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HYUKOHのサウンドが生まれたポップミュージックの豊饒な地平 『24』が映す韓国音楽シーンの今

2018年06月27日 13:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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■めまぐるしく動く、韓国音楽シーンの現状


 ぼくは去年、リアルサウンドでHYUKOH『23』について記事を書いたわけだが(関連:HYUKOHが定義する、新世代のロック・ミュージック “メロウネス”とリンクした音楽性を紐解く)、その後の韓国におけるカルチャーシーンは大賑わいだった。リアルサウンドには映画部があるので映画の話をすると、光州事件時の実話を映画化した『タクシー運転手 約束は海を越えて』や、韓国初のゾンビ映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』が日本でヒットしたり、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の新作『ブラック・パンサー』に釜山で撮影されたシーンがあったりと、何かと話題に事欠かなかった。


(関連:HYUKOHが定義する、新世代のロック・ミュージック “メロウネス”とリンクした音楽性を紐解く


 もちろんポップミュージックも盛り上がっている。ぼくも前回書いた記事で色々触れたが、最近リアルサウンドでimdkmさんが「韓国インディロックに新展開? Silica GEL、Say Sue Meら変わりゆくシーン牽引するバンド4組」という記事を書いており、それを読めば現在の韓国インディーにおけるバリエーションを知ることができる。


 ぼくなりの解釈をすると、韓国インディーシーンに顕著だったポスト渋谷系~ポスト・チルウェーブ(これについては前回の記事で少し触れてるのでそれと合わせて読んでほしい)と、imdkmさんの原稿にもあるように「ファンクやディスコ、R&Bのフィーリングを消化したものーーつまり、いわゆる『ブラックミュージック』の影響が色濃いもの」が同時並行的に存在し、そこからバリエーション豊かになった現在へ、という大まかな図式になるだろうか。


 他にもまだまだ注目すべき動きがある。こちらもimdkmさんの記事だが、「Yaeji、Peggy Gouらアジア系女性プロデューサーになぜ脚光? “異文化間のギャップ”越える存在に」にあるように、彼女らのワールドワイドな活躍は要注目だし、〈88risings〉所属のキース・エイプをはじめとしたコリアン・ヒップホップ勢はクオリティの高い楽曲を作り続けていることも忘れてはならない。「ビルボード200」のチャートで韓国人アーティストではじめて初登場1位を獲得したBTS(防弾少年団)の新作『Love Yourself』のクオリティには驚かされたものだ。また、「K-HIPHOPに新たな動き lute × Hi-Lite Records、業務提携の狙いは?」といったニュースもあり、状況はめまぐるしく動いている。


■HYUKOHを生で観る迫力は並大抵のものではなかった


 そんな韓国のポップカルチャーの現在を念頭に置きながら、HYUKOHの新作『24: How to find true love and happiness』(以下『24』)について書くわけだが、ぼくは去年、彼らの仙台公演を観る機会に恵まれたので、それについて少し触れておきたい。


 HYUKOH仙台公演は、結論からいえば期待をはるかに上回るライブだった。彼らのロックバンドとしての偏差値/完成度の高さはYouTubeで観たライブや作品を聴けば十分わかることだったにも関わらず、生で観る迫力は並大抵のものじゃなかった。


 シングルノートとカッティングを緻密に練り合わせてグルーヴを作り出してゆくかと思えば、カポタストをはめてトラディショナルなフレイバ―を楽曲に漂わせるなど、バラエティ豊かでありつつ、しっかりとツボを押さえた凄まじいセンスのギターワークや、ドラムのリズムキープの合間に絶妙に差し挟まれるフィルイン、静かなダイナミズムをたたえながらバンドを支えるベースが混然一体となって織りなす唯一無二のバンドサウンドに終始圧倒されていた。もうリズムのシンコペーションひとつとっても、ほんとに気持ち良い。エイトビートも無限に聴いていられそうなくらいの旨みが詰まっていた。全体的に、派手なことをやっているわけではないが、ひとつひとつのプレイが洗練されているところがすごい。中でも際立っていたのは、オ・ヒョク(Vo/Gt)のカリスマ性とそのボーカル。ステージ上での立ち居振る舞いはけっこうユーモラスでキュートなところがありつつ、歌っている時はすごくセクシー。ボーカリストとしての能力値は言うまでもなくずば抜けて高い。ファルセットは艶やかだし、エモーションをコントロールしながら歌い上げるバラードは魅力的、そしてなによりシャウトが最高にキマッている。ボビー・ウーマックみたいなやつだ。それはさすがにちょっと言い過ぎか。でも、それくらいカッコよかった。


