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曽我部恵一×若林恵×柳樂光隆が語り合う、音楽を支援する存在の重要性 配信時代の“届け方”とは?

2018年07月10日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 6月8日~10日、東京・渋谷にて“都市と音楽の未来”をテーマにしたスペースシャワ―TV主催の音楽カルチャーの祭典『TOKYO MUSIC ODYSSEY 2018』が開催された。同イベントでは、映像や空間演出などのクリエイターとアーティストがコラボレーションしたスペシャルライブ『LANDSCAPE –SHIBUYA 2018–』や、オルタナティブな感性を持った新進気鋭のアーティストが集合した『SCRAMBLE』などが行われた。様々な視点から、今の音楽シーンの充実を伝え、メジャーシーン以外のところでも活躍する注目のアーティストをフックアップする役割を果たす、意義あるイベントとなった。


 その一環として、6月8日には、世代や国境を超えて人を繋ぐ音楽カルチャーの力を伝えるトークイベント『TMO SESSIONS』が開催。各界のオピニオンリーダーが集結し、都市と音楽にまつわる濃密な議論が行われた。今回、リアルサウンドでは、<ROSE RECORDS>を主宰する曽我部恵一、元『WIRED』日本版編集長若林恵、ジャズ評論家の柳樂光隆が登壇した第一部「都市と音楽の未来 ~あたらしい届け方~」の一部模様を編集、再構成してお届けする。海外の音楽教育や音楽を“支援”する立場の重要性、そしてこれからの時代の音楽ビジネスのあり方について語られた。(編集部)


■音楽シーンには“情熱を持っている裏方”が必須


若林:今の音楽業界にはお金周りのプロフェッショナルや、ビジネスを開発できる人間が圧倒的に足りていないと感じます。ミュージシャンになるだけが音楽への関わり方ではないので、若い人たちが経済学部や法学部を出て、音楽家をサポートするエンターテインメント・ロイヤーや、ビジネスデベロップメントをできる人間になることはすごく重要だと思うんです。そういう人たちができるだけ他の業界に行かないでいられる仕組みがうまく開発できると良いな、と。


曽我部:今は大きいレーベルや会社に所属せずに、個人で音楽を配信したりしているアーティストも多いから、そういう人は特に個別に弁護士さんがいるべきだなと思います。権利ってすごく複雑で、契約書をパッと読んでもよくわからないから、何となく印鑑を押しちゃうんですけど(笑)、それで出版権などを取られてしまうこともある。だからそういう時も弁護士さんとセッションして契約書を変えてもらったりすることが、音楽で食っていくためには一番大事なことかもしれません。でも音楽業界では、メジャーデビューの喜びが先になってしまって、詳細な契約内容の確認が甘くなってしまう風潮がある。


若林:相手は大きいコーポレートで、法務部があるわけですもんね。


曽我部:こちらはヘタしたら、10代とかハタチそこそこの子供ですから。


若林:曽我部さんは、これはちょっとやられたかも! といつの段階で気付かれるんですか?


曽我部:ライブで自分の曲を歌っても、その権利をよその出版社が持っている場合はそこに1回お金を払わなきゃいけなくて、その出版社を経由して自分にお金が入ってきたり。そういうのはめんどくさいんですよね。だから自分で全部権利を持っておくのが楽なんですけど、僕もそれが分からない時期がありました。何となくやっていくうちに理解して、僕はラッキーなことに「騙された!」と思うことはありませんでしたが。


若林:僕の個人的な考えとしては、ミュージシャンは本当に才能のある人がちゃんと残っていく仕組みであるべきだと思うんです。そのためには、情熱を持っている裏方がどれだけいるかが重要な気がします。“才能をわかる”のも1個の才能だし、経験なので、その才能を持っている人間がミュージシャンの側についていないといけない。


柳樂:アメリカのバークリー音楽大学にはマネージメントの学部があるんですよ。クエストラブがやっている<Okayplayer>というヒップホップ、R&Bを中心としたレーベルのジャズ部門<REVIVE Music>では、最初はミュージシャンを志して入ったバークリーの卒業生が、マネージメントにルートを変えて、そこでロバート・グラスパーなどを見つけてサポートしたのが今のシーンに繋がっているという話もあります。アメリカは教育も含めて、環境が整っていますよね。


