2018年07月19日 09:52 弁護士ドットコム
「今日もし奥さんが突然亡くなったり、家出したりしたら、あなたは子育てをしながら、今の生活を続けることができますか?」。「全国父子家庭支援ネットワーク」代表理事の村上吉宣さんは、講演会などでいつもそう問いかける。
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厚生労働省の調査(「平成28年度の全国ひとり親世帯等調査」)によれば、全国のひとり親世帯の数は、推計で母子世帯が123.2万世帯、父子世帯が18.7万世帯。自身もシングルファザーとして、2人の子どもを育てる村上さん。父子家庭への支援拡充に取り組んできた村上さんに、父子家庭が抱える悩みと、現在の取り組みについて話を聞いた。(ライター・須賀華子)
ーー父子家庭のパパたちはどのような問題に直面しているのでしょうか?
仕事との両立に悩む声が多く聞かれますね。母子家庭と同様に、父子家庭のパパは、育児と両立しながら仕事を続ける以外に選択肢がないため、職場に育児への配慮を求めざるをえません。その結果、職場に居づらくなってしまったり、契約社員に降格されてしまったりするなどした結果、経済的な問題に直結することが多々あります。
ーー職場が、育児に理解がないということでしょうか。
子どもの生活に合わせた仕事スタイルを整えることになり、長時間労働や宿泊を伴う出張などができなくなります。これは一般のワーキングマザーや母子家庭と同じですね。
しかし、現時点で多くの企業には高度経済成長期に培われた性別役割分業の影響が色濃く残っているため、職場は女性の育児は理解しても、男性の育児には必ずしも理解を示してくれないのです。
余裕のある一部の大企業は別かもしれませんが、多くの中小企業には育児のために仕事に没頭できない男性たちを受け入れる風土も余裕もないというのが現実です。
ーーワーキングマザーの増加とそれに伴う男性の育児参加によって、こうした就業問題は議論され始めていますね。
はい、だから今はまだ苦しくても、先は明るいと思っています。
ただ父子家庭の問題は、就業問題だけではありません。子どもを育てる場であるPTAや地域の子ども会などは女性ばかりで、パパにとってはアウェイな環境です。父子家庭のパパが社会的に孤立しやすいという問題が残っています。
親族からも「嫁に逃げられて」などと言われ、八方塞がりになります。そんななかで「やっぱり男には子育ては向いていないんじゃないか」といった幻想に振り回され、生き方に迷ってしまうのです。
ただし、孤立の原因には男性の未熟さもあります。男性は総じて人の手を借りることが下手。「一人でやるべき」と思い込み、困ったときにSOSを出せない人がとても多いんです。
できないことがあって当然なのに、無意識の内に自分を縛って苦しんでいます。本来、育児に必要なのは子どもへの愛情と親としての自覚だけで、「女親だから」「男親だから」なんてただの言い訳。地域には小児科医や保健師、保育園や学校の先生がいるのだから、できないことがあったら相談すればいいのです。
ーー村上さんご自身も、シングルで子育てをされていますね。
私自身は、育児で困ったことは少ない方だと思います。分からないことはすぐ人に聞くことができ、助けを求めることができたからだと思っています。
娘の生理が始まったときも、親として通り一遍のことは堂々と教えました。とはいえ、思春期の娘が父親である私に何でも話してくれるとは思っていなかったので、娘に相談先を作ったんです。
2人で保健室の先生のところに行き「父子家庭なので、身体の変化や恋愛などうまく相談にのってあげられない部分があるかもしれません。その時は相談にのってやってください」と。全てを自分で完結させようと考えずに、娘が「ここに来れば大丈夫なんだ」と思える相談ルートを確保しました。
ーー先ほど、就業との両立に関する相談が多いとのことでしたが、やはり経済的な問題を抱える方もいらっしゃるのでしょうか。
経済問題に関する相談は多いですね。典型的なのが「離婚して子ども引き取って、収入が下がって生活できなくなってしまった」というもので、相談者と一緒に状況整理をして、今後の生活の道筋をたてるようにしています。
ーー社会的には、どのような支援が望まれますか。
1人親家庭に支給される児童扶養手当に「特例加算」を新設することです。相談に応じてきた経験から、メンタル、精神疾患や、発達・生育歴からの特性の偏り(社会性やコミュニケーション、学習、注意力、衝動性などにアンバランスが生じること)へのケアが必要な方が多いように感じています。男性、女性ともにシングルで育てている親は、必要に応じて制度を利用できるようになれば、子育ての負担感も少しは和らぐのではないでしょうか。
話は少し飛びますが、この「特例加算」の新設への取り組みの原点は、東日本大震災でした。震災で生まれた父子家庭を支援したいと考え、当時支給対象が母子家庭のみだった遺族基礎年金の対象を、父子家庭にも拡大する活動を始めました。
