F1第11戦ドイツGP決勝レース、ポールポジションから好スタートを決め、トップを快走していたフェラーリのセバスチャン・ベッテル。しかし、レース中盤にコーナーを曲がり切れずタイヤバリアに激突しリタイアを喫してしまった。いっぽうのライバルであるメルセデスのルイス・ハミルトンは、14番グリッドからスタートして見事な逆転勝利を飾っている。
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完全ソールドアウトで大入りの地元ドイツGPで、ポールポジションからスタートしたベッテルはレースをリードし順調にギャップを築き上げていた。
フェラーリ(以下、FER)「BOT(バルテリ・ボッタス)は1.4秒後方。ブレーキバランスはOK。少し小雨が落ちているが心配する必要はないよ」
ただしメルセデスAMG勢はバルテリ・ボッタスのタイヤを労らせながらレース後半に向けて準備を整えていた。
メルセデス(以下、MGP)「タイヤは安定した。君は良い仕事をしているよ。ターゲットに沿って走ってくれ」
14周目にキミ・ライコネンがピットインし、後方から追い上げるハミルトンの目の前でコースに復帰した。前戦イギリスGPと同じく2ストップ作戦で周囲を撹乱させることと、ハミルトンとのギャップを見て彼を抑え込もうという戦略だ。
FER「BOTは3.5秒後ろ。ターゲットは4秒だ。彼のペースは18.5」
その指示に沿ってベッテルはペースを上げ、すぐにボッタスとのギャップを4秒に広げた。23周目にはタイヤのデグラデーションが進み、予定よりも2周前倒しして25周目にピットインすることになった。
FER「SOC3でプッシュしろ。リヤのデグラデーションのためにマイナス2だ」
これでベッテルは早々にピットインしてソフトタイヤで好ペースを維持していたライコネンにアンダーカットされることに。そのためライコネンの後ろに回ることになった。
FER「出口でRAI(ライコネン)と接戦になる。HAM(ハミルトン)は2.2秒後方」
ベッテル(以下、VET)「RAIのペースは?」
FER「17.2~17.6だ」
ただしライコネンはもう1回ピットストップをするか、ベッテルより11周古いタイヤを最後まで保たせるかの選択を強いられる。フェラーリはどうやら後者を選んだようだった。マックス・フェルスタッペンがピットインして前がクリアになってもライコネンのペースは上がらず、ベッテルはその背後で押さえ込まれるかたちになった。
FER「エンジン4。2台とも同じモードだ」
VET「リヤがずっと厳しい。可能ならバックオフしてくれ」
FER「ここで燃費をセーブしておけ」
第1スティントでプッシュしてメルセデスAMG勢に対して築いたギャップがどんどん目減りしていく状況に、ベッテルは苛立ちを見せた。のみならず、ライコネンの背後を走ることでダウンフォースが失われ、タイヤに本来必要のないダメージを与えてしまう。
VET「馬鹿げているよ、こんなことでタイムロスしているし僕のタイヤも壊している」
FER「了解。(RAIがいなければ)どのくらい速く走れる?」
VET「17秒台前半だよ」
FER「HAMは18.2でまだ2.4秒後ろだ」
VET「でも僕が第1スティントで築き上げたものをどんどん失っているじゃないか」
FER「了解」
32周目にそんなやりとりをしてからフェラーリの内部では2台をどう扱うべきかの激論が交わされたようだ。チームオーダーと言えばチームオーダーだが、そもそも2ストップ作戦を前提としていたライコネンが前に留まり続ければ、後方から追い上げてくるメルセデスAMG勢にポジションを奪われかねない。その間もベッテルのタイヤは滑ってオーバーヒートが進み刻々とデグラデーションは進んでいく。
VET「タイヤの温度は見ている? 見られる? 見られない?」
FER「あぁ、見てるよ」
VET「じゃあ何を待っているんだ?」
38周目のベッテルからのそんなやりとりもあり、ついにフェラーリは順位の入れ換えを決断した。ライコネンのレースエンジニアではなく、チーフエンジニアの立場にあるジョック・クリアが無線でライコネンに直接語りかけたが、はっきりとした指示を出さなかったことがライコネンを苛立たせた。
FER「キミ、ジョック(・クリア)だ。2台ともタイヤを労らなければならない状況だということは分かっていると思う。ただ君たちは少し違う戦略だから、彼をホールドアップしないでほしい」
RAI「どうしてほしんだ? 分からない」
FER「互いにタイムロスは最小限にしたいが、VETの方がもっと速く走ることができるんだ。彼はキミの後ろで走ってタイヤを傷めている。君自身も(彼を行かせて自由なペースで走り)タイヤを労る必要がある」
RAI「要するに行かせろってこと? はっきり言えよ!」
39周目にライコネンはベッテルを先行させ、ベッテルは首位に立った。しかしこの間に11秒あったギャップは7秒まで縮まり、タイヤのダメージも進んだ。フェラーリの決断は遅すぎた。
42~43周目にターン6で雨が降り始めたが、まだ局地的な雨でドライタイヤでも充分なコンディションだった。中団グループの何台かがギャンブルでインターミディエイトに交換したが、水量が少なすぎたためすぐにオーバーヒートして再びドライタイヤに戻さなければならなかった。
FER「雨はかなりヘビーになりそうだ、注意しろ」
VET「まだ大丈夫だ、他のエリアはまだドライだ。今はステイアウトする」
FER「ステイアウト、ステイアウト。ウエットに換えた連中はタイヤが壊れてまたピットに戻っている。雨は弱まっている」
VET「さっきの周、何かフロントフラップのパーツが飛んだよ」
FER「あぁ、映像で見た。エアロのロスは大きくないから大丈夫だ」
フェラーリがあと2~3周で上がるとみていた雨は、想定よりもやや長く降り続いた。51周目、レースエンジニアのリカルド・アダミはあと1分ほどの我慢だとベッテルを落ち着かせるように伝えた。
FER「シャワーはすぐに上がるよ、1分ほどだ。今はセーブして雨が上がってからプッシュを再開しよう」
VET「まだ大丈夫だ」
FER「君自身が大丈夫なら大丈夫、ステイアウトしてくれ。BOTのペースは31.8(1分31秒8)。注意しろ、難しい局面だが落ち着いていけ」
その矢先の出来事だった。52周目のターン13で僅かにグリップを失ってグラベルに飛び出したベッテルのマシンは、それほど速い速度でなかったにもかかわらずタイヤバリアに突き刺さった。ギャップを失ったことへの焦りから、僅かに限界を超えてしまったのかもしれない。
VET「あぁ! XXX! なんてこった! XXX! みんな、すまない……XXX!(ドイツ語で) コース上に留まっているだけで良かったのに!」
ステアリングを激しく叩きながら悔しがったベッテルは涙声でチームとそして満員の大観衆に謝った。しかし彼らが失ったものはあまりにも大きかった。その背景にあったのは、単なるチームオーダーを巡る諍いではなく、フェラーリのチーム全体としてのレース運営のまずさだった。