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“90年代的作家性の強いアニメを目指した”「UNDER THE DOG Jumbled」から見るクラファンの可能性

2018年06月29日 19:23  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

(C)2014 Jiro Ishii (C)2014 Yusuke Kozaki (C)2015 Under the Dog,LLC (C)2018 KINEMA CITRUS/EXIT TUNES
クラウドファンディングでアニメ作品として当時史上最高額を集めて製作され話題となった『UNDER THE DOG Jumbled』が6月23日からいよいよ劇場公開となる。

本作は、2014年8月にアメリカのクラウドファンディングサイト、キックスターターで立ち上がり制作された『UNDER THE DOG Episode 0』と、実写作品『Overture to UNDER THE DOG』に、新規制作されたテーマソング『少女たちのメロディ』が三位一体となったもの。コミカルショートムービー「アンシアちゃん」も同時上映される。

既存のTVアニメでは実現しにくい複雑かつ重厚な設定と世界観で観る者を圧倒する本作はいかにして生まれたのか。
今回は生みの親とも言える原作者、イシイジロウ氏にインタビューを敢行。ゼネラルプロデューサーの森本浩二氏にも加わっていただき、『この世界の片隅に』や『リトルウィッチアカデミア』などでも利用され、アニメ作品の新たな資金源として注目を集めたクラウドファンディングの可能性と実態、本作の魅力について話をうかがった。
[取材・構成=杉本穂高]

UNDER THE DOG Jumbled

2018年6月23日(土)~7月6日(金)【2週間限定公開】
東京:新宿バルト9、大阪:梅田ブルク7、名古屋:109シネマズ名古屋
http://under-the-dog.com/jumbled/

【あらすじ】
国連管轄の特殊部隊「フラワーズ」に所属する冬月ハナ(大久保瑠美)は、ある日任務遂行のため、海沿いのとある高校に転入する。任務対象は同じクラスの七瀬俊一という少年。同じ頃、一人の中年男性が俊一を訪ねて高校にやってくるが、さらにその男性を米軍が追うようにして高校へ軍事行動を開始。さらにもう一人の少女が戦場と化した高校へと向かう……。
イシイジロウ氏
■90年代的作家性の強いアニメを目指した
――この作品は、元々はイシイさんが97年に26話の2クールのTVアニメとして構想したものだったそうですが、この構想はどのように生まれたのでしょうか。

イシイジロウ(以下イシイ)
最初は僕が作っていたゲームのスピンオフ企画みたいな形で考えていました。『Little Lovers』という美少女育成シミュレーションゲームのキャラたちをベースにしてハードボイルドSFを作ろうという発想でした。
ゲームの基本設定とは全く違うものとして作ろうとしていたんです。実際に制作スタジオさんともアニメ化の話が進んでいました。

――当時もアニメ化に向けて具体的な動きがあったんですね。その企画が実現しなかったのはなぜだったのでしょうか。

イシイ
当時は、ゲームをベースに、ゲームメーカーとアニメ会社が真剣に動いて成功した事例があまりまだなかった、ということだと思います。
今ならゲームメーカーがアニメ化を考えるのは当たり前の動きですが、当時はそういう発想はあまりなくて、アニメとしてパッケージが売れるかどうかで企画を考える時代だったんだと思います。

――当時の構想と今回実現したものとでは相違点はあるのですか。

イシイ
大きくは変わってないのですが、変更点はいくつかあって、初めは主人公のアンシアとハナが一人のキャラクターだったんです。当時は、少女がリアルな銃を構えて大人たちをバッタバッタと倒すだけで十分新しかったんです。『レオン』のマチルダみたいな女の子が銃を持ってギャングや軍と戦う……そんなリュック・ベッソン監督のようなイメージをアニメにしたかった。それに加えて、97年は『新世紀エヴァンゲリオン』の影響が強かったので、エヴァ+リュック・ベッソンというイメージでした。

ただそういったイメージのものは、それ以降たくさん作られて、97年には新しかったですが、2010年代には再構築する必要がありました。アメリカのOTACONで企画発表した時も「ああ、そういうのよくあるよね。Gun and Girlね」みたいな反応もあったほどです。
当時は刺激があったけど、どんどん量産されていって、じゃあ『UNDER THE DOG』で今なにができるか考えた時に、ハナとアンシアを分けたわけです。
アンシアは、草薙素子のような兵器としての説得力があるキャラですが、ハナは“アンチGun and Girl”メージで、普通の少女が銃を持たされている感じなんです。そこが97年版と2016年番の一番大きな違いですね。