その結果、父子家庭も支給対象になることが決まりましたが、改正法が施工した2014年の4月以前に母親と死別した父子家庭は支給対象にはならなかったのです。
ーーつまり、東日本大震災の被害者は支給対象にはならなかった。
そうです。以来、どうにか2014年4月1日以前に母と死別した父子家庭に拡充できないかと取り組むうちに、震災から7年が経ちました。これだけ時間がたつと、生活再建できる人も多くいる一方で、未だに再建できずいる人もいる、という状況がみえてきたんです。
そこで、遺族基礎年金によって震災被害の父子家庭を一律支援することにこだわるより、まだ再建できていない人たちに、どのような支援が必要なのか考えるようになりました。
ーーそれは父子家庭だけの話ではないですね。
そうだと思います。震災、事故、離婚、そして発達・生育歴などからの特性の偏りは、うつや不安障害、PTSDのきっかけとなります。適切な治療をしなければ、生活再建のための意欲を持つことも難しく、生活が困窮してしまう。こうした生き辛さの延長線上に1人親家庭の貧困問題もあるのではないかと思っています。
これまでは、母子家庭と父子家庭との格差是正を訴えてきましたが、ようやくフラットな状態になったので、父子家庭・母子家庭の垣根を越えた、1人親家庭全体の支援につながる取り組みができるようになってきたから見えてきたことかもしれません。
ーー生き辛さを抱える養育者の状態を行政は把握しているのですか。
現在ある「全国ひとり親世帯等調査」や、「母子及び父子並びに寡婦福祉法」などはすべて養育者が健康だという前提に成り立っているので、そうしたデータはありません。
現在始めているのが、既存の児童扶養手当の認定請求書や、生活困窮者自立支援事業の相談シートなどのデータをクロスマッチさせ、現状を把握する取り組みです。うつや軽度の精神疾患なども含めた生活困窮の要因を把握した上で、該当する人に向け、児童扶養手当の「特例加算」で手当てを増額しようと考えています。
また、現状把握に伴い、「1人親」「障がい」「高齢」「生活困窮」「児相」などの福祉サービスがしっかり連携し、「社会的孤立」から「児童虐待防止」に至るまでの抑止力になることも期待しています。
ーー包括的な支援が必要ということですね。
支援のゴールは生活再建です。生き辛さの原因を明確にし、そこに施策がなければ、手当てから抜け出すことはできません。
実は離婚後、幼かった息子に血液癌が見つかり、病院に泊り込み24時間付き添っていた時期がありました。完治後も抗がん剤の副作用で白血病になるなど、息子の闘病生活も長期に渡ったのですが、その間は就労できなかったため、生活保護を受け、息子が完治し働けるようになりました。
また、現在私はうつ病とADHDの診断を受け、精神保健福祉手帳2級を取得しています。ADHDの治療を開始する以前は衝動性の強さから、子どもたちに対し、「虐待」に当たるような行為があったことも今になって気付きましたが、現在は治療によってそうした「虐待」もくい止め、生活を再建させることができました。
だからこそ、適切な支援制度があれば再建はできると思っているし、自分の責任ではないところで、生き辛さを抱えている人たちに手を差し伸べたいのです。制度を作るのは政治家や役人の仕事ですが、彼らは当事者ではありません。
当事者性のある私たちが、今どのような現状があって、どんな支援が必要なのか提案していくなかで、貧困率50.8%という1人親家庭の問題に風穴を開けていきたいと思っています。
【訂正・編集部より】
当初、記事冒頭のリード部分にて「一人親を支える社会的な支援制度はあっても、児童扶養手当、特定求職者雇用開発助成金など母子家庭のみを対象とするものもあり」と表記しておりました。正しくは、「児童扶養手当」は平成22年(2010年)8月1日より、「特定求職者雇用開発助成金」は平成25年(2013年)3月より、父子家庭も対象となっております。該当部分を削除しました。(7月20日 10:30)
【取材協力】
村上吉宣さん。宮城県父子の会代表。「全国父子家庭支援ネットワーク」代表理事。児童扶養手当、特定求職者雇用開発助成金、生き方支援、DV相談、離婚相談、母子寮、マザーズハローワーク等の広報でのバイアスなど母子家庭のみを対象とする制度の父子家庭拡充に取り組む。さらに、「障害ひとり親家庭支援」という法的な枠組みが無く、障害年金に該当しない障害者手帳・自立支援医療助成制度の対象となる養育者への「公平な支援を」と訴えている。
【ライタープロフィール】
須賀華子。大学卒業後、編集プロダクションに勤務。退職後、中国・北京に留学。社会医療・福祉を学ぶかたわら、翻訳に従事。帰国後、主婦向けウェブメディアの編集を経て、女性の生活、生き方、育児などをテーマに取材をしている。
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