フランスGPのレース後、レース審議委員会から帰ってきたエステバン・オコンは、エンジニアリングルームに消えた。数分後に出てくると、モーターホームにある自分の荷物を持って、すぐにサーキットを後にした。
「事故については、もう何も言いたくない。すでに終わったことだから……」
その複雑な表情から、この日のレースで起きたアクシデントがいかに精神的に深刻なものだったのかが想像できる。なぜなら、オコンが3コーナーでクラッシュしたピエール・ガスリーとは、ともにフランスのノルマンディ出身で、家族ぐるみで付き合う間柄だったからだ。
同じ1996年生まれの2人。急速に接近するようになったのは、ゴーカートがきっかけだった。オコンがゴーカートしているカート場を訪れたガスリー。当時はサッカー少年だったガスリーにオコンの父親はこう言った。
「エステバンのゴーカートに乗ってみないか?」
サッカー少年が、カート少年に変わった瞬間だった。
こうしてお互いレースの世界に足を踏み入れていくのだが、四輪に入ってからは、不思議なことに同じカテゴリーで全面的に対決することはほとんどなかった。
その後、オコンはメルセデスの育成ドライバーとなってGP3チャンピオンとなった後、マノーからF1デビュー。一方、ガスリーはレッドブルのジュニアチームに入ってGP2(現在のFIA F2)を制した後、日本のスーパーフォーミュラを経験した後にトロロッソからF1デビューした。
2月生まれのガスリーのほうが9月生まれのオコンよりも少しだけお兄さんだが、レースに関してはオコンのほうが1年以上も先輩で、ガスリーは常にオコンの後を追うようにステップアップしてきた。
昨年のマレーシアGPでダニール・クビアトの代役としてガスリーがF1にデビューするときも、オコンは「シーズン途中でのF1デビューは決して簡単なことじゃない。でも、マレーシアはシンガポールほど、最悪な場所じゃない。精一杯、頑張ってほしい」と弟を見守るお兄さんのようにガスリーを見つめていた。
しかし、今シーズンに入ると2人の立場は逆転。2戦目にガスリーが4位に入賞してから、ドライバーズ選手権で先行するのはずっとガスリーだった。
フランスGP決勝レース。スタート直後にロマン・グロージャンと接触していたオコンは少しポジションを落としてしまう。2コーナーを立ち上がって、そのオコンの背後に迫っていたのが、かつての親友ガスリーだった。
「エステバンはマシンになんらかのダメージがあったらしく、火花が散っていた。エステバンは僕を見ていたと思った」と言うガスリーは、オコンを信じて3コーナーでオコンのインに飛び込む。
しかし、次の瞬間、オコンはドアを閉め、行き場を失ったガスリーとクラッシュする。
F1の世界には、友情は存在しない。時に兄弟でもポジションを激しく争う。それがモータースポーツであり、F1だ。
クラッシュしたことは残念な出来事だが、ポジションを守ろうとしたオコンの行為自体はレーシングドライバーとして当然のこと。恥じることはない。堂々とオーストリアGPを迎えてほしい。