2018年07月03日 10:51 弁護士ドットコム
同じ職場での有期契約が5年を超えた場合、労働者が希望すれば期間の定めのない無期雇用に転換できる「無期転換ルール」。2013年に改正された労働契約法18条1項の規定によるもので、2018年4月に申し込み権が発生することになるが、各地で雇い止めトラブルも起きている。
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定年前の1年間だけ正社員にしたのは、無期雇用への転換を逃れるためで違法などとして、福岡市内の契約社員の男性(60)が勤務先のNTTコムウェア(本社・東京都)を相手取り、地位確認や差額の賃金など約554万円を求めて、福岡地裁で争っている。提訴は6月15日付。
訴状によると、男性は2004年、同社に有期雇用の嘱託職員として中途採用された。マーケティングや営業として勤務し、17年3月31日まで12回にわたって契約を更新してきた。
無期転換ルールは、改正労働契約法が施行された13年4月1日以降の契約から、5年のカウントが始まったため、男性も18年4月には適用対象となり無期契約を申し込む権利を得るはずだった。
しかし、同社は17年3月、男性に対し、嘱託社員契約の雇い止めを通知すると同時に、地域限定正社員として働くことを提案。男性は異議を留保して、地域限定正社員契約を締結したが、同社は60歳定年制のため、男性は18年3月で定年退職となり、その後は有期雇用の契約社員として再雇用された。その結果、月給は嘱託社員時代の約半分以下の約18万円になったという。
男性は「会社に入社してすぐに正社員登用の話が出ましたが、結局、嘱託社員という不安定な立場のまま13年間にわたって働いてきました。いよいよ、無期転換まで1年という段階で、地域限定正社員にさせられ、定年を理由に、今度は契約社員という、嘱託社員の半分しか賃金がもらえない立場に追いやられました。
これまで正社員ではなかったのですから、退職金もなく、せめて65歳くらいまでは嘱託社員時の賃金をもらえなければ先の見通しは全くできません。今回の会社の対応はとても悔しいです」と話している。
今回の提訴について、男性の代理人である井下顕弁護士に聞いた。
ーー今回の事案をどう見ますか。
有期労働契約は、使用者が更新を拒否した場合には雇用が終了しますが、全ての場合で打ち切ることができるという訳ではありません。労働契約法19条には「雇止め法理」の法定化というルールがあります。
(1)過去に反復更新された有期労働契約で、その雇止めが無期労働契約の解雇と社会通念上同視できると認められるもの
(2)労働者において、有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認められるもの
以上の2つに該当し、使用者が雇い止めをすることが「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」には、雇い止めが認められないことになっています。
男性から相談を受けた2017年3月当時、男性はすでに12回にわたって嘱託社員契約が更新されてきていました。これは労働契約法19条に照らして、(1)(2)の2つに該当すると考えられます。
ーー今回、なぜ「無期転換逃れ」が行われたと考えますか
会社の規定では、嘱託社員には定年はないので、嘱託社員の男性が、(1)60歳以降も仕事を続けてしまうと同様の賃金を支払っていかなければならない、(2)男性とほぼ同様の仕事をしている正社員が会社の規定上、60歳定年後は、契約社員として賃金がほぼ半額になってしまうーーということの均衡を図ろうとしたのではないかと思われます。
もっとも、男性は、嘱託社員時代、ほぼ同様の仕事をしている正社員の3分の2程度の給与しかなく、退職金もありませんでした。加えて60歳以降に賃金をさらに半分にされることは、死活問題です。正社員との均衡を図ることは、男性にとっては到底受け容れられないものです。
ーー日本労働弁護団は、全国で無期転換逃れが相次いでいると報告しています。
なぜ、企業が労働者を有期のまま留めおきたいのか。それは労働契約法改正に繋がった根本問題でもあります。
有期雇用の労働者は、次の契約更新を心配します。その結果、残業代も請求せず、有給休暇も使用しないなど、労働者の権利行使を躊躇(ちゅうちょ)してしまう傾向にあります。
だから、企業からすれば、雇用の調整弁になるだけでなく、労働者が自らの権利主張もせず、ただ会社のために黙々と仕事をしてくれるのは好都合でしょう。
働く人がきちんと権利を主張することのできる社会こそが、持続可能で健全に発展できる社会だと思います。それは企業主にとっても良い社会のはずです。
1999年以降、労働法制がどんどん改悪され、それが企業主のモラル・ハザードを引き起こし、格差と貧困が拡がる閉塞的な社会になってしまいました。ほんの少しだけ空いた希望の風穴を閉じてしまうようなことがあってはならないと思います。労働者の当たり前の権利の実現のために、労働弁護士として当たり前の努力をするつもりです。
NTTコムウェアは「当該社員に委嘱する業務が無くなったことが嘱託契約を更新しなかった理由であったことから、その旨を予告通知書にて通知するとともに、本人の生計への配慮、他の社員との業務処遇バランス等を勘案しつつ、正社員としての採用条件を提示したところ、本人から採用の申し込みがあったことから、採用したものであります。
また、正社員については、定年年齢を60歳と定め、その後65歳まで継続雇用できる制度としており、関係法令、社内規定にのっとり、適正に対処しているとの認識でありますが、当該社員の理解を得ることができず、誠に残念であります。今後におきましては、改めて会社の考えを訴訟の場で申し上げて参ります」とコメントしている。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
井下 顕(いのした・あきら)弁護士
2000年弁護士登録。自由法曹団常任幹事、日本労働弁護団、九州労働弁護団団員、日弁連元労働法制委員、福岡県弁護士会副会長(2016年)、福岡県弁護士会元労働法制委員会委員長ほか。
事務所名:六本松総合法律事務所
事務所URL:http://roudou-fukuoka.com/