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JR東、首都圏全車両に防犯カメラ…痴漢抑止効果はあるか? プライバシーの論点も

2018年07月17日 10:42  弁護士ドットコム

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東海道新幹線のぞみ車内で起きた殺傷事件を受け、JR東日本は、首都圏を走るすべての車両の中に防犯カメラを設置することを決めた。


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朝日新聞の報道によると、計120億円をかけて2020年の東京五輪・パラリンピックまでに設ける予定。ドア付近の車内灯を、カメラを搭載したLED蛍光灯に付け替えるという。2018年夏以降に在来線の全8300両を、2018年冬以降に新幹線車両200両に順次設置していく。


車両の中では、カメラが作動中であることを示すステッカーを掲げる。また、防犯カメラの映像は「厳正に取り扱います」(JR東日本)としている。映像を取り扱う社員を限定することなどが想定されるという。


今回のJR東日本の取り組みなどについて、甲本晃啓弁護士に、期待される効果と弊害について考察してもらった。


●痴漢の抑止効果は高そう

ーーどんな効果が見込めそうでしょうか


「鉄道の車内トラブルのうち件数の多いものといえば、順に痴漢、スリ・置き引き(窃盗)、ケンカ(暴力)でしょう。防犯カメラとステッカーの設置によって録画による監視が『人の目』として機能しますから、これらの犯罪の抑制効果は大きいことが見込めます。


特に関心の高い痴漢事件については、冤罪を防ぐという意味で客観的な録画データは有用でしょう。車内防犯カメラが最初に設置されたのは、最も混雑して、痴漢事件の件数も多かった埼京線であり、そこで実証された効果が今回の導入を後押ししたものと思いますし、『遅すぎる』という声さえ聞かれるようです」


ーー抑止効果が期待できない行為はありますか


「抑止効果は刑事処罰を回避したいという人間の心理に訴えるものですから、限界があります。例えば、東海道新幹線であったような焼身自殺の巻き添えによる乗客への被害や、逮捕されることを前提とした乗客への加害行為については、抑止効果を期待できないでしょう。


ただし、これもリアルタイムに映像を解析することで、予兆となる不審な行動を検出して乗務員へアラートを通知することも将来的には可能になると思います。冤罪防止の観点からは、カメラには死角が生じるので、事実解明の手段としても一定の限界があることも確かで、カメラの画角を広くしたり、複数を設置したとしてもどうしても死角はなくせません。


もっとも、乗客の安全・安心を保証できるような万能な手段はないのですから、そのツールの一つして、今後うまく活用していくことが求められるでしょう」


●日々の行動、詳らかにされる恐れも

ーープライバシーの問題から懸念する声もあるようです


「私はどちらかと言えば鉄道車内の防犯カメラの導入に賛成の立場ですが、利用者として考えた場合、乗客の安全・安心のためであって公共性が高いとはいえ、常時撮影され、データとして永遠に劣化しない形で情報が蓄積されるとしたら、気持ち悪さを感じたり、人によっては不安を覚えることも十分に理解できます。


現在の映像解析技術をつかえば、顔から個人を識別することができ、スリの常習犯を特定して、車内の捜査員の手元のスマートフォンでリアルタイムに行動がマークできるようになるなんてことも、不可能ではないかもしれません。


ですが、他方で、防犯カメラのデータと鉄道会社が有するIC乗車券の記録(出入場記録、コンビニ等での購買記録、定期券の購入情報、予約サイトやクレジットカードの会員情報等)やSNS上で収集できる情報等が統合的に結びつければ、論理的には、その人その人の日々の行動が第三者によって詳らかにされる危険があります」


ーーかなり広範囲に関連情報が入手されうるのですね


「顔写真から、その人が普段使っている駅やよく利用する時間帯、よく使う乗車位置などを調べることが可能だとすれば、その情報の管理や提供について不安を持つのも当然でしょう。


これを、法律的にみると、鉄道の車内防犯カメラの問題は、一般的な防犯カメラについて議論される『肖像権』(みだりに容ぼう等を撮影されない権利)に関する問題にはとどまらず、人の行動を含めた広範なプライバシーに関する問題を含むので、きちんと議論をしていく必要があります」


●データの保管や第三者提供について明確なルールが必要

ーー懸念する利用者への丁寧な説明が求められそうです


「JR東日本は、以前にIC乗車券の記録を匿名化したものをビックデータとして第三者に提供しようとして問題視されたことがありました。その件が問題になった原因の一つが、利用者への事前の説明不足だと言われています。


自分に関する情報について、現代の日本社会はとても敏感です。このような一般人のプライバシー感覚を踏まえて、車内防犯カメラ映像の保存や取り扱いについては、厳格な管理と運用はもちろん、そして利用者に対する十分な説明が求められているといえるでしょう。


鉄道会社が利用者の不安を解消するには、防犯カメラの目的をしっかり明示するとともに、その目的に沿った最小限の利用をルール化し、その利用が適正であることを保証していくことが必要です」


ーーどのような運用が望ましいでしょうか


「防犯カメラは、犯罪の抑止と犯罪が起こってしまった場合の捜査活動への利用するために設置しているのですから、この目的に必要な限度で録画データの保存期間を定め、この期間が過ぎたら確実にデータを消去をするという運用が望ましいでしょう。


さらに、録画データへの社内でのアクセスについても取扱者の範囲を限定し、必要な限りで権限を付与し、私的なアクセスができないよう仕組み作りをすること、また、捜査機関を含めた第三者へ録画データを提供をする場合の判断基準を明確化にしておくことが必要と考えられます。


情報管理の適正さに対する信頼を高めていくためには、第三者機関による評価を受けるなどの方法も考えられます」


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
甲本 晃啓(こうもと・あきひろ)弁護士
知的財産(特許・商標・著作権)やインターネット問題に詳しい理系弁護士(東京大学大学院出身)。日本橋兜町に事務所を構える。大学・企業からの依頼も多く、鉄道に明るいため、鉄道模型メーカーの法律顧問も手がける。近年ではカンボジアでの法教育に尽力をしており、カンボジア王立法律経済大学等で講義を行っている。

事務所名:弁護士法人甲本総合法律事務所
事務所URL:http://komoto.jp