2018年07月09日 17:22 弁護士ドットコム
2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック。特に東京五輪の大会期間中は、選手1万1000人、観客780万人、メディア関係者2万5000人が国内外から訪れると試算されている。選手はバス2000台、大会関係者用は乗用車4000台で、競技会場や宿泊施設などを移動する予定だ。
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もしも何も対策をしなかった場合、鉄道の輸送客は通勤ラッシュの時間帯に1割増、高速道路の混雑は現在の2倍になると予想。通常の経済活動への影響が懸念されることから、東京都と2020年東京五輪・パラリンピック大会組織委員会は現在、大規模な交通輸送計画を検討。東京地下鉄株式会社(東京メトロ)でも増発や駅構内のセキュリティ強化など、五輪に向けた取り組みが始まっている。
大会運営の成否を握るとも言われる輸送。東京五輪ではどのような準備が進んでいるのだろうか。また、私たちの日常生活にどのような影響があるのだろうか。東京・豊洲の芝浦工業大学で7月7日に開かれた公開講座「東京2020大会に向けた輸送戦略」をリポートする(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
公開講座では東京都や東京メトロの責任者らが講師を務め、取り組みの現状を紹介した。
東京都オリンピック・パラリンピック準備局大会施設部の松本祐一輸送課長によると、五輪は7月24日(金)~8月9日(日)、パラリンピックは8月25日(火)~9月6日(日)に開かれるが、2020年だけの特別措置として、これらの期間中に海の日と山の日、体育の日の移動が決定している。これら祝日と週末を除くと、平日は五輪で10日間、パラリンピックで9日間、合計19日が「重点的な取り組みが必要な期間」となる。
五輪大会期間中には、関係者の車両としてバス2000台、乗用車4000台が調達され、「クモの子を散らすような状況」で、空港や宿泊施設、競技会場などの間を移動することになる。これを車の台数に換算すると、1日あたり約5万台が増える試算になるという。その移動の主要ルートになるのが、首都高だ。
「首都高は1日あたり100万台から115万台ぐらいが通行しています。仮に100万台とすると、この5万台はその5%にあたる交通量。現在の首都高は交通容量に対して、渋滞にならないギリギリのところにあり、5%増えるだけで影響は大きい。特に首都高はジャンクションが多く、少し台数が増えるとあちこちで渋滞が起きてしまいます」と松本課長。何も対策を取らなければ、現在の2倍に渋滞が悪化するとする。
こうした予測に対し、「交通量を15%削減することで、休日並みの混雑度を目指す」という。具体的には、首都高への高速道路の本線料金所のゲートの数を大会期間中は7割程度に減らしたり、首都高のゲートを時間帯によって閉鎖したりするなど、首都高への流入量削減などが考えられている。
しかし、入口を絞るだけでは首都高に入るための渋滞を起こしてしまうので、全体の交通量を減らす取り組みが必要になるという。
では、全体の交通量を減らす取り組みとして何が行われるのか。基本的には「広く、企業や個人の皆さまから、少しずつご協力いただいて減らす」ことになる。
大会期間中は、「部品の搬入が遅れる」「路線バスが時間通りに来ない」「スーパーやコンビニに商品が届かない」「宅配便が時間通りに届かない」「始業時間や商談・打ち合わせの時間に間に合わない」「タクシーの空車がつかまらない」といったリスクの発生が予想される。これらのリスクを「いかに回避するか、事前に準備をしていきたい」と松本課長は説明する。
具体的には、影響が大きい物流に関わる企業、及び一般企業は現在、震災発生に備えた事業継続計画(BCP)を持っているが、東京五輪時の交通交雑をリスクと捉えたBCPも作成してもらうという。協力を依頼する範囲は、東京都の区部を中心に都内と往来が多い全国各地となる。
多くの一般市民にとって、最も影響を受けるのは「通勤の足」である鉄道だろう。鉄道についても、混雑の激化が予測されている。
五輪の観戦客は、これまでの五輪同様、競技会場までは自家用車ではなく、電車やバスなどの公共交通機関の利用が求められる。さらに、区部のホテルは大会関係者やメディアが宿泊するため、遠方からの観戦客は千葉県や埼玉県など隣接する地域に宿泊することが想定されている。
「ラッシュのピーク時に大きな荷物を持った観戦客が千葉県や埼玉県から競技場に向かう電車に乗ってくると、ホームや通路で混乱が発生して、危険な状況が見込まれます」
