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『詩季織々』生きているような“ビーフン”はどう描かれた? コミックス・ウェーブ・フィルムを訪問

2018年07月10日 09:52  リアルサウンド

リアルサウンド

 新海誠監督の『秒速5センチメートル』や『君の名は。』などの作品で知られるアニメ制作会社のコミックス・ウェーブ・フィルムが、中国のアニメ制作会社であるハオライナーズとの合作で手がけたアニメ映画『詩季織々』が、8月4日に公開される。


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 『詩季織々』は、『陽だまりの朝食』『小さなファッションショー』『上海恋』という3つの短編からなる青春アンソロジー。中国における生活の基本とされる衣食住行(中国では“行”、すなわち移動することも生活の一部と考えられている)をテーマに、それぞれ北京、広州、上海を舞台としたヒューマンドラマが描かれる。再開発によって変わりゆく中国の風景を、詩情溢れるノスタルジックなタッチで切り取った意欲作だ。


 リアルサウンド映画部では今回、コミックス・ウェーブ・フィルムのスタジオを取材。前編では、作画などの手描きの作業を主に行う荻窪スタジオにて、『陽だまりの朝食』の作画監督を務めた西村貴世と、『小さなファッションショー』の作画監督を務めた大橋実に話を伺うとともに、稻垣康隆プロデューサーにスタジオ内を案内してもらった。


■まるで生きているような“ビーフン”を描くために


 今回のプロジェクトを行うことになったきっかけは、新海誠監督の『秒速5センチメートル』だったという。ハオライナーズの代表取締役兼ディレクターで、本作では『上海恋』の監督を務めているリ・ハオリンは、10年ほど前に『秒速5センチメートル』を観て大きな感銘を受けて、ハオライナーズを立ち上げた2013年よりコミックス・ウェーブ・フィルムに共作の打診を続けてきたそうだ。『上海恋』は、リ・ハオリンの自伝的作品でもあり、作中にも登場する石庫門(上海の中洋折衷型の伝統的建築様式)の街並みをアニメーションで残したいという強い要望があったという。『陽だまりの朝食』の監督を務めたイシャオシンもまた、新海誠監督のファンで、そのアニメーションの表現に大きな影響を受けた1人だ。


 『秒速5センチメートル』でも作画監督を務めた西村は、「イシャオシン監督は、新海誠監督の作品に感銘を受けたとのことだったので、何を求めているのか、どんな表現がしたいと考えているのかは理解しやすかったです。監督自身の思い出と重なる作品とのことだったので、まずは監督自身が懐かしさを覚えてくれるような絵になるように、キャラクターデザインは適度にリアルで写実的なイメージを落とし込むことに注力しました」と振り返る。


 しかし、実際に中国を訪れるなどの取材を重ねるものの、中国人が考えるノスタルジーを表現するには苦労も多かったという。「例えば、街の人の服装ひとつ取ってもそうだし、風習ひとつ取ってもそうですが、我々が想像する“一昔前の中国の景色”はすごく曖昧なものなんです。多くの資料を用意してもらいましたが、食べる姿勢が違うとか、寒くても帽子は被らないとか、ディティールに差異が生まれてしまうことはたくさんありました。特に『陽だまりの朝食』は“食”をテーマにした作品で、作中に出てくるビーフンも主役なのですが、そもそも汁物のビーフンがどういう食べ物なのかが日本人にはイマイチわからない。私ひとりの手には余る仕事だったため、ビーフンのシーンのためだけに大橋実さんにも協力してもらいました」


 『陽だまりの朝食』で調理シーンのみの作画監督をすることになった大橋は、実際に“汁物のビーフン”を出す店で調理を見学し、味わい、その後も“どんぶりとレンゲ”と格闘する日々を送ったという。「ラーメンでもなければ、うどんでもない、独特の透明感と質感を表現するのは本当に大変でした。しかし、本作における調理シーンは、言ってみればアクションシーンであり、大きな見せ場です。24コマ撮りのリッチなアニメーションを駆使したスローモーションの表現で、躍動感のある絵になるように力を注ぎました。あれほど食べ物を中心に据えた絵を描くことはなかなかないので、とても貴重な経験だったと思います」。かくして、ビーフンの調理シーンは、中国のスタッフ陣からもその手腕を絶賛されるほど、流麗かつ活き活きとしたアニメーションに仕上がった。西村は、「本当に大橋さんにお願いして良かった」と笑顔を浮かべる。


■作画監督の仕事とは?


 アニメーションの制作工程は、シナリオからコンテを作成し、そこからレイアウト作業を経て、原画や動画といった“動く絵”を描くセクション、背景や3Dによる効果を付けるセクション、それらを全て合わせて撮影するセクションなどに大きく分けられている。コミックス・ウェーブ・フィルムは、原画や動画などの手描きの作業をするスタジオと、背景や3Dや撮影を行うスタジオの2スタジオ体制で制作を行なっている。


 今回、話を伺った西村貴世は、コンテをもとに1からキャラクターのディティールを作り上げていくキャラクターデザインと、その絵の整合性を取っていく作画監督を担当している。アニメーションの絵は複数人で描いていくため、作画監督がチェックすることで、はじめて全体の絵の整合性が取れるのである。


 西村は、作画監督という仕事について、「原画を描くときと使う脳みそが全然違います。全体の仕上がりを想像しながら、スタッフの方々の描く絵の方向性をチェックしていく作業で、時間に制約がある中で進めていくため、どのシーンに力を注ぐべきかなど、あらゆる方面に気を配る必要があります。私は『秒速5センチメートル』で初めて作画監督を経験したのですが、その時は力の配分がわからず、すべてのシーンで過剰に力んでしまった記憶があります(笑)。今回は、日常を静かに、そしてリアルに描くことで、観た方に『自然なものを見た』と感じていただけるように、丁寧な仕事を心がけました」と語っている。


 スタジオ内では、20人程度のスタッフがデスクに向かい、それぞれ動画や彩色の作業を行なっていた。ベテランのアニメーターも多く、職人たちによる仕事にリスペクトを示す同社の姿勢が伺えるようだった。世界に通用するコミックス・ウェーブ・フィルムの作品は、こうした現場から生まれているのだ。次回、後編では、コミックス・ウェーブ・フィルム作品の大きなポイントである“背景”を生み出す制作過程をレポートする。(松田広宣)