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ストップモーション・アニメは実写映画監督の新たな表現の場に? 『犬ヶ島』などの試みから考察

2018年06月09日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 劇場用アニメーションの主流はCGアニメーションが大きな割合を締めていく一方で、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』や『ぼくの名前はズッキーニ』、そして『犬ヶ島』など、ストップモーション・アニメーション作品の話題作も、近年増えてきている。2016年の第88回アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされた『アノマリサ』は、『エターナル・サンシャイン』や『マルコヴィッチの穴』などの脚本家チャーリー・カウフマンが監督。人形によるベッドシーンが長尺であることでも話題になった。ストップモーション・アニメーションとは、粘土や人形、切り絵などを、手作業で1コマずつ動かしてカメラで写真撮影していくという手法。日本でも、短編アニメーションなどで多く見られる。映像作品としての特徴や今後の可能性について、映画評論家の小野寺系氏に話を聞いた。


「ストップモーション・アニメーションの一番の特徴は“あたたかみ”を感じるという点ではないでしょうか。アニメーションの手法はいくつもありますが、CGではコンピューターの計算によってビジュアルを完成させるので、グラデーションや影が均質的なものになりがちです。また、今は2Dアニメも、多くがデジタルペイントになっているので、基本的にはクリアな印象の映像になります。そういった映像にはない、余剰的な部分、“ムラ”や“揺らぎ”がストップモーション・アニメの味であり、ジャンルとしての強みと言えるでしょう」


 ストップモーション・アニメーションの制作会社として世界的に知られているのは、昨年日本でも公開された『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』のライカ、そして、クレイアニメ『ウォレスとグルミット』や『ひつじのショーン』シリーズで著名なアードマン・アニメーションズがある。しかし、それ以外にも近年は、『ファンタスティックMr.FOX』に続く2作目のストップモーション・アニメーションとして、『犬ヶ島』を発表したウェス・アンダーソンや、前述の『アノマリサ』を手がけたチャーリー・カウフマンなど、実写監督が制作する例も増えている印象だ。その背景について、小野寺氏は以下のように説明する。


「ストップモーション・アニメーションは、粘土や人形など造形物を作って、それを少しずつ動かしながら1枚1枚写真で撮影しているので、非常に手間と時間がかかります。この手法で高いクオリティに到達した『KUBO』などを制作したライカは、3Dカラープリンターで人形を作っていたりと、新技術をとり入れ効率化している部分もありますが、それでもかかる時間は莫大です。しかし、時間や手間の問題さえクリアできれば、必ずしも専門的な設備が求められないので、実はもともと間口の広い手法でもあるんです。ウェス・アンダーソンやチャーリー・カウフマンは実写映画を撮っているので、被写体の動きやライティング、カメラの位置・動かし方などについては熟知している。ストップモーション・アニメを制作するときも、実写作品と近い考えで撮影しており、これまでに培ってきた演出の力を活かせるのではないでしょうか」


 現在公開中の『犬ヶ島』は、そのタイトルの通り多くの犬が登場。ストップモーション・アニメーション作品では、通常はツルンとしたテクスチャーのパペットを使うことが多い。しかし、今回は犬の感情表現を豊かにするために、テディベアの、アルパカやメリノ・ウールの毛を刈り取り、動きのある毛並みを再現しているという。


「ウェス・アンダーソンは、ストップモーションアニメも、実写映画の感覚で撮っているところが多く、アニメーションとしては異質さを感じる絵作りになっています。スポッツをはじめとする犬たちも、いわゆるデフォルメされた“キャラクター”の可愛さとは違う、リアルさがあります。ゴミ処理場の“犬ヶ島”に隔離され、体を洗えなかったり汚染された空気に晒されているスポッツたちの、体毛がごわごわしている感じが伝わってきます。また、人間の髪の毛の質感だったり血液の流れだったり、あるいは食べ物に虫がわいているシーンだったり、少し気持ち悪いところまで丹念に表現されている。これは、やはり実写とアニメ両方を撮っていた、チェコの巨匠、ヤン・シュヴァンクマイエルの作風にも通じていて、実写とアニメの中間、どちらかというと実写に近い感覚の作品になっていると感じました。ストップモーション・アニメは、従来子供向けの作品が基本でしたが、近年は大人向けの内容が段階的に広く受け入れられ始めています。作り手も、子供向けだと思われてきた手法で大人向けの作品をやるギャップを楽しんでいるのではないでしょうか」


 繊細な動きや表情までも表現できるストップモーション・アニメーション。現状では、決して市場規模が大きいとは言えないが、実写とも、CGやドローイングとも違うひとつのジャンルとしてすでに高い評価を集めている。新しい映像作品が生まれる手法として、今後も注目できそうだ。(文=若田悠希)