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ケンドリック・ラマーの黒塗り広告が突如、霞ヶ関駅&国会議事堂前駅に出現

2018年07月13日 12:31  CINRA.NET

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国会議事堂前駅、霞ヶ関駅に掲出されたケンドリック・ラマーの広告
■霞ヶ関に突如現れた黒塗り広告。その企画意図は?

ケンドリック・ラマーのセンセーショナルな広告が、突如東京メトロ国会議事堂前駅、霞ヶ関駅に出現した。

公的文書のような紙に書かれた文字を黒く塗りつぶし、その上にはケンドリック・ラマーの最新アルバムタイトルである『DAMN.』の文字、そしてケンドリックのサインが記されている。

日本に住む私たちには見覚えのある黒塗り文書。広告は全部で8種類あるが、塗りつぶされた文面をよくよく見ると、森友・加計問題を巡って国や自治体が公表した文書、そしてパワハラ告発に対してレスリング協会が出した見解文書をパロディーしているようだ。

これまでも自身の音楽を通して、社会的・政治的なメッセージを発信してきたケンドリック・ラマー。不都合なものを隠す黒塗りの文書の上に「DAMN.(クソが!)」の文字が重ねられたこの広告にはどんなねらいがあるのだろうか。

広告の企画者はCINRA.NETの取材に対して次のように明かす。

「ケンドリック・ラマーは世界で初めてラッパーとして『ピュリツァー賞』を受賞したことからもわかるように、今日の世界において、音楽という観点のみならず政治的・社会的にも重要なメッセージを発信し続けている人物です。彼の現在の世界における重要さを日本の皆様に理解してもらうために、政治的・社会的に重要な問題へのアプローチを広告にしました」

「現在日本社会を大きく揺るがしている、いわゆる『黒塗り文書』などに関する文書のパロディーグラフィックを製作し、その黒塗り部分に彼の代表作である『DAMN.』(クソが!)の文字を重ねる企画になっています」。

また「黒塗り」を採用したことについては「本来は何かを暴くため、抵抗するため、声を挙げるための力である『黒』の力が、何かを隠蔽するため、抑圧するため、声を押し殺すために使われる日本社会への皮肉なメッセージになればいいと考えました」。

■最新アルバム『DAMN.』でヒップホップアーティスト初の『ピュリツァー賞』

2017年に発表された『DAMN.』は、昨年アメリカで年間売上チャート1位を獲得した、ケンドリック・ラマーの4枚目のスタジオアルバム。

今年発表された『グラミー賞』では5部門を受賞し、U2のボノ、The Edge、コメディアンのデイヴ・シャペルをフィーチャーした授賞式での圧巻のパフォーマンスも記憶に新しい。

4月には『DAMN.』でヒップホップアーティスト初となる『ピュリツァー賞』を受賞。クラシックやジャズのミュージシャン以外が『ピュリツァー賞』音楽部門を受賞したのも、同部門が設立された1943年以来初という快挙だった。

ケンドリック・ラマーは『DAMN.』について「(前作)『To Pimp a Butterfly』では世界を変える事や、物事に対してどう取り組み立ち向かっていくか、というアイディアを提案したんだ。今回『DAMN.』では、自分自身が変わらないと世界を変える事はできない、という考えを提示したんだ」と述べている。

■社会的・政治的な問題意識が込められた作品群

犯罪率や貧困率の高く、アメリカで最も危険な地域とも言われるカリフォルニア州コンプトンで生まれ育ったケンドリック・ラマー。自身の内面に抱える葛藤や、貧困、人種差別、マイノリティーに対する社会の無理解への抵抗を音楽に込めてきた。

2012年のメジャーデビューアルバム『Good Kid M.a.a.D City』では、自身の体験をもとに、ギャングの抗争や暴力が蔓延し、貧困に苦しむコンプトンでの厳しい現実が表現されている。

続く、2015年のアルバム『To Pimp a Butterfly』の収録曲“Alright”は、白人警官による黒人の少年トレイヴォン・マーティン射殺事件に端を発する「Black Lives Matter」のアンセムとも言われ、警察に対する抗議デモでリリックがシュプレヒコールとして使われるなど、黒人に対する暴力や差別に抵抗する人々の共感を集めた。

