2018年06月12日 10:42 弁護士ドットコム
参議院での審議も始まった「高度プロフェッショナル制」(高プロ)を含む、働き方改革一括法案。安倍晋三首相は6月4日の参院本会議で、「時間ではなく、成果で評価される働き方を選択できるようにする『高度プロフェッショナル制度』の導入は、我が国にとって待ったなしの課題であります」と説明した。
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一方で、労働弁護士の多くは、高プロには成果に応じた給料が支払われることを保障した規定はないと指摘して いる。
労働問題に取り組む増田崇弁護士は、現行法でも成果型賃金を導入している企業はたくさんあるとして、「高プロの本質は残業代の削減」と強調する。
「残業代が支払われる否かと、成果に応じた納得できる給料が支払われるかどうかはまったく別の問題です。高プロの導入によって成果型の賃金体系になることはありません」
ーー現行法でも成果型賃金はできるといいますが、具体的にどのような賃金となっているのでしょうか?
タクシー業界では、大概の会社で売 上の約半額が運転手の給料になっています。売上が少ないときのため、労働基準法上、一応最低保障 (同法27条)はありますが、最低賃金とあまり変わらない水準であることがほとんどです。
中には、最低保障を下回る歩合給しか稼げない労働者もいると思いますが、最低賃金レベルでいいなら、昼夜逆転の20時間連続勤務など過酷なタクシードライバーではなく、もっとほかの職もあります。稼げない労働者は自ら辞めてしまいますし、退職するよう会社から肩たたきもあるでしょう。そのため、タクシー運転手のほとんどは事実上完全歩合制で働いているのが実態です。
同様に事実上完全歩合給の仕事は、保険や不動産の営業など現行法下でも珍しくありません。
ーー高プロの対象になるとされる、証券ディーラーやアナリストらは、タクシーや保険営業などと違って、単純な「達成数」では評価できないように思いますが?
すでに成果型を採用している業界は、前提として(1)成績の評価が簡単、ということがあげられます。営業職なので売上や粗利益はかなり明白で、成績の評価が簡単で異論が出づらいのです。
加えて、(2)扱うモノやサービスは同じです。タクシー運転手が提供するサービスは、同僚はもちろん同業他社も変わりませんよね。保険や不動産にしても、扱っているものはほぼ一緒で、成績の差異は労働者の才覚で決まる部分が大きいと言えます。つまり、売れないのは商品が悪いからとは言いにくいということです。
ーー それが広がっていないのは、どうしてでしょうか?
ほかの業界で、完全歩合が広まっていないのは、上記(1)も(2)も満たさない仕事がほとんどだからです。
営業職だとしても、労働者個人で完結するような業務フローではなく、チームでやることも多いでしょう。かかわったメンバー間で売上の分配をどうするのかという問題がありますし、たまたま売れ筋の商品の担当になることもあるでしょう。
また、法人営業の場合、既存顧客が中心ということも多く、大口顧客の担当を割り振られるなど、本人の努力や能力以外の要素で営業成績が変わるのがむしろ普通です。
どこまでが労働者個人の貢献・責任かを評価するのは簡単ではありません。営業職以外の研究職や総務、人事などの場合はより評価が困難です。これが意味するところは、そういう仕事は、もともと純粋な成果型の評価に馴染まないのではないかと言うことです。
ーー確かに年功序列から成果主義という話はずいぶん昔から言われていましたね
現行法でも成果主義の導入は禁止されていませんから、タクシー業界のように実施可能です。
にもかかわらず、成果主義があまり広がっていない、導入してもマイルドな差しかつけない企業がほとんどなのは納得感のある評価・賃金体系をつくるのが無理だからという理由に尽きるのではないでしょうか。
メリットよりも、納得できる評価が得られなかった労働者のモチベーションの低下や、評価が困難な雑用を誰もやらなくなるなどの弊害の方が目立つのだと思います。
高プロの議論が始まる以前から、成果主義をどのように導入するかという議論はずっと行われていました。その議論の中心はどのように納得できる評価をするかというものでした。例えば、次のような内容です。
(A)後輩や同僚のフォローといった明確な実績にはなりにくい貢献をどう評価するか
(B)評価をどのように給与に反映させるか
(C)評価の前提として、個々人の仕事の権限と義務の内容を詳細に明確化する
しかしながら、残業代がネックという話はあまり聞いた覚えがありません。安倍首相は、成果型に直ちになると規定されているわけではないが、時間給の概念を無くすことで、徐々に成果に応じた報酬へと移行するはずだと主張します。しかし、今まで法的には十分可能なのにできなかった成果型賃金が、さして議論にもなっていなかった残業代の問題を変更することで、できるようになる理由はありません。
ーーでも、現実的に社内でも「できる人」と「できない人」の差は明確にあると思います
現行法でも、昇進やボーナスなどに差異をつけることで、能力や成果の差を反映させることは十分できますし、工夫を重ねて実践している企業はたくさんあります。
そもそも、現行法が時間給制というのは、実態に即した議論ではありません。現行法は、残業代の支払いを義務付けることで長時間労働を抑制しつつ、歩合給の導入やボーナスなどで能力や成果に応じた扱いの差をつけることも可能な複合的な制度です。
ーーだとしたら、なぜ政府は「高プロ=成果給」という説明にこだわるのでしょう?
残業代は、長時間労働を抑制するために使用者を縛る歯止めとなります。このような縛りがあると、使用者は 自由に労働者を働かせることに支障が生じます。それを避けるために政府と一部財界は高プロの導入にこだわるのです。
また、法律で労働時間を管理させることの大きな目的の一つは、企業に残業代を支払わせるためです。高プロは、一定の金額さえ払えば、企業が評価方法の工夫や労務管理を放棄できる仕組であり、労務管理をしたくないというのもこだわる理由の一つでしょう。
確かに、高プロ賛成派が主張するように、残業代目当ての「生活残業」がまったくないとは私は思いません。しかしながら、時間で支払うというのは完全無欠の制度ではないにしても、残業代を支払わなくて済むようにすれば、物事がよくなるというのは幻想です。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
増田 崇(ますだ・たかし)弁護士
労働弁護団、ブラック企業被害対策弁護団、過労死弁護団、障害と人権全国弁護士ネットなどに所属。過労死や解雇、残業代など、労働問題を中心に取り扱う。2007年弁護士登録(旧60期)し、2010年に独立。
事務所名:増田崇法律事務所
事務所URL:http://www.masudalaw.jp/