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『バーフバリ』大ヒットの背景は? 配給会社ツイン・宣伝プロデューサーに聞く

2018年06月10日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 現在公開中の『バーフバリ 王の凱旋<完全版>』、昨年公開の『新感染 ファイナル・エクスプレス』など、映画ファンを“動かす”作品を送り出している配給会社・ツイン。香港のFortune Star社が権利保有する、ジャッキー・チェンやブルース・リー主演カタログ作品の日本での権利窓口をはじめ、多くのアジア映画をこれまで紹介してきたツインだが、昨年からは、CJ E&M(本社:韓国)と新作及び、カタログライブラリー作品の包括契約を締結し、さらなる作品の多様性を実現させている。


 リアルサウンド映画部では、ツインの宣伝プロデューサーを務める松本作氏にインタビューを行った。『バーフバリ』大ヒットの背景から、ツインが手がける多彩なアジア映画の魅力までじっくりと語ってもらった。


●映画の枠を超えた“バーフバリ”


ーー昨年の12月29日に公開された『バーフバリ 王の凱旋』が、現在<完全版>として上映されるなど、バーフバリ旋風が巻き起こり続けています。初めこそ知る人ぞ知るといった作品だったと思いますが、ここまでのヒットは予想されていましたか?


松本作(以下、松本):正直、ここまでの大ヒットは想定外でした。公開初週から右肩下がりになっていくのが映画興行の一般的な形なのですが、『バーフバリ 王の凱旋』に関しては公開3週目から右肩上がりとなる異例のヒット曲線でした。前作となる『バーフバリ 伝説誕生』のDVDが大変良く稼働していたので、最低限のヒットは見込んでいたのですが、まさかこんな形になるとは我々も予想していませんでした。本国インドで本編映像の一部がTwitterにアップされると10万以上のRTが起きていたんです。ここから火が付いていっているという実感はありましたが、ライムスターの宇多丸さんがご自身のラジオ番組で紹介してくださったのを皮切りに、著名人の方々が絶賛してくださったのも大きかったですが、『ムトゥ 踊るマハラジャ』を日本で大ヒットさせた仕掛け人・映画評論家の江戸木純さんが『バーフバリ 王の凱旋』の宣伝プロデューサーとして、さまざまな仕掛けを施してくれたお陰かと思います。我々が最初に心がけたのはインド映画を好きな方にきちんと届けようという点でした。2017年4月に『バーフバリ 伝説誕生』は当初1週間限定公開で小規模なものでした。しかし、映画の圧倒的な映像が口コミを呼び、20館以上に広がりました。「インド映画」という冠だけで敬遠してしまう方が一定数いたかと思いますが、この映画は「インド映画」という分類ではなく、「バーフバリ」という捉え方になっていると思います。(笑)。要因としては、絶叫上映をはじめとした“参加型”の企画によって、お客さんがどんどん口コミをしてくれたことに尽きると思います。


ーー10年ほど前の環境なら埋もれてしまう可能性もあったと。


松本:そうですね。カルト的作品として人気を集めていたかもしれませんが、観客全員が一体となる、一緒に作品の中に参加する、そんな唯一無二の作品となれたのはSNS全盛の現代だからこそと言える点はあります。


ーーさらに今度はJOYSOUNDでのカラオケ配信も展開されるなど、まだまだ熱が冷めないですね。


松本:本当にありがたいことです。カラオケ配信のほかにも、コミック化やアニメ化など決まり、映画の枠を超えた“バーフバリ”がどんどん広がっています。『バーフバリ』をきっかけに、ほかのインド映画にも触れていただければうれしいですね。まだ詳細は明かせないのですが、S・S・ラージャマウリ監督の代表作を日本公開できるように準備しています。


ーー『バーフバリ』のように観客からの自然発生的な口コミの力がある一方で、宣伝側からの仕掛けとしてはどんなものがあるのでしょうか?