同作に収録された“How Much A Dollar Cost ft. James Fauntleroy and Ronald Isley”を2015年の「今年のベスト曲」として挙げた当時のバラク・オバマ大統領は、ホワイトハウスにケンドリックを招いている。オバマへのリスペクトを表明しているケンドリックは、オバマと初対面した時のことを「まるで彼の本当の友達のような気分だった」と振り返っている。

またケンドリックは最新作『DAMN.』のリリース後である今年2月、社会現象とも言える話題を呼んだマーベル映画『ブラックパンサー』のインスパイア・アルバム『Black Panther: The Album』を発表。マーベル・スタジオ初の黒人ヒーロー作品を音楽でサポートした。

■まもなく『FUJI ROCK FESTIVAL』で来日

ケンドリック・ラマーは今年『FUJI ROCK FESTIVAL』に5年ぶりに出演する。2日目となる7月28日のGREEN STAGEに登場し、ヘッドライナーを務める。

あと2週間となった来日を前にして、日本の権力の象徴とも言える機関がひしめく国会議事堂前駅、霞ヶ関駅に現れた黒塗り広告。掲出は本日7月13日から7月19日までの期間限定となる。

先の企画担当者は、「ブラックパワーを代表する極めて重要な人物が今、存在していること、そしてもうすぐ来日することを認知してほしい。そして、彼の生き様や音楽、言葉を通じて、社会に対して何か声をあげる、黒く塗りつぶされたものにきちんと目を向ける、そんな精神性が少しでもこの国に広がるきっかけになるといいと考えます」と語る。

霞ヶ関に通勤する人々にこのメッセージはどう映るのだろうか。そしてアメリカに負けず劣らず政権の疑惑や不祥事、様々な差別など多くの社会問題を抱える日本でケンドリックはどのようなステージを見せてくれるのか。心して目に焼き付けたい。

最後にケンドリックの音楽を追ってきた音楽ライター・渡辺志保氏、慶應義塾大学の教授も務める大和田俊之氏の言葉を紹介する。

・渡辺志保のコメント
個人の環境やストラグル(葛藤)をラップに乗せて表現してきたアーティスト、ケンドリック・ラマーは、それと同じくらい、現代社会における問題提議や人種問題に基づく思想についても、ビートに乗せ伝えてきた。今や彼は現代のブラックパワーの象徴であり、世界中の若者を惹きつけ鼓舞するカリスマでもある。ケンドリックが2017年に発表したアルバム『DAMN.』でジャーナリズムにおける最も権威ある賞、ピューリッツァー賞を獲得したということは、社会的にもそのパワーを見過ごせなくなったということであろう。自分の言葉で、自分の内面を表現すること。社会と個人を切り離さず、より良い環境を作り上げていくには何が必要なのかということ。冷静に現代社会を見つめ、批判を恐れないこと。今回を機会に、一人のラッパーが紡ぐ思いや主張を感じ取ってもらうとともに、こんなアーティストがいるのだ、ということも知ってもらいたい。

・大和田俊之のコメント
ケンドリック・ラマーは、現代アメリカにおけるもっとも重要な<声>である。その畳み掛けるようなフローから繰り出される「ことば」は、奴隷制からハーレム・ルネサンスを経てブラック・ライヴズ・マターにいたるアフリカ系アメリカ人の歴史を体現し、変幻自在にペルソナを変えて語られるポリフォニックな(多声的な)ストーリーにはフィリス・ホイートリーからラルフ・エリスン、トニ・モリスンへと連なる黒人文学のレトリックを聴き取ることができる。 ヒップホップという技芸の可能性を最大限に引き出すケンドリック・ラマーのラップは排外主義が強まる世界において、ますます求められるようになるだろう。 なぜなら、真の詩人が常にそうであるように、そのリリックはアメリカのマイノリティーの言葉を引き継ぐと同時に、未来の世界をふちどる「予言」でもあるからだ。