2018年06月19日 09:42 弁護士ドットコム
1966年に静岡市(旧静岡県清水市)の一家4人が殺害された通称「袴田事件」で、死刑が確定した袴田巌さん(82)について、東京高裁(大島隆明裁判長)は6月11日、再審を認めない決定を出した。袴田さん側は最高裁に異議申し立て(特別抗告)を行い、再審開始を目指す。今回の高裁の決定に対し、多くの人たちから批判が巻き起こっている。
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袴田さんは2014年3月の静岡地裁決定時に釈放されているが、今回、東京高裁は袴田さんの釈放や死刑の執行停止については取り消さなかった。決定の骨子によると、その理由として、「袴田の現在の年齢や生活状況、健康状態に照らすと、再審請求棄却決定が確定する前に同執行停止の裁判を取り消すのが相当であるとまではいい難いから、本決定に伴い職権を発動して直ちに同執行停止の裁判を取り消すことはしない」としている。
この「矛盾」したようにみえる裁判所の対応にも、「理解できない」「司法のメンツは守りたいが世論を敵に回す度胸はないのでは」という声が上がっている。今回の決定にはどのような背景があるのだろうか。刑事事件に詳しい小笠原基也弁護士に聞いた。
そもそも、再審開始の決定をしていないのに刑の執行停止はできる?
「刑事訴訟法では、再審請求には、刑の執行停止の効力がないとされており(442条)、448条2項で『再審開始の決定をしたときは、決定で刑の執行を停止することができる』とあるので、この反対解釈をすれば、再審開始の決定をせずに、棄却をした場合は、刑の執行停止はできないかのように読めます。
しかし、442条2項は、再審請求をしたからといって、当然には執行停止にはならないことだけを定めているのであって、裁判所が『職権で』執行停止を行うことはできるという解釈は十分成り立ちうると思います。
国民の権利・自由を制限することは、法律に基づかなければできないのは当然ですが、国民の権利・自由を守る方向であれば、職権でできるとすることは、憲法にも合致します。
現に法律が認める場合以外でも、『裁判所の職権』ということで、権利・自由の回復を認める例は他にもあります(医療観察法の鑑定入院命令の職権取消し(最高裁平成21年8月7日決定)など)。
もし、この解釈に立って、死刑の職権による執行停止が許されるとすれば、死刑に付随する刑事施設への拘置(刑法11条2項)も、同様に行わないこともできることになるでしょう」
では、再審請求棄却と死刑の執行停止維持は矛盾しない?
「自ら再審請求を棄却しながら、死刑の執行停止を維持することは、不自然な感じがします。その理由としては、裁判所が述べるような袴田さんの生活状況や健康状況のほか、世論への配慮、自身の判断に自信がないので、最高裁に下駄を預けた(責任を転嫁した)などの論評がありますが、私は個人的には現政権への不信というのもあるのではないかと思います。
これまでは、再審請求中の死刑執行を法務大臣が差し控えるという慣行がありましたが、2017年に立て続けに再審請求中でもあるにもかかわらず死刑が執行されました。
死刑廃止は今や世界的潮流であり、死刑存置国である日本に対しては国際的非難も強い中で、一度再審請求が認められた者を、万が一でも再審請求中に死刑執行されるようなことがあれば、とんでもないという感覚があったのではないでしょうか(多少の買いかぶりがあるかもしれません)。
報道によれば、今回の決定は、新証拠である鑑定の信用性に重きをおいて判断されたとしていますが、再審においても『疑わしきは被告人の利益に』から、新証拠と旧証拠を総合的に見て、合理的な疑いが残るかどうかを判断しなければなりません。
静岡地裁が認定した捜査機関による証拠のねつ造を軽視して、鑑定のあらを探すような決定では、『司法に対する信頼』がさらに揺らぎかねないものと考えます。
また、これを機に、諸外国で見られるような、無罪判決や再審開始決定に対する検察官上訴を許さないような法改正や、死刑制度の是非についても、議論が高まればと思います」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
小笠原 基也(おがさわら・もとや)弁護士
岩手弁護士会・刑事弁護委員会 委員、日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員
事務所名:もりおか法律事務所