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松本穂香主演『この世界の片隅に』が目指すのは“夜の朝ドラ”? オリジナル要素は原作の延長線上に

2018年07月15日 08:12  リアルサウンド

リアルサウンド

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 7月15日21時からTBS系の日曜劇場で放送される連続ドラマ『この世界の片隅に』の第1話を試写で拝見させていただいた。


【写真】『この世界の片隅に』第1話でのすずを囲む登場人物たち


 原作は、こうの史代が2007年から2009年に『漫画アクション』(双葉社)で連載していた同名漫画。舞台は終戦となる昭和20年へと向かっていく広島。広島市江波で暮らす主人公のすずは、絵を描くのが好きなぼ~っとした女の子。彼女が高校を卒業して広島の呉市に嫁いでいくところから物語ははじまる。


 漫画らしいかわいらしい絵柄で展開される壮絶な物語は、綿密な取材を重ねて当時の生活を丁寧に描写していた。同時にコマ割りがとても実験的な作品で、変幻自在の画面構成には、絵を描くことの楽しさが満ち溢れていて、想像と現実がごちゃまぜになっているすずの豊かな内面を表していた。


 第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した評価の高い作品で、同じく広島を舞台に被爆をテーマとして描いた『夕凪の街 桜の国』(双葉社)と並ぶ、こうの史代の代表作だ。


 2016年には片渕須直監督による劇場用アニメ映画も公開された。本作もまた、当時の風俗や街並みや軍艦を精密に再現したことや、129分の中に原作のエッセンスを見事にまとめあげた構成力の巧みさなどが高く評価された。


 同時に製作時に資金が集まらずにクラウドファンディングで資金を集めたことや、活動が休止状態だった能年玲奈がのんと改名した直後に声優として復帰した作品としても話題となり、現在もロングランが続いている。


 片渕監督が追加カットを加えた180分の長尺版も予定されているという、現在も盛り上がりを見せている怪物的な作品だ。このアニメ版の評価が圧倒的な中で、新たに連続ドラマを作ると聞いた時は、作る側のプレッシャーは相当のものだろうなぁと思った。


 元々、原作モノはストーリーがすでに知られているという点において圧倒的に不利である。特にビジュアルがすでに存在している漫画を映像化する場合はなおさらだ。それに加えて本作の場合は、圧倒的なアニメ版の存在もあるわけで、比べるなという方が無理な話である。


 漫画版とアニメ版という2つの巨大なハードルがそびえ立つ中、テレビドラマには、どんなアプローチが可能なのだろうか? と、作り手に対して同情した。


 だが、脚本を担当するのが連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ひよっこ』(NHK)を手がけた岡田惠和だと知った時は、その手があったかと思った。そしてプロデューサーは佐野亜裕美、チーフ演出が土井裕泰という昨年SNSで話題となった連続ドラマ『カルテット』(TBS系)を手がけたチームだと知って、この座組ならば、漫画ともアニメとも違う、連ドラならではの『この世界の片隅に』が生まれるのではないかと期待が広がった。


 そんな気持ちで試写を観た。思ったよりも、オリジナル要素が多いことに驚いたが、それが原作の延長線上にあるものとなっていて、うまく世界観を広げている。同時に同じ場面を描いていても、漫画ともアニメとも違う解釈になっている場面があったのも面白かった。


 まだ放送前なので、詳細は書かないが、すでに公表されている一番大きな情報としては、榮倉奈々と古舘佑太郎が演じるカップルが登場する現代パートがあることだろう。今後、この現代パートについては賛否が出るかもしれないが、個人的には、こうの史代の『夕凪の街 桜の国』や、岡田惠和が2011年に手がけた朝ドラ『おひさま』(NHK)を思い出した。おそらく現代パートを入れることで、戦時中の物語を過去のものとしてではなく、今の時代を生きる私たちの現実と地続きだということを表現したいのだろう。最終的にドラマ版の評価は、この現代パートをどのように描くのかに関わってくるのではないかと思う。


 試写終了後、佐野亜裕美プロデューサーによる質疑応答の時間があった。脚本に岡田惠和を起用した理由について伺うと、『この世界の片隅に』の盛り上がる場面をズラして見せていくテイストが、岡田さんの作風と似ていると感じたことと、作品自体が朝ドラに近いので「朝ドラをたくさん書いている岡田さんにお願いした」と答えてくれた。そして本作に対しては、TBSで作る「夜の朝ドラ」のような作品になればいいと語っていた。アニメ版『この世界の片隅に』が朝ドラの『あまちゃん』で主演を務めたのんがすずの声を担当していたことを考えると、面白い巡り合わせである。


 そして、本作では岡田惠和脚本の朝ドラ『ひよっこ』に出演し、青天目澄子役で鮮烈な印象を残した松本穂香が、主人公のすずを演じている。澄子も、本作のすずと同様、ゆっくりと喋るどんくさいキャラだったが、松本の演技は見事にハマっていて、登場してすぐに「ここにすずさんがいる」と思った。ドラマ自体の最終的な評価は終わってみないとわからないが、彼女の起用に関しては文句なしのキャスティングだ。


 平成最後の夏となる2018年に、本作が放送される意味を噛み締めながら、最後まで見守りたいと思う。


(成馬零一)