■都市の支援が音楽を育てる


若林:今年の『サウス・バイ・サウスウエスト』で聞いたセッションでは、“これからの都市の最大の問題は孤独である”という話をしていました。都市にいる人たちの孤独を癒すソリューションを、行政からも民間からも作っていかなきゃいけない。でも例えば、東京でそれをやるとなると、あまり音楽に詳しくないような東京都の職員が来ちゃう。だけど本当はもう少し音楽文化に明るい人たちがやることが重要じゃないですか。中国の深セン市の文化特区のような場所に、変わった本屋さんがあるんです。日本の60~70年代の写真集を置いていたり、アメリカからジャン=ポール・ブレリーを呼んだりするような場所です。僕の知り合いが店主に、「よく行政がこんなこと許してるね」と言ったら、「いやいや、行政の担当者は俺らなんかよりもっと詳しいので」って。そんなやつが行政にいるんだ、と思うと中国はおそるべし存在ですよね。日本でも、音楽が好きで大学でも散々音楽サークルで頑張っていたような人が、例えば都庁に入って、そこで音楽にまつわる仕事ができると本当は良いですよね。


柳樂:ニューヨークだと、街全体で音楽をうまく育てようという意識が強くて、結構すぐ話が通るらしいです。最近、サウス・ロンドンが音楽的にホットですが、それはロンドンが金銭的支援をしたのがきっかけで。無償で子ども達にジャズを教えたりしているんです。8月に来日公演を行うCOSMO PYKEも、そのサウス・ロンドン出身のシンガーソングライターです。


若林:日本でやると、すごく教育的になってしまうんですよね。これまで、音楽鑑賞は1個の教養だと思われていて、一種の大人の嗜みとして機能していた。そうではなくなりつつある今、音楽を聴く理由や音楽家がいる理由に答えを出しづらくなっている気がします。海外だと、自分たちとは全く違う才能を持った人間がいることはすごく価値があって、オリジナリティのある人、ユニークな人を皆で支えています。


曽我部:根本にそういう考え方があるから、音楽の育成が成立するんでしょうね。


■“音楽で食えなくなる”ことには、良い側面も?


若林:曽我部さんは自ら<ROSE RECORDS>というレーベルを運営されていますが、目的は何なんでしょう?


曽我部:個人的に好きなことをやるため、というのが大きいです。日本の音楽をこうしたい、というつもりでは全然ない。でも、音楽業界を見ていると若いミュージシャンでプロで食いたい、という人を見るんだけど、やっぱりなかなか食えないですよね、今の日本の状況だと。


若林:そうですね。でも音楽で食えなくなる、というのは良い側面もあるのではないかなと思います。つまり、経済から離れることで、音楽にもう1回自由を与えられるかもしれない。この間、グラスゴーのGolden Teacherというバンドが来日した時にインタビューしたんですよ。「グラスゴーの音楽経済ってどうなってるの?」と聞いたら、「うーん、ないね」と言っていたんです。グラスゴーはレコーディングできる場所を大学が持っていたり、もともとアートカレッジが多いところで、それこそベルセバ(Belle And Sebastian)とかもアートスクールの出身だったりする。どこを目指す、みたいなことがなくて、お金になるんだったらそこについていってみよう、という原初的な感じがします。


曽我部:俺がミュージシャンになろうと思ったのは、勉強がとにかく嫌いだったからなんですよ。ある時The Rolling Stonesを見たら、チャラチャラして、ギターをジャーンってやって、ものすごい豪邸に住んで、綺麗な女の人連れて、それで超リスペクトされて生きている。それで、楽器も弾けないけど、中学生の時から絶対ミュージシャンになろうと思っていたんですよ。


若林:楽器弾けないのに(笑)。


曽我部:はい(笑)。親からは趣味でやるのは良いから、ちゃんと学校行って就職しなさいって言われてた。でもミュージシャンになりたいな、と思って。自分にとっては、遊んで暮らしていることが重要なんですよ。最初はお金なくて、もうわかんなかったんですよ。良い音楽、好きな音楽を作ることと、それで食えるようになること。全く関係ない2つをどう結びつけるかが、その頃の自分にとっては重要でした。


若林:そのやり方は自分で探していったんですか?


