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SEKAI NO OWARI Saori、クリープハイプ 尾崎、WEAVER 河邉…ミュージシャンの小説を読む

2018年07月11日 12:12  リアルサウンド

リアルサウンド

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 5月23日、WEAVERの河邉徹(Dr / Cho)の小説家デビュー作『夢工場ラムレス』が発売された。ウェブ上での連載をまとめた本作は、以前よりWEAVERの楽曲で作詞を主に担当してきた河邉の文学的才能が開花した、と連載中からファンの間で話題になっていた。


(関連:SEKAI NO OWARI『INSOMNIA TRAIN』、バンドとしての進化の過程を見た


 小説家として文才を高く評価されているミュージシャンは少なくないが、書店などでもタレント本コーナーに著書が置かれることが多かったりと、まだまだ他の文学やエンターテインメント小説よりも認知度があまり高くない印象がある。


 しかし、彼らの作品には、ミュージシャンだからこそ描ける魂の物語が込められている。


 今回は藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)、尾崎世界観(クリープハイプ)、そして河邉徹の作品に注目し、その魅力を紹介したい。


■藤崎彩織『ふたご』


 SEKAI NO OWARIのメンバーとしても活躍するSaoriこと藤崎彩織の初著書。孤独な少女と変わり者の少年との出会い、交流、そして音楽との関わりやふたりの心の葛藤が丁寧に描かれている。物語自体はごく現実的なものだが、とても丁寧で柔らかい文体や薄暗いロマンティックさを感じる情景描写が、おとぎ話のような不思議な雰囲気を醸し出しているのが印象的。この点は、SEKAI NO OWARIの楽曲で長年Fukase(Vo)と共に作詞に携わることで培われた彼女の表現力、そして独特な世界観が色濃く影響しているようだ。


 物語の軸はSaori自身の実体験で、Fukaseとの出会い、そしてバンド結成までの経緯に基づいている。ともすれば安易な男女のロマンスになってしまいかねない少女と少年の出会いが、恋愛感情や友情を飛び越えた唯一無二の関係性の物語に昇華されているのは、恋人や家族をも越えた関係性の“バンドメンバー”という仲間を持つSaori自身の体験が投影されているからだろう。


 自らの体験を優しく冷静な眼差しで正面から見つめ、文学作品として完成させている真摯な小説だ。


■尾崎世界観『祐介』
 エッセイなども高く評価され、文壇でも多くのファンを獲得しているクリープハイプのボーカル・尾崎世界観の処女作『祐介』。売れないバンドマンの苦悩と葛藤を生々しく描いた本作は、本人曰く「音楽では足りない所を全部出せた」いわゆる自伝的な作品となっている(参考:尾崎世界観、初の自伝的小説を刊行! 「祐介」が「世界観」になるまでを描く)。


 しかし、よくあるバンドマンの苦労話には決してとどまらないのがこの作品の特筆すべきところ。私小説的な内容ながら、感傷を徹底的に排除した淡白な文体で完成度の高い“純文学”へ昇華している。


 目を覆うほどの暴力と性描写、落ちぶれていく主人公の苦しみ。そこにはたしかに尾崎本人の歩んだ人生が透けて見える。ともすればひとりよがりで重たい物語になりかねない題材だが、淡々とした語り口のため不思議なほど軽快に読めるのが魅力的だ。


 クリープハイプの楽曲の中で、生々しい感情をキャッチーなロックミュージックに昇華させ続けてきた尾崎のソングライティングスキルが、小説でも遺憾なく発揮されている。


 「尾崎世界観が書いている」という理由からこの本を手に取ったロックリスナーが、様々な純文学に触れるきっかけになる入門書としてもおすすめできそうだ。


■河邉徹『夢工場ラムレス』
 ここまで紹介してきたものは実体験をもとにしたリアリティ路線の作品だったが、『夢工場ラムレス』は少し毛色が異なる。


 夢を製造する工場「夢工場ラムレス」を舞台にしたファンタジーオムニバス作品となっており、4人の主人公とその周辺の人々の人間模様が交錯する優しい物語だ。明晰夢(「自分は今夢を見ている」と認識できる夢)の中で見つけることができるという、「夢工場ラムレス」へと繋がる青い扉。夢工場の情景描写や、夢の世界と現実世界の関係性。徹底された世界観とよく練られたシナリオは、伊坂幸太郎や星新一といったSFチックな作品世界を彷彿とさせる。


 比喩やモノローグのセンスも秀逸。著者・河邉によるWEAVERの楽曲での作詞にも通づる、読み手への優しさや思いやりを感じる。


 一見“癒し系ファンタジー”のようだが、ラストでの見事な伏線回収が爽快だ。河邉本人も子供の頃に読んだ『ハリー・ポッター』シリーズの影響を語っているが(参考:WEAVER河邉徹が小説家デビューに感慨「新しい世界を知ることができました」)、小学校高学年くらいの年齢の読者も楽しめるかもしれない。童心にかえったようにわくわくしながら読んで、心があたたかくなる優しい作品だ。


 ミュージシャンでありながら小説家としても活躍する彼らの作品には、ミュージシャンという特殊な職業で培われたリアルなエピソード、生々しい感情、そして豊かな表現力がこれでもかと詰め込まれている。専業作家にも引けを取らない冷静な眼差しと豊かな才能を持つ彼らの手から、今後未来へ語り継がれる傑作が生まれるかもしれない。(五十嵐文章)