2018年07月01日 11:02 弁護士ドットコム
平日の昼間から、複数の大型犬を散歩し、子どものPTA活動にも熱心に参加する。加藤さん(仮名=40代男性)は、セレブ風な住民も多い東京都港区のその地域でも「謎の人」だった。
【関連記事:「500万円当選しました」との迷惑メールが届く――本当に支払わせることはできる?】
住民のJ子さん(30代)は、証言する。「子どもの幼稚園で知り合った加藤さんですが、どうしてもママが中心になりがちな保護者会活動で、熱心に園活動に取り組むパパということで、とても目立ち人望がありました。でも、平日日中にも専業主婦に混ざって活動されていたので、いったい何をされている方なんだろうとひそかに話題でした」
その謎をといてくれたのは、加藤さんとは幼馴染という別のパパだった。
「地域の土地をあちこちに所有する地主さんだと聞きました。ああ、それで、と納得しましたね。でも加藤さんの生活は高級犬以外は派手さとは無縁に見えます。本当のお金持ちは質素な暮らしをされるとは聞きますが・・・」
J子さんは、加藤さんが質素な暮らしをする理由は「特別な節税対策」ではないかと睨んでいるそうだ。実際のところ、地主さんは税金対策に四苦八苦しているものなのか。佐原三枝子税理士に聞いた。
ーー妬みだとわかってはいますが、加藤さんのような地主さんを見聞きすると「働かずにすんで、いいなあ」と思ってしまいます。
会社員の方やプレイングマネージャーである起業家からすると、地主さん(家主さん)が優雅に見えてしまうかもしれません。ですが、地主さんと、私たちの事業の質が異なるのでこれは当然です。
会社勤務の方にしても、私のような中小零細の事業者にしても、儲けを生み出す最大の資源は「時間」です。私たちは時間を切り売りして、お給料を稼いだり、売上を作ったりしています。一方で、地主さんは不動産にお金を投資して、不動産を働かせて稼いでいるので、自分自身が時間に追われることはありません。
これが、加藤さんが平日の昼間から保護者会活動に参加できる最大の理由です。
ーー加藤さんのような地主は日頃、何もしなくてもお金が入ってくるわけですよね。
ビルを所有しているなどと聞くと、「何もしなくても、すごい家賃が毎月入るんだろうな」と、羨ましくなりますよね。
外の人間からすると家賃の収入額に目を奪われがちですが、地主さんは、そこから固定資産税、不動産仲介業者や管理会社への手数料、火災保険などの損害保険を払います。
これだけにとどまりません。最大の資金負担は借入金返済です。先祖伝来の土地であっても、その上に建築する建物は借入金で賄われているのが実情です。土地建物の両方ともを借入金で取得していることもよくあります。
ーーどういうことですか?
入った家賃から費用を支払った残りが自由になるのではありません。そこから莫大な借入金の返済をしなければなりません。たくさんのビルを所有して羽振りが良さそうに見えても、実際は「資金繰りが厳しい」という地主さんもおられます。
しかも、物件の大規模修繕に備えて資金の蓄積も必要です。投資に値する物件が出れば即座に購入を決めるために、頭金程度は常に用意しておく必要もあります。
ーーだから加藤さんは、質素にされているのですね。
いえ、加藤さんのライフスタイルの地味さは節約もさることながら、地主さん特有の考え方から来ているものだと思いますよ。
事業の主役がまさに「土地・建物」である地主さん、家主さんにとって、自分自身が派手に立ち回ったり、会社の広告宣伝をするなどの必要はあまりありません。
自身が「企業の顔」となる社長さんたちと比べて地味な方が多いのも納得できるのではないでしょうか。地主さんや家主さんにとって、お金はすべて物件への投資に集中させることこそがミッションなのです。
ーーそうはいっても、納める税金は私たちともケタが違いそうです。
お金を大切にする地主さんたちですから、節税対策には熱心です。
先ほど、不動産経営特有の経費を書きましたが、物件の管理会社を設立して、家族で集金や契約などを行い、管理収入をお給料として家族で分散して得ている人は多いです。
お給料には給与所得控除がありますし、家族で分け合ってお給料を受け取れば、累進税率である所得税の場合、適用される税率が下がりますから、家賃を直接受取るより節税になります。
さらに進んで、物件そのものを法人で所有すれば、家賃は法人の売上となります。家賃をお給料として取り出すだけでなく、修繕費や退職時の退職金積立のため法人で生命保険に加入することもよく行われます。
ただ、これらは所得税や法人税の節税対策。地主さんが最も恐れるのは相続税です。
ーー相続税はやっぱり恐ろしいんですね。
法人所有の物件には直接相続税はかかりません。法人の株が相続財産となります。株は小分けができますし、業績の浮き沈みで上がったり下がったりしますから、株価が安い時を見計らって、少しずつ後継者に贈与しておくこともできますので、計画的に動けば相続税対策になります。
むしろ大変なのは個人所有の不動産です。
ーーどういうことでしょうか。お金持ちの苦労話を聞くと、少しワクワクします。
先祖伝来の未利用の土地をお持ちの方によく勧められるのが、借家を建てて土地の評価を下げるという対策です。相続税では、お金を生んでいない未利用の更地のほうが評価が高いのです。節税にもなってお金も生むので一石二鳥なのですが、借家といえども事業です。相続税対策ばかりに目を奪われて、人気のない借家を建ててしまうと、お金を失うばかりでなく、多額の建築費用を借入していると破産の恐怖すらあります。
物件に働いてもらうといっても、物件を購入・売却するための人脈や情報網、物件の良し悪しを判断するためのマーケティングや建築の知識、銀行との折衝、修繕の判断、悪質な入居者への対応、そしてここに書ききれないほど様々なスキームの節税対策、と地主さんに求められるノウハウは幅広いのです。一見ゆったりと見えるかもしれませんが、勉強熱心で、結構お忙しいのが実際の姿だと私は感じます。
【取材協力税理士】
佐原 三枝子(さはら・みえこ)税理士・M&Aシニアスペシャリスト
兵庫県宝塚市で開業中。工学部やメーカー研究所勤務から会計の世界へ転向した異色の経歴を持つ。「中小企業の成長を一貫してサポートする」ことを事務所理念とし、税務にとどまらず、経営改善支援、事業承継や海外事業展開の支援を手掛けている。
事務所名 : 佐原税理士事務所
事務所URL:http://www.office-sahara1.jp/
(弁護士ドットコムニュース)