曽我部:自分で探しています、今も。今は配信、ストリーミングの時代になって、リスナーがCDを1枚3000円とかで買ってくれる機会が減ってしまったので、収入が激減するんですよ。そういう時に、今までと変わらない生活、収入を得るためにはどうすれば良いかは今もすごく考えてます。


若林:ストリーミング配信でどれくらいお金が入るんですか?


曽我部:CDを何万枚も売っていたような時代に比べたら、微々たるもんですよね。たとえばYouTubeには広告が入るので収入源にもなり得ます。ただあの広告は、YouTuberの番組だったらYouTuberのところにお金が入るんですけど、ミュージックビデオにつく広告は、その音楽の原盤権利者のところにお金がいくんですよ。つまり、作詞作曲しているミュージシャンではなくレコード会社に入る。そこからどう分配されるかは分からないですが、基本的にYouTubeの広告収入は原盤権利者たちに対するバック。だから、自分たちが原盤権利を持っていないとお金はあまり入らないんです。


若林:今年の『サウス・バイ・サウスウエスト』で、YouTubeチャンネルは新しいレーベルになるか、というテーマのセッションがあったんです。最近話題の88risingという、韓国系のラッパーを抱えている会社は、いきなりYouTubeでMVを公開して、Instagramとかを使って拡散させてバズらせる、という新しい一つのビジネスモデルと言われています。これは今みたいな話が背景にあるからなんですね。


■BTSのビルボード1位が示す、国外アプローチの重要性


柳樂:それは日本でも結構収入が得られるんですか?


若林:グローバルでやっていると視聴再生回数とかも桁違いになって、それなりの収益になるとは思いますが、日本だけでやるのはちょっと限界がありますよね。


曽我部:チャイルディッシュ・ガンビーノの「This Is America」は何億回も再生されて広告収入もそれなりに入ったと思いますが、日本語でやっている以上、そこまでではいかないのかな、と。


若林:だから、韓国のBTSがビルボードチャートで1位になったのは、結構大きいなと思って。アメリカとかでヒスパニックのシーンが盛り上がって、非英語に対するハードルが下がっていっているという環境があるようで、BTSはその間隙をついているのかもしれません。だから、意外とまたチャンスがあるんじゃないのかなって。海外に出ていくのが良いソリューションかどうかわからないですけど、韓国やアイスランドはそもそも国内マーケットが小さいので、音楽で食っていこうと思ったら海外に出なきゃいけない。だから日本も、もうちょっと外に向けたアプローチが必要なのかな、と。


曽我部:僕は、日本語で日本人に伝わるように作った音楽を、そのまま英語圏に持って行くのはすごい難しいと思います。もちろん、日本語のポップスが好きな海外の方もいますが、アメリカでもツアーをやって……と考えていくと、やはり作り直す必要がある。


若林:台湾や韓国など、アジアはどうですか?


曽我部:アジアに関しては聴いてくれている人がいる、という実感があります。Spotifyだと、今週自分の曲をどこの国で何歳の人がどうやって聴いているか、全部出るんですよ。東京や大阪に加えて、台湾でも聴かれていて、福岡に行くよりも台湾行った方が集客できるんじゃないか、とか。


若林:日本はアジアから見ると、音楽一つ取ってもノイズからフリージャズ、現代音楽まで、信じられないぐらい多様性があり、中にはすごい才能を持つ人たちもたくさんいる。日本がどうやってそこに至ったのかみんな興味があると思うし、日本のアーティストが何か提供できるのではないかと思います。


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 三者それぞれの立場から、音楽ビジネスについて語られた本トークイベント。参加者には制服を着た高校生や大学生など、10代後半~20代前半の男女の姿も多く見られた。質疑応答では、エンタメロイヤーを目指す大学生からの質問も挙がるなど、充実した時間となった。


 今の日本の音楽シーンにいくつかの課題があることも指摘された。今後ひとつずつ解決していくためには、日本以外の国でどのように音楽が広まり、需要されているのかという状況を知ることは、大きなヒントとなるはずだ。そういった意味でも、TMO SESSIONSは、“音楽の未来”を切り開くために新しい世代と状況や知識を共有し、バトンを託す役割を担ったイベントだったと言えるだろう。(構成=村上夏菜)