の主観も客観も変えてしまうぐらい大事な作業なんですよね。実際に劇場で流れる最終的な仕上がりの音像を常に考える。そこがブレなければ大丈夫だとは思っています。


――なるほど。


北原:あと、特に今回の『未来のミライ』は、本当にいろいろな場面があるので、音の仕掛けという意味でも、たくさん面白いことをしているんですよね。音響効果の柴崎憲治さんが、いろんなトライをされていて。


――音響効果の調整もやられるわけですね。


北原:監督と音楽家が、音楽でこういうことをやろうと思っても、映画の場合、そこに音響効果の表現も入ってくるわけですよね。そこで「あれ? 同じ音になっちゃったね」ということが、結構あったりするんです。そういうときに、ここの帯域を譲って、こっちの帯域を使おうとか、音の高低に合わせて、いろいろ住み分けをしたりとか。やっぱり、どちらも音の表現なので、そのどっちを立てたほうが監督の求める場面になるかが重要で。そこからまたディスカッションがあって、それを監督に聴いてもらったら、そこで監督のほうからまた新しい意見が出てきて、違う解釈が生まれていったりとか。音楽も含めた映画の音は、非常に複雑な工程を経た上で、最終的に仕上げられているんですよね。


――ちょっと気が遠くなりそうな作業ですよね……。


北原:そうですね(笑)。さらに、今回の映画に関して言うと、非日常な要素も結構多いんです。日常と非日常のあいだの飛距離がものすごいというか、小さなお話のようでいて、ものすごくユニバーサルなテーマでもありますし。かといって、そこをあんまりデフォルメすると、ちょっとコメディというかギャグになってしまうところもあるので。その音の表現は、高木さんともすごく悩んだし、柴崎さんや録音技師の小原さんともいろいろお話しながら作り上げていきました。


――そう、今回の『未来のミライ』は、同じ高木さんが担当していても、前作『バケモノの子』とは、かなり違ったテイストの音楽になっていますよね?


北原:同じ座組とはいえ、やっぱり作品ごとにトライしたい音楽は違います。『バケモノの子』は、どちらかと言うと、エンターテインメントの部分を意識しながら音楽を作っていったところがあって。ただ、『未来のミライ』は、どちらかと言うと、ちょっと『おおかみこどもの雨と雪』と重なるところもあるというか、その精神性という意味では、そちらに近いと思うんですよね。パーソナルな部分と、より大きな世界のバランスの取り方という意味でも、非常にデリケートなところを意識しながら作っていったので。そこはひとつ、高木音楽の聴きどころになっていると思います。


――確かに、前半の日常のシーンは、非常に高木さんらしい繊細な音楽になっていたように思います。


北原:あとは、やっぱりインデックス・シーンですよね。あのシーンで、ああいう音楽を書けるのは、本当に高木さんならではというか、あのくだりのテーマも、非常に苦労してできたものなので、そこの場面は是非、聴いていただきたいところですね。


■「“山下達郎ポップス”をお願いした」


――あと、『未来のミライ』の聴きどころと言えば、やはり山下達郎さんのテーマソングですよね。こちらも、北原さんが担当されているのですか?


北原:はい。監督と一緒に達郎さんのところに伺って、今回は2曲もお願いすることができました。監督は2度目のタッグ、異例ですよね。


――オープニングテーマの「ミライのテーマ」とエンディングテーマの「うたのきしゃ」の2曲ですね。達郎さんとは、事前にどんな打ち合わせをされたのですか?


北原:映画の内容を鑑みて、達郎さんとしては、当初内的な歌のイメージをお持ちの様でしたが、私たちとしては、映画の冒頭で、まずは違う風を吹かせたいということを達郎さんにご説明させていただいて。映画の内容とは、ちょっと距離があるところから、音楽を作っていただきたかったんですよね。あと、ひとつお願いしたのは、洗練されたポップな曲、これぞ“山下達郎ポップス”というようなものを書いていただきたい、と。細田監督はもともと達郎さんの大ファンだし、『サマーウォーズ』(2009年)でのお付き合いもあったから、少々無理を言ってお願いしてしまったんですけど、達郎さんも快諾してくださって。それで完成したのが、この「ミライのテーマ」という曲なんですよね。


――エンディングテーマの「うたのきしゃ」については、どんなお話を?


北原:今、お話ししたように、「ミライのテーマ」のほうは、作品からちょっと距離があってもいいというか、スパンとドアが開いて新しい風が入ってくるようなものをお願いしたんですけど、エンディングのほうは、文字通り主題歌と言いますか、作品の世界を受けながら、なおかつそれを閉じていただくような、作品寄りのスタンスで書いていただきたいとお願いしました。で、こちらも達郎さんらしい、非常に楽しい歌になったと思っていて。そう、何よりも、達郎さんは、細田作品を本当に大好きでいらっしゃって……先ほど言ったファイナルミックスの作業にも立ち会ってくださって、初号試写にもきていただいたんですけど、非常にご機嫌で帰っていかれました。ホッとひと安心しているところなんですけど(笑)。


――高木さんの音楽と、達郎さんの主題歌……『未来のミライ』は、入り口が『おおかみこどもの雨と雪』で、最終的な出口が『サマーウォーズ』みたいなところがあるようにも思いました。


北原:そうですね。確かにそういう要素はあるかもしれないですね。


――先ほど何点か聴きどころを挙げられましたが、音楽プロデューサーである北原さんとしては、この『未来のミライ』という映画を、どのようにお客さんに楽しんでもらいたいと思っていますか?


北原:そうですね……多分私たちがやっていることは、とりたてて意識してもらわなくてもいいというか、「すごくいい映画だったよ」っていう言葉だけでいいのかなって思っているところがあるんですよね。私も若い頃は、音楽プロデューサーとして何か爪痕を残そうというか、「この映画に、この最先端の音楽を合わせるのがいいんだ!」みたいなことを考えていた時期があったんですけど(笑)、やっぱり音楽の部分が突出して自己主張してしまうのは、それはそれでどうなのかなっていうのもあって。作品そのものと音楽が、あくまでも一体になっていることが、やっぱりいちばんの理想なんです。なので、まずは何も考えずに、作品そのものを楽しんでもらえたら嬉しいというか、そうなることを目指しながら、私は音楽プロデューサーという仕事をやっているのかもしれません。(麦倉正樹)