処刑された麻原彰晃死刑囚 (写真/共同通信)
「1+6人が死刑を執行されたという印象です。7人とひとくくりにしたくない。犯行を指示した1人と、指示を受けた6人です」
とオウム真理教元幹部の野田成人氏(51)は話す。
なぜこのタイミングに執行したのか
松本サリン事件と地下鉄サリン事件の無差別テロや、坂本堤弁護士一家殺害事件など一連の凶悪事件を引き起こしたオウム真理教の教祖・麻原彰晃死刑囚(63=本名・松本智津夫)ら教団元幹部7人の死刑が6日、東京拘置所など全国4か所で執行された。
東京拘置所では麻原死刑囚のほか土谷正実(53)、遠藤誠一(58)の計3人、大阪拘置所では新実智光(54)、井上嘉浩(48)の2人、広島拘置所では中川智正(55)、福岡拘置所では早川紀代秀(68)の死刑が執行された。ほかに6人の教団元幹部の死刑が確定している。
冒頭の野田氏は、
「たしかに執行された6人は事件に深く関与していたけれど、僕だってその立場に追い込まれていてもおかしくなかった。まず麻原死刑囚ひとりが執行されると思っていた」
と驚きを隠さなかった。
麻原死刑囚については2006年の死刑確定から12年後の執行だった。
「複数人の同日執行はありうるとみられていた。今年1月に高橋克也受刑者の無期懲役判決が確定し、オウム裁判は終結した。
これで執行環境が整い、3月にオウムの死刑囚全13人のうち7人が東京拘置所から全国各地の拘置所に移送されたため、13人の一斉執行に向けて動き始めたのではないかと取りざたされた。執行日の間隔をあけないほうが混乱を防げるからだ」
と全国紙社会部記者。
同一事件の死刑囚は同日執行が原則とされる。可能な範囲で原則に沿ったとも考えられる。一方、国会会期中には死刑を執行しないという慣習は破った。
「通常国会は6月20日に閉会予定だったが、7月22日まで会期が延長された。来年は天皇陛下の退位があり、元号が変わる。ラグビーW杯も開催するため、年内のできるだけ早いタイミングで執行するのが望ましかった。
もっと早くてもおかしくなかったが、サッカーW杯で日本代表が決勝トーナメントに進んだため、勝ち続けて国民が盛り上がっている最中に水を差すようなことはできなかったのだろう。執行日はベルギーに負けた3日後の朝だった」(同記者)
後継団体に報復の体力はない
オウムの後継団体としては主流派の『アレフ』、上祐史浩氏が率いる分派の『ひかりの輪』、アレフから分裂した女性元幹部らの新組織『山田らの集団』がある。
麻原死刑囚の刑執行で報復テロを企てるなど暴走する心配はないだろうか。
ジャーナリストの大谷昭宏氏は「後継団体が再びテロを起こす可能性は低い」として次のように話す。
「報復する“体力”が後継団体にはない、と公安当局がみたからこそ死刑を執行したのでしょう。3月の死刑囚移送はメディアに情報をリークし、死刑囚を奪還する体力があるかを見ました。移送日には札幌市内のアレフの施設を公安調査庁が立ち入り検査し、力がないことを見極めました。
ただし、警戒せざるをえないのは、アレフや山田らの集団など教団の流れを継ぐ組織がここにきて力を伸ばしていることです。特にアレフは麻原死刑囚の写真を飾るなど個人崇拝を色濃く出しています。地下鉄サリン事件当時にまだ生まれていなかった若者を取り込まないか、社会全体で注視する必要があります」
団体名を隠して、大学周辺で信者の勧誘活動を行っていた事例もある。かつての教団がそうであったように、若い信者が増えれば力は増す。
大谷氏は、
「若い人にアルバイトをさせて資金を稼がせることはできます。オウムには医者や科学者、弁護士などがいましたが、後継団体の信者はエリートではありません。社会からドロップアウトしたひきこもりが多いんです。おとなしいと考えてもいい。しかし、狂信的なカルト集団の要素が全くないわけではないということを忘れてはいけません」
と指摘する。
オウム死刑囚の遺体は誰がどのように引き取るのか。
法務省によると、死刑囚の遺体の引き取りにはいくつかの決まり事がある。
「まず死刑囚があらかじめ指定した人物に、刑執行後すみやかに連絡します。血縁関係の有無は問いませんので弁護士でも団体の関係者でもかまいません。遺体のまま引き取るか、火葬後の遺骨を引き取るか、希望を聞いてお渡しします。
1番目の人物が引き取りを拒んだ場合、基本的には配偶者、子ども、祖父母、孫、兄弟姉妹と順番に尋ねていきます」(同省担当者)
引き取り手がいないときは各拘置所で火葬し、拘置所が管理する墓地に埋葬する。葬儀は行わず、職員が手を合わせるだけという。引き取りの期限は決まっていない。家族が遠方に住んでいるケースなどもあるからだ。
「ただ、遺体を1か月もそのまま置いておけませんので、その場合は火葬します」(同担当者)
すでに火葬された麻原死刑囚
麻原死刑囚には妻子がある。前出の野田氏は「家族が引き取るのではないか」と推測する。
「麻原死刑囚と切れていない後継団体が遺骨を欲しいとしても、分骨などはできないでしょう。麻原死刑囚とつながっていると公に認めるようなものですから。仏教の信者にとって、教祖の遺骨には宗教的な価値があるんです。
『仏舎利』とはお釈迦さまの遺骨のことですが、ありがたがって塔を建てたり、供養する法会を行う。だから後継団体の信者の信仰対象にならないように処分するのがいいと思いますが、僕は口を挟める立場にはありません」と野田氏。
麻原死刑囚は生前「遺灰を四女に」と意思を示したというが、今のところ四女は引き取りを望んでいないとの情報もある。
一方、妻と6人の子どものうち長女と四女をのぞいた4人は、「(麻原死刑囚の)精神状態からすれば、特定の人(四女)を引き取り人として指定することはありえない」と主張し、遺体の引き渡しを求める要求書を、川上陽子法相らに提出した。
そんな麻原死刑囚の遺体は、妻側と四女の同意のもと、9日に火葬された。が、遺骨の引き取り先は、決まっていないため、当面、東京拘置所内で預かると見られる。
葬儀はどうなるのか。オウムで信者が亡くなった場合、通夜・告別式は営まず、死後49日以内に『四十九日の儀式』を執り行うという。
「49日以内に輪廻転生(生まれ変わり)すると言われていますので、その儀式をするんです。しかし、麻原死刑囚は教団トップですし、下の信者が上の者に行うことはできないと解釈されているので信奉者でもやらないでしょう。
後継団体が信者の求心力を高めるため、葬儀のかわりになるようなイベントをする可能性はあると思います」(野田氏)
戒名は誰がつけるのか。教団にはカタカナの『ホーリーネーム』があったが……。
野田氏は、
「麻原は麻原です。教団で最上位ですから、誰かの世話になることなどないという教義でした。つまり、第三者に戒名をつけてもらうはずがない。家族も信奉者も望まないでしょう」
東京拘置所の3か所の出入り口前には6日、60人以上の報道陣が集まり、麻原死刑囚の遺体の引き取りを待った。
東京・足立区のアレフの施設では、カーテンを閉めた窓の隙間から外の報道陣の様子をチラチラうかがう信者の姿があった。しかし、信者らが外出することはなかった。