もしも何も対策しなければ、朝7時から9時の時間帯の鉄道利用者は1割増加するとみられる。そのため、次の3つの重点対策が考えられている。まず、鉄道各社では昼間の時間帯に運行本数を増やす。次に競技会場では時間差で入退場を行って集中しないようにする。さらに、時差出勤やテレワークなどを呼びかけ、鉄道の利用者自体の減少をはかる。
これ以外にも、企業や官公庁、市民に向けて次のように呼びかけるという。「大会期間中、混雑が予想される平日10日間は、できるだけ休暇を取っていただきたいとお願いをしています。大手のメーカーさんでは、全社一斉休業にする取り組みも決まっています。また、ボランティア休暇制度がない企業さんには、新たに設けていただきたいと思っています」
これまでの五輪ではあまり発生していなかった問題もある。ネット通販だ。
「本当にお願いしたいところは、ネット通販がかなり物量を増やしています。個人の消費者行動なので、『クリックしないでください』とは言えないのですが、たとえば大会期間の前に必要なものを納めていただき、不要不急のものは大会後に注文していただくなど、みなさまにご協力いただければと思います」。現在、大手通販会社にも協力を依頼しているという。
2012年のロンドン五輪では、交通輸送マネジメントの成功が大会運営の高評価につながったとされる。「ロンドン大会では、日程ごとに鉄道駅の混雑予想を発信していました。現在もそれはレガシーとして受け継がれています。東京大会でも、混雑予想などの情報を提供していきたいと思います」と松本課長は語った。
続いて登壇したのが、東京メトロ鉄道本部オリンピック・パラリンピック推進室の岩本大史課長だ。東京メトロは現在、9路線195.1㎞の営業戦を運営、相互直通運転先を合わせると、539.4㎞の首都圏を覆う巨大ネットワークとなる。東京メトロでは2013年9月に東京五輪の開催が決定した翌月には「2020年東京オリンピック・パラリンピック対策推進本部」を設置、対策に当たってきた。
岩本課長によると、東京メトロは「多数の観戦客」「訪日外国人4000万人」「暑さとの戦い」をポイントに安全・安定輸送の確保を目指しているという。
「これは当社だけでなく、各社が当たり前に行なっていることです。これまで、神宮の花火大会や、東京ドームの野球試合、武道館のコンサート、大学入学式など、大規模なイベントにも対応してきていますが、それぞれ1日限りであり、五輪やパラリンピックのように2週間も続く大規模イベントは初めての経験。『当たり前』を確保するために、しっかり対応したいです」
具体的には、「バリアフリー設備整備」「見守る目の強化」「駅構内のセキュリティ強化」「駅構内における多言語の情報提供・案内」「訪日外国人向けの無料Wi-Fiサービス」「ホームドア整備」「自然災害対策の推進」などが挙げられる。
また、朝の通勤ラッシュ時の混雑緩和も重要だが、開会式や閉会式をはじめ、いくつかの競技の終了時間が深夜に及び、観戦客の輸送をどうするかという課題も抱えているという。
「終電を延長すると、毎日行なっている保守点検作業に影響が出ます。仮に延長戦になった場合、さらに運行が繰り下げになり翌日の始発にまで影響します。表からは見えない仕事ですが、この保守点検は安全な輸送のためにとても大事。しっかり両立を考えていくことがポイントになると考えています」と岩本課長は説明した。
この日の公開講座を取りまとめた芝浦工業大学工学部の岩倉成志教授は、1964年に開かれた東京五輪では、首都高や地下鉄、新幹線整備されるなど交通インフラが整えられたと指摘。交通マナーの向上など、現在にも受け継がれるレガシーが生まれたと解説した。
「現在、世界に冠たる鉄道ネットワークと道路ネットワークができています。今回の大会では、大きな交通整備はしません。1964年東京五輪からの大規模な交通整備をもとに、選手と観客をお迎えして運営していくことになります」
その際に重要なキーワードは、「交通マネジメント」と「交通需要マネジメント」だという。交通マネジメントは、「既存の交通施設を使って、限界ぎりぎりまでパフォーマンスをあげていく。列車の運行の密度をあげていく。高速道路でいえば、ICでうまく流入をコントロールしながら、渋滞のない流動を生み出していく」ことなどを示す。
もう一つ、交通需要マネジメントは、「集中する時間帯の交通を分散させ、休暇をとってもらうなど、旅客数をコントロールする」こと。「今回は、1964年から作り上げてきた交通ネットワークを生かして、旅客数をうまく減らしていく方法。今、時間帯で集中している交流量をうまく分散していく、休暇を意識的にとってもらうなど、コントロールしていかないと、輸送はうまくいかないでしょう」
今年2月、平昌五輪の開会式終了後、深夜に電車が運行されず、帰れなくなった観客が駅で大混乱におちいったことは、記憶に新しい。「五輪の成功は、観客がきちんと移動できる交通があることです」と岩倉教授は話していた。追記:一部表現で誤りがあったので、訂正いたしました(7月10日9時28分)
(弁護士ドットコムニュース)