――19年経ってそのジャンルがやり尽くされた結果、違いが現れてきたということですね。それとこの作品は、2020年の東京オリンピックがテロで中止になったという設定が導入されていますが、これも現代を意識しての変更点ですか。

イシイ
97年度版の頃から、元々この作品が持っている要素として、米国の影響力が異常に強い日本というのがありました。それと主人公たちの所属するフラワーズという組織も、そこに属しているキャラクターはみんな第二次世界大戦の敗戦国出身という設定だったんです。戦勝国が国連の下で、敗戦国でフラワーズ実験というのをやっていて、その影響を引き継いだ子どもたちなんですね。

日本では米国占領下の沖縄でその実験が行われていて、ソ連領だった東欧でもそれが行われていたという設定でした。それを日本が国連の名を借りて集めて、部隊を作っているという複雑な設定が97年版にはあったんです。
で、そういった米軍の影響が大きくなる状況が生まれるとしたらオリンピックのテロかなと。日本で9.11のようなことがもし起こったら、しかもそのテロが米国にも影響するようなものであれば、米軍が日本に介入してくるだろうと。


――政治的にかなり複雑な設定ですが、これをもしテレビでやるとなると、なかなか難しい面があったのではないかと思うのですが。

イシイ
当時はTVアニメもいろんなチャレンジングなことをしていましたが、今の環境だと難しいかもしれませんね。

――今回、クラウドファンディングで今のテレビでは難しい企画が成り立ったというのがすごく意義深いと思います。

イシイ
そうですね。『UNDER THE DOG』を今の深夜アニメで人気が出るパターンに改変するのではなく、海外の、特にアメリカのアニメファンが喜ぶ形のリアリティ改変だけで済んだというのはキックスターターの良い点だったと思います。

僕は今のテレビアニメも好きですけど、90年代のアメリカ人が熱狂していたい時の日本のアニメーションというものは、最近日本で人気がなかったり、尖りすぎていて放送できないとか、いろんな要素でメジャーではなくなっている。そういう作家性の強いものが作れたというのは大きな意味があると思いますね。

――バイオレンス描写などもかなり攻めてますよね。

イシイ
そうですね。その辺りの描写もできるだけ思いっきりやろうと。

――今回製作されたものはエピソード0となっています。

森本
元々、TVシリーズ26話で構想していたものを、どう1本にまとめるかというところからスタートしたんですけど、やはりそれはなかなか難しい。なので『UNDER THE DOG』が持っている構造をわかるものにして、続きを観たいと思ってもらえるようなものを作りましょうということになりました。

■本当は大変なクラウドファンディング
――集めたお金を実際に作品に落とし込む時に、通常の資金を使う時に比べて難しい面はありましたか。

イシイ
僕らが参加した時は、クラウドファンディング自体が初期の頃でしたから。ルール作りがまだ出来てない状態だったんです。僕自身も参加していて、税金の問題も含めてちゃんと計算できているのか不安な状況でした。

流通にいくらかかりますとか、手数料はいくらとか公表したんですが、バッカーさんたち(キックスターターの支援者)にしてみれば「出したお金全部フィルムにしてくれるんでしょ?」とイメージしますよね。
でも他にもいろいろな経費がかかるわけです。配送費やパッケージ制作費とか。そういうのを全て後追いで説明していかなくてはならなかった。発送先も日本だけではないわけで。

森本
配送料が意外とかなりかかるんですよね……。

イシイ
そう、送料も例えば「ブラジルに送る場合はいくらかかる」とか、そういう細かいルール決めを後追いで大急ぎで整備していきました。そこが一番のポイントでしたね
先払いでお金をもらって、全世界にパッケージを発送することは、正直どこのビデオメーカーもやったことないことだと思うんですよね。それを個人ベースの企画でやれてしまうというもがキックスターターの凄さというか恐ろしさというか。

森本
そのへんのルールをしっかり作れる人がプロジェクトにいないと成立しないですよね。そうじゃないと後追いでそういう雑事にばかり手間暇かかってしまって作品作りに集中できなくなりますから。製作委員会の良い点は、そういう雑事は全部メーカーがやってくれるということです。

イシイ
ユーザーとクリエイターが直接繋がってモノを作るって理想的な言葉ですけど、ふたを開けてみるとメーカーがやっていたことの偉大さを突きつけられたというか(笑)。

