スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第11回は、第6戦イタリアGPでドゥカティ移籍後初優勝を挙げ、第7戦カタルーニャGPも勝利し2連勝を挙げたホルヘ・ロレンソについて。ロレンソ復活の要因は、“グリップしなくてもスライドさせられる走り”と“タンク形状の変更”にあるという。
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ホルヘ・ロレンソが2連勝を挙げた。1周目からめちゃくちゃ速いペースでリードを築き、恐ろしいほどコンスタントなペースでライバルを突き放して独走優勝する……。ヤマハ時代に何度も見せた必勝パターンを、ドゥカティでも連発している。この躍進には、ふたつの要因がある。ひとつは“グリップしなくてもスライドさせられる走り”。もうひとつは“タンク形状の変更”だ。このふたつ、実は密接につながっている。
レースでは、タイヤウォーマーという高性能電気毛布を使ってタイヤを温めるが、スタート直後はどうしてもタイヤに熱が入りきっておらず、グリップレベルは低い。その状況でいきなりダッシュを決めるから、ライバルたちも為す術なく引き離されてしまう。この走りが可能なのはロレンソが天性のバランス感覚を持っているから、だと思っていたが、どうやら違ったらしい……。
子供の頃のロレンソの動画を観ると、“パパロレンソ”手作りのコースでキッズバイクを走らせているのだが、その路面が舗装路に砂が浮きまくっているような悪コンディション! そんなコーナーに“子供ロレンソ”が結構なハイスピードで進入し、前後タイヤを滑らせながらコーナリングしているのだ。これは猛烈に難しいこと! 子供のうちからそんな練習を繰り返してきたからこその、今のスタートダッシュなのだ。
「ちょっと待て、マルク・マルケスを始めとする他のライダーだって、滑りやすいダートで練習してるじゃないか!」というご意見もあるだろう。だがダートはダートで実はそれなりにグリップしている。そしてグリップしているからこそ、接地感を感じながら的確にスライドコントロールできる。ところが舗装路+砂浮きはほとんどグリップが期待できない。もちろん接地感もない。そんな最悪コンディションでスライドをコントロールするのは、信じられないほど難しいのだ。
ここで言及しておきたいのは、ロレンソはなぜかコーナーへの進入でリヤを流すという意味での“スライド”が苦手だということだ。今のMotoGPは進入でハデにカウンターステアをあてるぐらいリヤを流す走りが目立つが、ロレンソの進入は地味。彼の“スライド”は、コーナーに入ってから始まる。決してハードブレーカーではないロレンソはコーナリングスピードが極めて高く、旋回中に(微妙に)前後タイヤを滑らせ、何かをしながら繊細にコントロールしている。にわかには想像できないし、何をしているのかハッキリ言ってよく分からないが、ロレンソはそういう走りが得意だ。
恐らく子供の頃からロレンソは「進入は苦手・旋回は得意」だったのだろう。我が子の長所を“パパロレンソ”が見抜き、得意を伸ばすような練習を繰り返させたのだと思う。“子供ロレンソ”ももちろん努力して、走りを高めた。いろいろなライディングスタイルが流行り、廃れていくなか、自分のスタイルを貫き通すロレンソの生き様は、教育と努力の賜物だったのだ。
■ライダーに安心感を与えるタンク形状とは
さて、ドゥカティでは得意の走りがなかなかできずに2017年シーズンは苦しみに苦しんでいたロレンソだが、ここへきて2連勝するまで前進したのは、マシンのセッティングがうまくいったことに加えて“タンク形状の変更”が功を奏したからだ。「えええぇ~、最新電子制御のカタマリとも言われているMotoGPマシンが、そんなアナログなことで良くなったり悪くなったりするの~!?」と驚かれるかもしれない。でもタンク、ものすごく大事です!
レーシングライダーは常にバイクとの触れ合いを求めている。できるだけたくさんの接点でバイクを安定させて、安心したい生き物なのだ(安心できるからこそ攻めることもできる)。タンク形状は、主にコーナリング中に外足(コーナー外側の足)の内ももでマシンを押さえつけるために非常に重要だ。よく見ると多くのライダーがパッドを当てているが、これは好みの形状&内ももグリップ力を得るためのものだ。余談だが、マルケスが使っている表面凸形状のタンクパッドは「ニーグリップパッド」という名でホンダ・レーシング(HRC)から普通に売られている。誰でも購入できますよ。合うかどうかはアナタ次第ですが……。
グリップレベルが低く、接地感もなく、要するに通常なら不安でしょうがない状況でガンガン攻めていくロレンソのライディングスタイルは、マシンとの接点が特に重要になる。せめて接点で安心感を得なければ、あんな走りはとうていできない。だからタンク形状にもこだわり、今シーズンになってようやく好みの形状が得られると、たちまち好成績を収めるようになったというワケだ。
ただし、非常にシビアなライディングスタイルであることには変わりない。条件が揃わなければいい成績が得られないという人間臭いムラが、ロレンソの魅力であり、弱点でもある。次のアッセンTTは彼にとっての鬼門。ここで調子を崩さなければ、チャンピオンシップでも上位進出が望めそうだ。
そして来季、ロレンソはレプソル・ホンダへの移籍を発表! 移籍話が早すぎて、今、目の前のシーズンに集中できません……。それはさておき、コースによる好不調がハッキリしているドゥカティに慣れるのには1年半ほども要したロレンソだが、ホンダならそこまで苦労はしないだろう。一部では、ホンダRC213Vは“マルケススペシャル”なんて言われているが、さまざまなコースで高いパフォーマンスを発揮する日本車らしいフレキシブルさもしっかり備えている。さて、我々がレプソルカラーをまとうロレンソの姿に慣れるのが先か、ロレンソがRC213Vに慣れるのが先か……。
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■青木宣篤
1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。