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ラブ・エロ・ピースが叫ぶ、ショウガイシャのリアル「伝えないと正直な思いは出てこない」

2018年07月17日 16:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 世田谷区三軒茶屋にあるCafé「ゆうじ屋」の店主であり、生まれたときから重度のショウガイを抱えながらも、毎日一人電動車椅子でケーキを売り歩く実方裕二さんは、お邪魔ん裕二という名前でメンバーに重度ショウガイシャ三人を要するアウトサイダーフォークパンクバンド「ラブ・エロ・ピース」というバンド活動をしている。


 重度ショウガイシャで車椅子に乗りながら、言語障害のあるボーカルお邪魔ん裕二のシャウトは全身全霊を込めた凄まじいボーカルで、介助者の助けを受けながらではあるが、ライブで観客にメッセージを訴えかける。


 そのラブ・エロ・ピースのアルバムが、トータルプロデュースに<less than TV>の代表であるFUCKERこと谷ぐち順を迎え、8月8日に発売されることとなった。


 ライブを体験しこの作品を聴くことで、より伝わるものが深く刻まれるバンドであるが、まずはボーカルであるお邪魔ん裕二のインタビューで、ラブ・エロ・ピースを感じて欲しい。(ISHIYA)


(関連:遠藤ミチロウが語る、THE STALINとブラックユーモア「自分がパンクっていうふうには考えてない」


■ケーキ売りもバンドも、俺にとっては訴えかける運動


ーーなぜ、バンドをやろうと思ったのですか?


お邪魔ん裕二(以下、裕二):ロックとかファンクが好きだったことが大きいかな。昔もやってたんだよね。35~6年前に10人ぐらいの大人数で。あの頃は自分が言いたいことがはっきりしてなくて、歌もあんまり作れなかった。バンドはそのとき2年ぐらいやっただけ。やっぱメンバーが多すぎて(笑)。


ーーそれでまた、バンドをやりたいと思ったのはなぜですか?


裕二:ゆうじ屋ができたときに、今のバンドメンバーでもある女装飲んだくれオヤジ菅原ニョキが一人で歌ってくれてて、ニョキの歌が好きで彼がやるときはカウンターの中で一緒に歌ってた。うちのお店以外の会場で僕の企画でライブをやることになって、そのときにニョキに一緒にやらせてくれって言った。それからだね。ニョキが歌ってる歌が世の中を見つめた歌で「いいなぁ」と思ってて、一緒に歌いたいなと思っただけなんだ。でもそのライブで歌ったときは声が出なかったんだよね。


ーー人前で表現することはもともと好きだったんですか?


裕二:10年以上前からお笑いもやってて、その頃はお笑いをやってる介助士と一緒にカレーを作ったりしてたから、作りながら掛け合いみたいになっててね。ケーキをイベントとかでも売るんだけど、ただ売ってるだけより何かアピールした方が売れるし、一般的には僕みたいな重度ショウイガイシャは料理なんかできないんだろうと思われることが多いんです。だから、ショウイガイシャがこうやって料理もやれるんだ、そうじゃねぇんだよっていうことを伝えながらケーキが売れればいいかなと。よくショウイガイシャっていうと、聖人君子みたいなイメージってあるじゃん。冗談じゃない。スケベで嘘もつくし、ショウイガイシャで聖人君子なんていないよっていうことを伝えてやろうと思って。でもそのお笑いの一発目も声が出なかった。自分の言語障害に結構コンプレックスがあるからね。


ーーそれで今はバンドじゃないですか。伝えたいことがあっても諦める人が多いのに、重度のショウガイを持ちながらやるというモチベーションはなんですか?


裕二:ケーキを売りに養護学校にもよく行ってて、ショウガイの子どもたちが本当にかわいいんだよね。子どもたちが生き生きやりたいことをやれる世の中にしなきゃなって。今の世の中のままじゃ悪すぎるよね。だから僕たちができるところでやっていく責任があるんだろうなと。ケーキ売りもバンドも、俺にとっては訴えかける運動なんだよね。


ーーそこまで子どもたちを思っているのに、「かまわれたい」の歌詞では〈他人のことを思う癖がついていない〉と歌ってますよね?