 そんな感じで、ぼくは終始ライブを楽しんだ。そこで確信したのは、彼らを「韓国のロックバンド」という色眼鏡が付いた状態で聴くことは、単に間違っているということだ。これを読んでいる方はそんなことないよと思うかもしれないが、HYUKOHの日本での知名度はまだまだこれからだ。あと、少なくとも日本には、オーセンティックなロックやソウルミュージックにモダンな味付けを施して、あれだけハイレベルなバンドサウンドを奏でる20代のロックバンドなんてほとんど存在しないだろうなとも思った。


■『24』から感じる、ロックバンドとしての地力の向上


 さて、『24: How to find true love and happiness』の話をしよう。OPNが言っているように、昨今はミニアルバムがブームだ。ブームというか、カニエ・ウェスト周辺が7曲入りアルバムをバンバンリリースしていたり、ソフィーの傑作デビュー作が9曲入りだったりで、ずば抜けたクオリティの作品が連チャンでリリースされているからそう思えるだけなのだが、HYUKOHの新作も6曲21分なので、それらと一緒に括って聴くのも一興かもしれない。


 新作は、彼らのビートルズ・フォロワーとしての要素が前面に出ていることが「Graduation」「하늘나라 SkyWorld」「LOVE YA!」という前半3曲を聴けばわかり、それも大きなポイントではあるが、やはりここで注目したいのはHYUKOHの、ロックバンドとしての地力の向上だ。


 「Graduation」からはビートルズ・フォロワーたちのメソッドに倣うようなメロディ~サイケデリックな要素だけではなく、ドラムブレイクを挟んで変貌するサウンドなど、強烈なキレを見せる圧巻のアレンジメントを見せているし、『23』でもとりわけ評価が高かったナンバー「TOMBOY」と人気を二分することが予想されるバラードナンバー「LOVE YA!」は彼らの代表曲となってゆくことだろう。


 乾いたスネアとソリッドなギターが並列して疾走する「Citizen Kane」(もちろんこのタイトルの元ネタはオーソン・ウェルズ『市民ケーン』だろう)は、サビのU2~Coldplay的(?)なコーラスが非常にキャッチーで、ライブでは大合唱間違いなしだ。HYUKOHはこのタイプのコーラスを好んでいる印象がある。オーセンティックなカラーも強いHYUKOHだが、楽曲の随所にみられるメジャー感が実に興味深い。


 「Gang Gang Schiele」はアコギと最小限のドラムビートが基本骨格になっていて、そこにオリエンタルなギターで彩りを加えるささやかな楽曲だが、すっきりとまとめ上げられていてこれがまた良い。まるでサイモン&ガーファンクルだ。また、この曲には、


〈ハロー ぼくの古い友人達 心の底から ごめんなさい 彼等の哀しみに対して ぼくの哀しみと共に〉


〈親愛なるぼくの古い友人達 信じて祈る者が太陽を昇らせることができるだろう それは大陸の端から端までを包み込み 南から北までに降り注ぐだろう〉


 といったラインがあり、現在の朝鮮半島を巡る情勢について考えざるをえない。


 ラストを飾る「Goodbye Seoul」は霧の向こう側から響くような鍵盤からはじまり、ヒップホップ・ビートを彷彿とさせるボトムが重めなドラムが響く。ヴァースが変わるごとに、アレンジメントが別物になっていくこの曲は、作曲という点に限っていえば、彼らの最高傑作になっている。『24』は、ベルリンで約3カ月に渡りレコーディングをしたということから察するに、音響的な配慮という部分でも『23』のネクストステージに向かっていると言え、全体的に立体的なサウンドが楽しめる作品になっているのだが、「Goodbye Seoul」には、彼らのこれまでの積み重ねが一気に凝縮されているようにも思える。


 HYUKOHを聴いていると、韓国のポップミュージック=KPOPという認識は、完全に古いものになっていると痛感する。もちろん、ぼくのこの発言は「いまさら感」たっぷりではあるのだが、誰もがそれを「いまさら」と思っているとはどうしても思えないから、このことはやはりまだまだしつこく言っていくべきだろう。彼らのバンドサウンドは、ポップミュージックの豊饒な地平が築き上げられつつある国から産まれてきた音楽なのだ。朝鮮半島が変革の時を迎えつつある今、ぼくたちはもっと隣の国で鳴り響く音楽について知るべきだと改めて感じるし、前述したluteとHi-Lite Recordsの業務提携の話題でも顕著なように、日本と韓国の新たなコラボレーションを模索していくべき時が来ているのだろう。(八木皓平)