2018年06月10日 09:52 弁護士ドットコム
芸能人の事務所移籍を制限するのは、独占禁止法に抵触しうるーー。今年2月、公正取引委員会が発表した報告書は、芸能業界に大きなインパクトをもたらした。つい最近も、歌手の広瀬香美さんの事務所移籍騒動をめぐって、所属していた事務所が芸名の使用禁止を求めたことは、独禁法違反に当たるのではないかと、改めて話題になった。
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独禁法といえば、これまでは価格カルテルや入札談合などに適用されてきた。しかし、施行70周年だった2017年、「人材と競争政策に関する検討会」で、労働分野(人材市場)への適用可能性が探られた。報告書は、ここでの議論をまとめたものだ。
報告書では、芸能人に限らず、スポーツ選手やフリーランスで働く人の契約問題も広く扱う。内容を知ってもらおうと、公取委は各地で説明会を開催している。今年5月、都内であった回では、企業関係者や弁護士らによって、90席が満席になった。
「フリーランスの活用は、日常的になっています。報告書は、企業がフリーランスと取引する際に、独禁法上の注意すべきポイントをまとめたものです」
説明会で、公取委の山本大輔氏(競争政策研究センター事務局長)はこのように述べた。山本氏によると、報告書の背景には、フリーランスの増加があるという。
「企業とは力差があるので、契約をめぐるトラブルも増えています。自由競争を重んじる独禁法を適用することで、市場メカニズムの面から報酬の適正化などが図れるのではないかと考えました」
具体的に検討されたのは、大きく2つ。(1)複数の発注者(使用者)が共同して行う制限行為と、(2)単独で行う制限行為だ。
(1)の共同行為で問題になりうるのは、どんな場合か。たとえば、スポーツ分野で各チームが選手の引き抜きをやめると取り決めてしまう場合だ。
選手の移籍が自由だと、自由競争で年俸は高騰していく。だからといって、各チームが移籍を制限すると問題になりうるという。
ただし、プロスポーツは興行だ。たとえば、シーズン途中にチームの中心選手が資金力のあるチームに引き抜かれてしまうと、競技の面白みが削がれてしまう。ファンの利益も考慮して判断されるそうだ。
人件費高騰を嫌った、同様の「引き抜き防止」の事例は、2000年代の米IT業界で見られ、反トラスト法(独禁法)違反と判断されている。日本ではまだ確認されていないが、実際にこうした取り決めがあったとしたら違法だという。
(2)の「単独で行う制限行為」では、企業が「優越的な地位」にあることを濫用した行為が問題になりうる。
濫用かどうかは、個別ケースを総合的に判断することになるが、(A)合理的に必要な範囲を超えた専属契約や、(B)過大な秘密保持義務・競業避止義務、(C)成果物の利用などを合理的理由なく制限する、などが想定される。芸能人の移籍制限なども場合によっては、これらに該当しうる。
また、フリーランスの仕事で、発注者から不当な搾取をされる場合も考えられる。
(a)代金の減額や(b)成果物の受け取りを拒否し、代金も支払わない、(c)成果物にかかわる権利の一方的な取り扱いなどだ。
フリーランスに関しては、発注者が、虚偽の取引条件を提示して、ほかの発注者との取り引きを妨げることになる場合も、独禁法上、問題になる場合があるという。
一見すると、フリーランスに対する保護を厚くしているようにも見えるが、山本氏は「フリーランスに肩入れするものではない」と言う。
「公正な競争が行われれば、今まで採用できなかった、優秀な人材が確保できるようになる。企業にもメリットがあると考えています」
山本氏は、「すぐに摘発するのも許されるが、70年議論しなかったものが、いきなり摘発となると困るでしょう。ビジネスで普通に行われていることもある。社内での自己点検、再発防止に取り組んでもらいたい」と語り、説明会を締めくくった。
(弁護士ドットコムニュース)