F1イギリスGPでピエール・ガスリーから飛び出した突然のホンダ批判が、日本のファンを騒がせた。トロロッソ・ホンダはイギリスGPでもノーポイントに終わり、あたかもその不満が爆発としたと言わんばかりにメディアが書き立て、ファンの間で論争を呼ぶこととなった。
ガスリーが言おうとしたのはホンダ批判ではなく、現実だ。
しかし、そこにふたつの事実誤認があった。イギリスGPの予選後にガスリーは下記のように語った。
「GPSデータを見ればコーナーでは僕らはフォース・インディアやザウバーよりも速いんだ。すごく良いマシンに見える。でも僕らはとにかくストレートでクレイジーなくらい遅いんだ。0.9秒も負けてしまうなんてね。0.9秒をコーナーで取り返すことは不可能だ」
フォース・インディアやザウバーと比較して、コーナーは互角かそれ以上。しかしストレートで差が付いてしまっている。ガスリーが言いたかったのはそういうことだ。ドライバーとしてそこにフラストレーションを感じるのは当然のことだ。
そして予選でのタイム差0.9秒をコーナーでのドライビングで取り戻すのは不可能だと言ったのだ。決して「ストレートで0.9秒失っている」と言ったのではない。
もちろんメルセデスAMGやフェラーリ製パワーユニットに比べてホンダのパワーユニットがまだまだ出力面で後れを取っているのは事実だ。そのせいで車体側に満足にダウンフォースを付けられないで走るか、ストレートを犠牲にして走るしかなくなってしまっている。
「いまのシルバーストンは最終シケインのターン17からターン3まで全開だし、ターン7(ウッドコート)からターン10(マゴッツ~ベケッツ)までも全開だ。僕らはパワーで不利を抱えているから、理想的なダウンフォース量で走ればそういう長い全開区間ではかなりタイムを失うし、レースでは戦えない」
「レスダウンフォースに振ればクルマは高速コーナーでは不安定になる。パワーで不利な分だけ、そのバランスを取るのが難しいんだ。フォース・インディアやザウバーのようなチームの方がその点は有利だ。僕らにとっては厳しいサーキットだよ」というガスリーの発言は、ある意味でホンダ批判ではなくチーム批判だった。
実はフランスGPの予選を終えた時点でガスリーはこんなことも言っていた。
「GPSデータを見る限りではコーナーの速さは悪くない。だけどストレートのスピードが速くなかった。土曜になってスペック1からスペック2に換えたのにカナダの時よりストレートが遅かったんだ」
これに対して、チームが導き出した結論は空力セットアップの妥協点を誤ったというものだった。
トロロッソはシルバーストンでもダウンフォースを削らず、コーナー重視でストレートスピードを犠牲にして走った。そこを説明した上で最初の不満を述べていれば、イギリスGP後にわざわざ予選後のこのコメントを引っ張り出して、ホンダ批判という形で記事にされるようなこともなかったのかもしれない。「あれでは誤解される」と指摘されたガスリーは決勝後に下記のような丁寧な説明を加えたが、後の祭りだった。
「僕たちはセットアップ面で正しいウイングではなかったと考えているし、ダウンフォースと最高速のバランスという点でもう少し良い妥協点があったはずだ。正しいウイングでなかったのは初めてのことではなくて、バクーでもそうだった。(最高速不足は)間違いなくパワーユニットだけの問題ではなくて、車体面でももっと良い仕事ができたはずだ」
もうひとつの事実誤認は、「0.9秒」だ。
ガスリーは予選タイムで0.9秒差を付けられたと語ったが、Q1ではシャルル・ルクレール対比で0.437秒、Q2でも0.553秒差でしかなかった。Q2では中団最上位のロマン・グロージャンに0.821秒差を付けられたが、フォース・インディアやザウバーとの差はそこまで大きくはなかったのだ。
確かにメルセデスAMGやフェラーリのワークスチームが予選で使う予選スペシャルモードと較べれば、ホンダやルノーはそのくらいの劣勢に立たされているかもしれない。しかしICE(内燃機関)の寿命を削りながら点火時期を極限まで早めノッキングを多発させて出力をひねり出す予選スペシャルモードが自由に使えるのはワークスチームのみで、寿命に余裕を持った運用がなされているカスタマーチームではその使用はかなり限定的であり、フォース・インディアやザウバーとの間にそこまでの出力差はない。
ガスリーが言うように、コーナーは同等でストレートで失った分がラップタイム差になっているのだとしたら、ラップタイム0.5秒差=20~25kWというのは妥当な線だろう。
どうしてガスリーが0.9秒と勘違いしたのかは分からないが、ハースとの差を見てそれを0.9秒とやや大きめに言ったのかもしれない。
ともかく、ガスリーが言ったのはストレートで0.9秒失っているということではなく、タイム差も0.9秒もなかった。このふたつの事実誤認が、イギリスGP後の騒動を巻き起こした原因だった。
もちろん、トロロッソ・ホンダが中団グループの中で遅れを取り始めているのは確かな事実だ。
オーストリアGPに投入した新空力パッケージはまだ使いこなせておらず、イギリスGPでは旧型フロントウイングに新型ノーズとフロアという中途半端なパッケージで走行した。
マシンバランスが上手く取れず暑いコンディションでも充分にタイヤが保ってしまうほどタイヤへの負荷が小さいトロロッソは、アゼルバイジャンGPからマシンバランスを大幅に変更し、タイヤがきちんと機能させられる暑いコンディションではマシン本来のパフォーマンスを引き出せるようになったザウバーとは真逆の特性だとも言える。
パワー面でも、ルノーPUに並んだとはいえメルセデスAMGやフェラーリのパワーユニットとはまだ大きな差がある。特に予選スペシャルモードでは差が広がってしまう。スペック3の開発と同時に、ベンチテストやシミュレーションで信頼性確認と予選スペシャルの追究を進めなければならない。
「僕たちはここ数戦で周囲のライバルたちほどのペースで進歩を遂げることができていないと思う。現実的な見方をすれば、今の僕らは中団グループの後方になってしまっている。だからこそオーストリアGPに投入したアップデートがきちんと機能するようにしなければならないし、それによって中団の真ん中へ戻れるようにしなければならないんだ」
「ザウバーやハース、フォース・インディアはこの間にエンジン側のパフォーマンスを増してきて、ギャップが広がってしまったんだ。でもこれだけタイトな中団グループだからこそ、全てを上手くまとめ上げて0.2~0.3秒縮めればポジションがいくつも上がることになる」
イギリスGPの予選Q1で8位ニコ・ヒュルケンベルグと16位カルロス・サインツの差は僅か0.439秒でしかなかった。中団グループ上位と下位の差というのはそのくらい小さく、極めてタイトな争いになっているのだ。
そんな中でトロロッソ・ホンダが再び中団上位の争いに加わることができるか否か。今彼らが直面している課題をしっかりと解決することが、シーズン後半戦のポジションに繋がることになる。