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『半分、青い。』視聴者の共感は鈴愛を支える影の存在にあり 北川悦吏子が描く“天真爛漫女子”の毒

2018年06月28日 06:02  リアルサウンド

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 うっかり者で天真爛漫、明るく前向き、“大胆なひらめき”や“ユニークな感性”を持つ……NHKの連続テレビ小説『半分、青い。』のヒロイン・楡野鈴愛(永野芽郁)。実に朝ドラヒロインらしい、「物語の真ん中に常に立つヒロイン」である。だが、その天真爛漫さは、非常に魅力的である一方で、「ちょっと(もしかしたら、だいぶ?)苦手」と感じる視聴者もいるだろう。


 漫画家・秋風羽織(豊川悦司)の病気を何とかしたいと思った鈴愛が、実家や友人の親などに話した件は、ネット上でも賛否両論となった。そのエピソードを別としても、本作の鈴愛の場合、放つ光があまりに強すぎることで、周囲が自然と“影”になり、「支える人」「見守る人」「脇役」の人生を歩まざるを得なくなっているように見えることがある。


 例えば、鈴愛と同じ日に同じ病院で生まれた幼なじみ・萩尾律(佐藤健)が、幼い頃の「合同誕生会」の思い出を語るシーンがあった。そこでは、大きなバースデーケーキの上に立てられた青と赤のろうそくを、鈴愛(矢崎由紗)が全部ひとりで吹き消してしまう回想シーンが登場。「青いのは僕のや~!」と叫ぶ律(高村佳偉人)の声が寂しく響いた。


【写真】『半分、青い。』鈴愛の影となる名キャラクターたち


 しかし、天真爛漫ヒロインには当然、悪気なんてない。だからこそ、おそらく鈴愛のほうでは、そんな記憶はないだろう。そして、「合同誕生会がいつからなくなったのかと、その理由」に気づいてもいないだろう。


 律とともに、光の“影”となる被害者は、弟・草太(上村海成)だ。なんでも思ったことを言い、すぐ行動に移す姉は、いつでも一家の真ん中にいる。鈴愛が左耳を失聴したこともあり、一家で見守る構図となっている。その分、弟は手がかからず、空気を読むのに長けた、冷静なタイプにならざるを得ない。


 おまけに、実家が営む店の経営状態を心配し、自分が継ぐことも考えているらしい弟の気も知らず、「(漫画が)あかんかったら、ここ継ごうかな」と無神経に言ってのける鈴愛。そんな姉の無神経さに苛立ちを感じても、自分の思いを口に出すことに慣れていない草太ができる精一杯の“表現”は、黙って自室に立ち去ることくらいだった。


 しかも、ビール片手に追ってきた姉は店の経営状態を聞いて「そんなことになっとったん?」と急に不安げな顔をするが、「姉ちゃんはお気楽やな。家のことはみんな俺に任せて」いつも冷静で客観的な草太が、珍しく嫌味を言うと、すかさずスマッシュのような強打がくる。「はぁ? 何言っとるの? 私は草太の進学のために、家のお金、みんな残した!」(鈴愛)「よう言うわ。勝手に、漫画家なるって、東京出といて」(草太)。そこで初めて「あんたもどっか行きたかった?」と相手の気持ちを推し量る鈴愛。ここまでストレートに言わないと天真爛漫ヒロインには通じないのだ。


 また、幼なじみの菜生(奈緒)も、鈴愛を見守り、支え、励ます存在だが、1回の電話の中で「鈴愛~」「鈴愛ちゃん」「鈴ちゃん」とコロコロ呼び名が変わるところに違和感を覚えた視聴者もいたのではないか。もちろん鈴愛に対する愛情も親しみもある。しかし、安定しない呼び方には、対等ではない2人の関係性が見え隠れしている気がする。距離を縮めようと、互いの呼び方を決めても、畏怖や畏敬があってか、どうも対等な場所から呼びかけることができない。


 いつも鈴愛に対して保護者的アプローチで見守りつつも、無意識のうちに自ら“影”に回ってしまう。そこにはおそらく嫉妬もある。その微妙な気持ちが語られるのは、鈴愛が上京するときだ。菜生は言う。「何かが邪魔して今まで言えんかったけど、秋風羽織に認められるなんて、すごい。頑張ってな。応援しとる」。


 秋風塾生の同僚・ユーコ(清野菜名)の場合は最初、家族に愛され、人間関係に恵まれて育った甘え上手の鈴愛に対し、珍しくストレートな嫉妬心や嫌悪感を見せる。家族仲の良くないユーコが、電話で母親と敬語で話しているのを耳にした鈴愛は「まさか継母とか?」と悪気なく聞いてしまうほどの無神経さを思えば、無理もない。


 「いつだって誰かが自分を助けてくれると思ってる」「ちょっと可愛いから、恵まれて育ってきたんだね?」とユーコに皮肉を言われ、「恵まれていない」「左耳が聴こえないし、それでいじめられた」と鈴愛は反論するが、「だから余計、甘やかされたんじゃない?」と指摘され、大喧嘩となる。しかし、そんなユーコもまた、正反対だからこそ、鈴愛に心を開き、親友となる。


 ところで、「素直で天真爛漫」「思ったことをそのまま口にする」「無意識にちゃっかりしていて、自分勝手」「パーソナルスペースが狭い・距離の近い」タイプは、子どもの頃は人気者であるパターンが多い気がする。それでも、普通は成長するにつれて、「自分の話ばかりしてはいけない」と気づいたり、自分と違う物差しがあることを知ったり、本音と建前ができ、パーソナルスペースが広くなっていくものだ。


 しかし、鈴愛は大人になっても自分の気持ちに素直で、天真爛漫で、裏表がなくて、自分の話ばかりして、自分勝手である。この手のタイプは、ちょっと離れた場所から見ると面倒くさいが、一度親しくなり、“身内”側になってしまうと、自分にはない発想にいつも驚かされ(ときに呆れつつも)、一緒にいて楽しくて、気が楽……ということがある。律も、菜生も、弟・草太も、ユーコも、傍から見ると、天真爛漫で自分勝手な“光”に巻き込まれる犠牲者のようにうつるが、そこに安らぎを感じているのだろう。だからこそ、久しぶりに再会した鈴愛に、一方的に「大金出して買った高級ブランドの服を弟に洗濯され、パーティに行けなかったこと」を聞かされているのに、律は涙を流す。


 自分の気持ちを表に出すことが得意じゃない客観的で冷静なタイプにとって「自分勝手で天真爛漫な明るさ」は毒でもあり、心地よくもある。そして、多くの視聴者側が共感するのは、天真爛漫ヒロインではなく、その影になり、支えている人たちのほうではないだろうか。


(田幸和歌子)