2018年07月27日 10:42 弁護士ドットコム
寺町東子弁護士には、忘れられない事件がある。認可外保育施設の東京都豊島区・ちびっこ園池袋園で2001年3月、生後4カ月と8カ月の赤ちゃん2人を一つのベビーベッドで寝かせたまま、保育者が放置。その間、4カ月の赤ちゃんが8カ月の赤ちゃんの下になり、窒息死した。当初、経営者は状況を知りながらも「乳幼児突然死症候群(SIDS)だろう」と責任逃れをしていたが、最終的に有罪判決を受けた。
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「保育の質」が問われたこの事件がきっかけとなり、児童福祉法が改正。認可外保育施設への指導監督が強化された。この事件の被害者側代理人を務めていたのが、寺町弁護士だ。以来、事件を取材していたジャーナリストの猪熊弘子さんとともに、保育施設で子どもを亡くした遺族に寄り添い、再発防止のための活動に奔走している。
しかし、現在も保育事故は絶えない。ちびっこ園池袋園の事件以後も、2004年から2017年にかけ14年間で198人が保育施設で死亡した。年間10人以上の子どもが、保育施設でかけがえのない命を落としている。一方で、保育のあり方は多様化。子どもを保育施設に預けようと思った時、保護者にとってその安全性や保育の質を知ることは容易ではない。
どのように保育施設を選び、大事な我が子を保育事故から守ればよいのか。寺町弁護士は今年5月、猪熊さんとの共著「子どもがすくすく育つ幼稚園・保育園」(内外出版社)を上梓した。寺町弁護士に新著に込めたメッセージを聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
【後編:顔がパンパンに腫れているのに「突然死」扱い…繰り返される「保育事故」検証が必要 https://www.bengo4.com/other/n_8264/】
——なぜ今回、保護者向けに本を書かれたのでしょうか?
「この20年、色々な保育施設の事故に関わってきて、その背景には事故が起こるべくして起こる構造があることがわかりました。でも、それを子育て中の保護者は知りませんし、伝える媒体もありません。
例えば、保育事故が起きた直後にはマスコミの報道がありますが、一定期間が経つとネット上からニュースは消えてしまいます。保育事故を起こした事業者がSEO対策で削除しているので、ネットで過去の情報を知ることは難しいのです。
保育事故は、悪質なものもあれば、不注意から起こるものもあります。では、不注意はなぜ生まれるのか。現場で職員の入れ替わりが激しいからです。職員が定着しないと、子どもとの愛着関係も形成されない。保育の質は『人』です。人を大事にしない現場で、保育の事故が起こっているとわかります。
保護者にそういうことを知ってもらい、保育施設を選ぶ際に大事なポイントだけでも質問できるようになれば、まともな事業者側であれば改善していきます。まず、保護者に『見る目』を持ってもらい、業界が良くなるきっかけになればいいというのが本を書いた一つの理由です」
——今、ネットを検索すると、素晴らしい保育をしてくれる施設の情報や宣伝があふれています。自分自身の保活を振り返っても、とにかく必死でつい条件ばかりが目に入ってしまいます。
「それがもう一つの理由です。私は、良い保育施設を作ろうとしてる保育園、こども園や幼稚園とのお付き合いがあり、重大事故を起こさないためにはどうしたらいいのか、助言を求められることがあります。そういうとても真面目に努力している人たちが今、何に困っているかというと、『保育の質』を保護者が知らないことです。
多くの保護者が見ているのは、『メニュー』です。早期教育と称して、体操教室や英語教室のオプションがあるとか。英語ネイティブで日本語がわからない先生が、日本語しか話さない先生と2人でみますというケースもありました。でも、こうした早期教育のメニューに保護者が目移りしてしまうことで、子どもに豊かな遊びを提供することによって学びを深めるという本来の『保育の質』とは異なる部分で、集客のための『メニュー』を掲げるという現象が起こっています。
今、教育ビジネスは不安ビジネスであり、保護者は『小さなうちから勉強させなければ』と脅迫されています。その脅迫に踊らされて、子どもの育ちが歪むのです。