松本:ツインは韓国映画を中心としたイメージがあるかと思うのですが、『バーフバリ』のようなインド映画もあれば、今年スマッシュヒットを記録した『否定と肯定』のような欧米映画も取り扱っています。まずはそのジャンルを好きな方にきちんと届けること、次にどんな点に日本映画とは違う面白さがあるかを伝えること、このふたつは大事にしています。例えば、6月22日より公開される韓国映画『天命の城』は、1936年に起こった「丙子の役」を題材とした歴史ものです。かつては日本映画のジャンルの中にもこういった史実ものや時代劇が多かったと思いますが、現在は年に数えられる程度です。史実ものが観たい方は、シニア層の方を中心に確実にいるので、そういった方々に届けられるように意識しています。やはり、このようなジャンルの場合、SNSでの拡散というよりも、圧倒的に新聞広告が効果的だったりします。


●時代と合致した作品を見出す


ーー韓国映画では、スケール感ある歴史ものがある一方で、『コンフィデンシャル 共助』や『名もなき野良犬の輪舞』などのアクションもの、ノワールものが映画ファンの中で強い人気となっている印象です。


松本:おっしゃる通りです。『冬のソナタ』などの韓流ブームの際はラブストーリーに注目が集まっていましたが、現在はラブストーリーは決して多くありません。以前からも韓国ノワールは人気ジャンルのひとつでしたが、近年は女性を中心にこれまで韓国映画に触れてこられていなかった層にも届くようになってきました。


ーー韓国ノワール作品の本数が飛躍的に増えた分、作品ごとの宣伝の差別化も難しいのでは?


松本:もちろん、出演者や監督の魅力をしっかりと伝えるところでの差別化は重視していますが、奇をてらったものにしすぎてしまうと、韓国ノワールを求めている方に届けることができなくなってしまいます。ある程度、“型”のようなものは残し、見え方の分かりやすさを意識しているところはあります。一方で、昨年大ヒットした『新感染 ファイナルエクスプレス』は、韓国映画という部分を意識させない宣伝方法を行っていました。それが、普段はハリウッド大作をご覧になられる方、映画ファンの方に届けることができたのかなと。作品のジャンルを好きな方に確実に届けることと、興味のない方にも知っていただくこと、このバランスを常に考えています。


ーースマッシュヒットを記録したという『否定と肯定』は何が要因だったのでしょうか?


松本:『否定と肯定』は、ナチス・ドイツが第2次世界大戦中に行ったホロコーストの有無について、イギリスの法廷で争った事実を映画化した作品です。何が真実で何が嘘なのか。映画で描かれているテーマと、現在の日本の政治が抱える問題や、米国・トランプ政権の政治状況とリンクしていました。映画の原作者でもあるデボラ・E・リップシュタットのインタビューを行うことができ、新聞読者層を中心に興味を持っていただけました。やはり映画のヒットには、時代に合った映画を見出すこと、そして時代に合った宣伝を行うことが大事だなと改めて痛感しました。クロックワークスさん配給の『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』も大ヒットを記録していますが、まさに時代と合致した作品だったと思います。


ーー他社の韓国映画にも注目を?


松本:どうしても競合他社になるので、チェックは欠かせません。ヒット作にはどんなキャストが出演されているのか、どんなスタッフが作っているのかといったシンプルなところから、どんなジャンルがお客さんの支持を受けるのかという点に注目しています。9月8日より韓国映画『1987、ある闘いの真実』を配給するのですが、韓国民主化闘争を描いた実話をベースとした社会派映画なだけに、『タクシー運転手』をご覧になった方々に、続けて観ていただきたいですね。


ーーお話いただいた韓国映画を中心に、『バーフバリ』や、10月に公開される『LBJ ケネディの意志を継いだ男』など、非常に多様な作品を配給されている印象です。


松本:良くも悪くも配給作品に“色”がないのが強みだと思っています。社会派映画もあれば、娯楽大作もあり、アジア映画もあれば欧米映画もある。今、お客さんが求めている映画を常に見つけていきたいと思っています。『バーフバリ』のような社会現象となる作品をまた見出していきたいですね。


(取材・文=石井達也)