裕二:そう、やっぱり自分のことが中心になってるよね。僕みたいな重度のショウイガイシャって、子どもの頃から構われるんだよ。親は普通の健常者だから、ショウイガイシャとの付き合い方がわからない。ショウガイがよくならないとわかったとき、この子を守らなきゃいけないと思っちゃうわけよ。だから何でもかんでもやってあげる。構われることが癖になる。


 そういうショウイガイシャの状態も伝えていかないとわかんないわけさ。自分の中で「もっと伝えなきゃな」っていう思いもあるしね。だから「かまわれたい」はね、ほかのショウイガイシャに頭にきてるときに書いたんだよ。僕もそうだけど、ショウイガイシャって被害者意識の塊みたいなところもあって、その辺も伝えないと健常者からも正直な思いは出てこない。だから、僕たちから伝えていかなきゃいけないっていうのがあるんだけど、ショウガイシャの中には周りの責任にして自分のことは棚にあげる人が多くて頭にきていて。「かまわれたい」の歌詞の二番は健常者に向けてだけじゃなくショウイガイシャにも向けている。〈困ってるのはお前だけじゃねぇだろ!生きてるのもお前だけじゃねぇだろ!〉って。


ーー「ラブ・エロ・ピース」という歌で〈自分の差別を許さない〉と歌っていますが、裕二さん自身も健常者を差別してしまっているという認識であってますか?


裕二:いや、ショウイガイシャに対しても差別してる。そういう差別意識があるから今の世の中は成り立ってるんだと思うし、それによって自分が差別されて屈辱的な思いも味わってるんです。だから「ふつう」っていう曲で〈じぶんと じぶんが ころしあう〉っていうのはそういう意味なんです。アルバムの1曲目が「かまわれたい」で、自分の嫌なところを構われたいっていう思いだけで、他人のことを思えないところが自分にもあるっていうことがわかって、他人のことを考える癖をつけようとゆうじ屋を始めた。だから2曲目が「ケーキ売り」なんだ。やまゆり園のこと(※2016年に起こった「相模原障害者殺傷事件」)があって、健常者が当たり前の世の中で、自分を肯定できずに健常者になりたがったり健常者に憧れたりしてしまうんです。だから他のショウガイシャとも付き合いたくないという気持ちも芽生えてしまう。そういう自分が改めてわかった「ふつう」。4曲目はそういう自分のことばっかり考えている間にも、仲間のショウイガイシャは山奥の施設に追いやられているんだという現状を歌った「同級生」なんです。


ーー「狼」という最後の曲は、裕二さんが書いている歌詞ではないですが〈Anti Japan〉という思いはありますか?


裕二:あるでしょう! やっぱり。これだけ悪いことばっかりやってる国なんだから、アンチと言わずになんて言う。


■自由=自分がやりたいことをやれているかどうか


ーー裕二さんにとって「自由」ってどんなものですか? この記事を読む人の多くも、ショウガイを持っているということがどういうことかわからない人だと思うんです。読者に向けて、「自由」が一つわかりやすい表現になるかと思うんですが。


裕二:僕は親から離れて自由な生活をしたいと思って家を出たのは40年ぐらい前でね。僕には2つぐらい違う兄貴がいて、僕が高校の頃、僕の面倒は兄貴がほとんどやってくれてた。でも兄貴は大学生だったから遊びにも行きたいわけじゃん。親は「出かけてもいいけど、裕二を寝かせてから出かけて」って言うわけよ。


 高校の頃だと、10時頃だからまだまだ寝たくないんで兄貴も板挟みになるわけ。ある日兄貴が俺を寝かせようとしたときに「なんで俺だけ寝なきゃいけないんだ! 俺だって起きていたいんだ! なんで兄貴だけ出かけんだよ!」って言っちゃったわけ。それまで兄貴が俺に合わせてくれているから喧嘩なんてしたことないんだけど、そのとき初めて兄貴が俺を軽くだけど殴った。泣きながら。


