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榮倉奈々を堪能できる至極の1本! 『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』の愛おしさ

2018年06月15日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 「妻が毎日死んだふりをしている」「手の込んだ死んだふりをしており、妻の意図が分からない」という夫からの「Yahoo!知恵袋」への投稿が話題を呼び、ついに映画化を果たした『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』。


参考:前シーズンのヒロイン榮倉奈々との違いとは? 木村文乃、『99.9』ヒロイン抜擢の背景を探る


 手の込んだ死んだふりで、夫・じゅん(安田顕)の頭を悩ませる妻・ちえを演じるのが榮倉奈々だ。榮倉はティーン誌モデルとして活躍後、2004年にTVドラマ『ジイジ~孫といた夏~』(NHK総合)で女優デビュー。その後は映画『余命1ヶ月の花嫁』、『図書館戦争』『娚の一生』やTVドラマ『Nのために』(TBS系)、『東京タラレバ娘』(日本テレビ系)に出演している。スラリとしたプロポーションが魅力的な彼女だが、無邪気な笑顔も榮倉らしさを象徴する魅力である。本作では、その笑顔と純粋な瞳が印象的だ。


 夫・じゅんはバツイチで、ちえとの結婚生活が3年目を迎えようとしている中、「今後も夫婦生活を続けられるかどうか」という不安を抱えている。そんな矢先、ちえは死んだふりをしてじゅんの帰りを待つという奇行に走る。「ちえが結婚生活について何かメッセージを伝えようとしているのではないか」と頭を抱えるじゅんだが、当の本人はクスクス笑うばかりでなかなか本心が掴めない。


 本当に死んだと思い込み焦るじゅんに、「ワッ!」と起き上がりクスクス笑う榮倉の笑顔は愛らしい。「驚きましたか?」と彼をじっと見つめるちえの目は子供のようだ。突然始まった死んだふりに困惑するじゅんの心内を知ってか知らずか、ちえはその後も無邪気に死んだふりを続ける。一見すると「なにがしたいのか全くわからない」と言ってしまいそうになる奇怪な行動だが、榮倉が無邪気な笑顔で演じるおかげで、ちえというお茶目な女性が仕掛ける愛らしいいたずらとして、私たちはそれを鑑賞することができる。


 ちえの手の込んだ死んだふりは、なんと15パターンにも及ぶ。シンプルな吐血(血液はケチャップ)もあれば、ワニに食べられたり、ドラキュラに扮してみたり。宇宙人にさらわれたような死んだふりでは、美しいプロポーションに銀色の全身タイツという怪しい見た目が死んだふりの奇妙さを際立たせる。


 榮倉はちえの謎の行動を淡々と演じるが、討ち死にした武士に扮したときは、じゅん役の安田顕のオーバーリアクションに思わずにやける姿が見てとれる。にやける姿がちえとしての演技なのか榮倉の素の姿なのかは定かではない。ちえの行動は少々「自由すぎる」と揶揄されるかもしれないが、彼女から漂うゆるやかな空気が、じゅんをはじめとする登場人物たちだけでなく、観客の心をも掴んでしまう。


 一方で、彼女の不器用さも記憶に強く残る。彼女は夫と話すとき、友人やパート先の人と話すとき、口にする言葉をじっくり考えてから丁寧に紡ぐ。その様子は、相手を傷つけないためにはどうしたらよいか、相手を元気づけるためにはどうしたらよいかという「他人を想う気持ち」に溢れている。時にたどたどしく微笑み、悲しいことがあっても涙を流すことなく、目に涙を溜めながら笑顔を見せようとするちえ。榮倉が不器用なつくり笑いをするたび、ちえの本心はどうなっているのだろうと不安になってしまう。他人が抱える心の痛みや不安感に寄り添おうとする彼女を演じる榮倉の純粋な瞳が、笑顔を見せないシーンのときだけ涙で潤むのが印象的だった。


 劇中で唯一ちえが感情を爆発させるのは、ちえを男手一つで育てた父親が倒れたときだ。意識が戻った父親はじゅんに「ちえが泣いたのは母親が死んで以来だ」と話す。父親はじゅんに「元気のない父親を元気づけようと、ちえは父が帰宅するたび『かくれんぼ』を仕掛けてきた」という話を聞かせる。それはまるで「死んだふり」の状況に似ている。


 今作では「なぜちえが死んだふりを続けていたのか」という問いの答えは明かされない。しかし映画の最後、じゅんとちえの思い出の場所で笑い合う2人の姿を見ると、答えを知る必要はないと感じてしまう。榮倉の無邪気な笑顔と純粋な目が「ひたむきに大切な人を想う」ことの愛おしさを教えてくれる。今作は、榮倉の自然体な演技が魅力的な至極の1本になったのではないだろうか。(片山香帆)