森本
大企業に務めてた人が独立した後に、「ああ、総務部って素晴らしいな」と感じるのと一緒ですよね(笑)。


――実際、普通のお客さんの立場からすると、お金を払うとすぐに商品が手に入る感覚がありますが、クラウドファンディングはお金払ってから製作がスタートするから手に入るのは何年も先になります。このあたりでバッカーさんとの意識がズレるようなことはありませんでしたか。

イシイ
これもまた難しくて、本来クラウドファンディングって、ユーザーとコミュニケーションしながらモノを作っていくものだと思うんですよね。クリエイターが一方的に押し付けるのではなく、「どんなものがいいと思いますか?」と聞きながら意見を取り入れて作っていく。

でも今回は、みんな90年代的な作家主義のアニメが欲しいんです。作家主義をみんなでこねても欲しいものは手に入らないので、「僕たちはこういうのを作ります、だから待っててくださいね」と言うしかない。
そのことをちゃんと共有していくのが特殊でした。他のプロジェクトを見ていると、みんなで相談しながら作っているものもありますから。


■クラウドファンディングで作家性の高い作品を作れるか
――そうした作家性のあるものを作るとなったときに、既存の製作委員会システムなどと比較して、クラウドファンディングを使う利点はありますか。

イシイ
製作委員会にも2種類あって、作家性の高い製作委員会作品もあります。作家ありきの製作委員会なら作家性は発揮できるんですが、最近はそういうタイプの作品が市場で勝てなくなってきてる気がするんですよね。
今のTVアニメの市場はそれほど強い作家性を求めずにどちらかと言うと、ユーザーが求めることに対してチューニングしていく方がヒットしやすいんだと思います。
そういう意味では製作委員会がどうこうというより、テレビ作品ではないということで、『UNDER THE DOG』が一度出たことによって、作家性の高いモノをクラウドファンディングでもできるんだという道ができればいいなと思いますね。


――イシイさんは別のインタビューでも既存のアニメ製作はB to Bで、クラウドファンディングは本当の意味でB to Cを実現できるかもしれないという期待を語っていらっしゃいました。実際そのB to Cで作ってみて、既存のやり方とは違った感覚で作れたという実感はありますか。

イシイ
そうですね。みんなで好きなものを突っ込んでいけるという感覚はありましたね。もちろん最終的な判断は監督にしてもらうんですけど、誰かの顔色を伺う必要はなかったので。
フィルムとしての作家性はすごく出ていて、B to Cの作品として、直接ユーザーさんにぶつけるという発想の作品にはなっていると思うんですよね。

ただ、今回やってみて生まれたものがもう一つあって、自分もクリエイターとして、アニメの原作をどう生み出すかというのはずっと考えているんですが、一つのヒントになるかもしれないと思いました。
近年、僕は舞台の原作を手がけていて、それをコミカライズやアニメ化できないか考えていたり、ボードゲームなどジャンル隔てなくいろんなものに挑戦していますが、それは新しい原作のマーケティングの仕方を探っているんです。

原作がどういうユーザーに届いたかという実績がないと、製作委員会に持ち込んでも原作者は結局アイデア屋でしかないんですね。そこで「これだけお客さんいますよ」と言えれば反応も違ってくるので。
原作をクラウドファンディングで直接ユーザーにぶつけてみて、その答えを持って製作委員会などにぶつけていく。そういうクリエイター主導の原作の作り方のヒントになるかなと。

――ファンがついているというエビデンスになるということですよね。

森本
そうです。これだけの人がお金を出してくれてこれだけ満足していますと説得できる。

――非常にセンセーショナルな設定だし、クラウドファンディングの最高額ということで当時はかなり話題になりましたが、内容面でも十分話題になるポテンシャルはあると思うんですよね。

イシイ
僕自身は『UNDER THE DOG』についてはもっと話題になってほしいと思っています。今まではクローズドなところでの流通だったので、今回の劇場版で色々な反応が出てきてほしいですね。
相当に尖った設定のフィルムになっているという自負はあって、それに対しての議論はたくさん出てきてほしい。

――では最後に、本作をこれから劇場で観るファンに向けひと言お願いします。

イシイ
製作時や完成した時は「ちゃんとお客さんに届けなくては!」という気持ちでいっぱいでしたが、いま客観的に作品を見てみると、やはりすごく尖ったフィルムになっていると思います。
テレビではできない、クラウドファンディングならではの作品になっていますので、ぜひともご覧ください。