 その頃はちょうどショウガイシャ運動が世田谷で盛り上がってた頃で、その輪の中で俺が一番若かったから、若手No.1とか言われて有頂天になってたんだけどね。その当時彼女がいて一緒に暮らしてたんだけど、色々あって同棲は一年半で終わった。それからも俺は夜ショウガイシャ運動の会議に出て、終わって呑みに行って夜中帰って寝て、午後起きてパチンコ行って会議に行ってっていう繰り返しだったんだよね。一方では自分たちが住んでる地域の人たちと付き合って、ショウガイシャのことを理解してもらうんだとか言ってたんだけど、そんな生活だから生活パターンが合わないんだよね。そういう生活を5~6年してるときに、世田谷以外にできた友達がいて、最初はよく呑んだりして付き合っててくれてたんだけど、見るに見かねて俺を怒ってくれてね。「お前いい加減にしろよ! ショウガイシャだからって甘えるのもたいがいにしろ! 働け!」って。


 そのときまで俺、怒られたことなかったんだよね。親もちやほやするだけで。自分も「このままでいいのかな」とか思ってたし、運動やってても自分の言葉じゃなくて先輩たちの言葉を鸚鵡返しにしてる感じだったしね。働けって言われて、自分の周りも家族も俺が働けるなんて考えもしないわけ。だから自分でも「本当に働けるのかな?」っていう感じで諦めてて。そいつに「ゆうじ何かやりたいことないのかよ」って言われて、当時介助と結構手の込んだカレーを作ってて「カレー屋をやりたい」って言っちゃったんだよね。そしたらその友達が「面白ぇじゃん」って。自分たちのイベントをやりたくて、ライブハウスには食べ物と飲み物が必要だから「裕二用意しろ、責任持ってやれ」と言われて始まったのがゆうじ屋。


 自由って本当に自分がやりたいことをやれているかどうかだと思う。俺はパチンコとか呑み屋とか行ってて、そのときは楽しいけど自分の中で本当に納得してなかったもんね。自分が納得できるためには、色んな人から怒られたり影響を受けたりしないとできないんだよね。ショウガイシャの場合経験が少ないから、余計そういうところは大きいかもしれないけど、健常者もショウガイシャもないような気がする。ただ、圧倒的にショウガイシャの方が世の中に出て行くチャンスが少ない。だから今でも自由とか、自分が納得できるまでまだまだですね。納得して死にたいからね。


ーー最後に、読者に向けて何か伝えたいことがあれば。


裕二:ショウガイシャが世の中に出て行くチャンスが圧倒的に奪われてるって言ったじゃん。それって周りが諦めてるんだよね。親も養護学校の先生も、施設の職員も「こんなもんだろう」って。僕もラブ・エロ・ピースを始めて、自分で自分の歌を聴いて最初は「なんだこりゃ?」って。無理してやってるのも「健常者を追いかけてるだけなのかな?」って思って、やり始めて2年ぐらい経ったときに「やめた方がいいのかな?」ってマジで迷ってたんだよ。昔から一緒にライブ活動をやってた30年ぐらいの付き合いの奴がいるんだけど、そいつが「裕二さんが好きだったら続ければ? 好きなことは続けた方がいいと思うよ」って言ってくれて。


 好きだからね、音楽。どうせ続けるんだったら自分の歌のイメージに少しでも近づけたいと思って、たまたまボイストレーニングの先生と知り合いになって、やってみようと思って続けて一年ぐらい経つけど、声が大きく出るようになった。多分今も細かいところはわかりにくいんだろうけど、声が響くようになったんだよ。あそこでボイトレをやらなかったら、たぶんCDを作ろうなんていう思いにはならなかったかもしれない。だから諦めない! 周りの仲間が諦めないでいてくれるから生きてるんだと思います。だからこういう姿を見て欲しいんだよね。色んなショウガイシャも健常者も、やればできるんだっていうことを少しでもわかってくれれば最高ですね。(ISHIYA)