これでは、真面目に子どもの育ちに向き合っている先生たちが報われない。オプションにばかりに人を割いたり、宣伝費にお金をかけたりすれば、正規の保育士の待遇が削られていく。悪循環に陥るのです」
——「子どもがすくすく育つ幼稚園・保育園」では、「保育の質」だけでなく、子どもの命を守るために保育施設のどこを見ればよいか、かなり詳細に書かれています。たとえば、「保育室を見せてくれるか」「保育者の入れ替わりが少ないか」など…。私も子どもを預けるために、ネットで調べた上で、地元の認可保育所や認可外保育施設をいくつか見学した経験がありますが、ここまで考えてチェックすることはできませんでした。
「保育施設の何を見るべきか、よくメディアにコメントを求められますが、チェック項目の一部を抜き出して使われても、伝わりません。良い保育とはどのようなものか、また、子どもの命を守るためには保育施設のこういうところを見て欲しいと誤解なく伝えたいと思い、この本を書きました。
ただ、こんな事件もありました。2014年7月に宇都宮市の認可外保育施設『託児室トイズ』で、生後9カ月の赤ちゃんが熱中症で死亡しました。トイズはホームページやパンフレットに『看護師が常駐』『医師とも連携』『栄養士と調理師がつくる離乳食』などと書いていました。
見学会でも施設はきれいで、十分な数の保育者がいました。赤ちゃんのご両親は仕事柄出張が多く、発熱してもすぐに迎えにいけるとは限らないことから、トイズの宣伝文句を信じて預けたのです。
しかし、実際のトイズには看護師もいなければ医師との連携もない。保育者も、見学会の時はその日だけ雇われた人たちが多数いただけで、普段は不足していました。預かっている乳幼児を毛布でくるんで紐で縛ったり、夏場はワイシャツを前後ろに着せて袖を背中で縛ったり、子どもたちが身動きとれない状態にして人件費を浮かせていました。食事は、園長一家の食事の残りを混ぜたものでした」
——トイズの園長は懲役10年の実刑判決を受けていますね。しかし、そこまで巧妙に隠ぺいされてしまうと、保護者は簡単にだまされてしまいそうです。
「もう詐欺に遭っているようなものですよね。親がしっかり吟味すれば大丈夫とまったく言えなくて。そういう実態も含めて、保護者には知ってほしいと思いました」
——保護者の立場からすれば、まず行政がちゃんとチェックしてほしいとも思いました。避けられたはずの保育事故で、毎年10人以上の子どもたちが亡くなっています。特に、14年間の死亡198人のうち131人は、認可保育所よりも基準が緩い認可外保育施設での事故によるものでした。これは、認可保育所の2倍以上にあたります。今回、政府は幼児教育の無償化の範囲を、認可外保育施設指導監督基準を満たしていない施設であっても対象に含め、5年間の経過措置を取るといっています。
「まず、死亡事故の発生数の比較については、預けられている子どもの人数が分かっている2013年以降の人数を10万人当たりで比較すると、認可外保育施設では、認可保育所の25倍以上の子どもが亡くなっています。
無償化の範囲を決めている人たちは、『本当に子どもが死んじゃっている現場を知ってるの?』と思います。本来は、行政がきちんと抜き打ちで調査を行い、基準以下の命にかかわるレベルにある危険な施設には事業停止命令を出して、営業できないようにするべきです。行政が死亡しないようなレベルにまで施設を指導しなくてはなりません。
でも、政府は無償化の対象を認可外保育施設にも広げ、監督基準以下であっても5年間の経過措置をとると言っています。この報告書が出された時、検討会の委員でもあった横浜市の林文子市長は反対する意見書を提出しています。保護者も自治体も保育の質向上を求めているのに、国だけが真逆の方向に向いているのです」
(後編に続く)
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
寺町 東子(てらまち・とうこ)弁護士
社会福祉士、保育士。教育・保育施設での重大事故防止のために活動。子どもの権利保護の観点から、夫婦・家族の法律問題にも取り組む。著書に「保育現場の『深刻事故』対応ハンドブック」(ぎょうせい、共著)、「弁護士って おもしろい!」(日本評論社、編著)、「司法の現場で働きたい! 弁護士・裁判官・検察官」(岩波ジュニア新書、共著)など。