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永瀬正敏×岩田剛典が語る、映画『Vision』への向き合い方 「河瀬組は役者の原点に立ち戻される」

2018年06月09日 10:42  リアルサウンド

リアルサウンド

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 河瀬直美監督がフランスの名優ジュリエット・ビノシュと、前作『光』に続き、永瀬正敏を主演に迎えた『Vision』が、6月8日より公開中だ。紀行文エッセイを執筆しているフランス人女性ジャンヌ(ビノシュ)と、神秘の地・吉野の山々を守る山守の男・智(永瀬正敏)が出会い、言葉や文化の壁を超えて心を通わせていくさまを描く。


 ビノシュ、永瀬に加え、鋭い感覚を持つ女アキを夏木マリ、ジャンヌと過去にとある関係があった岳を森山未來、老猟師を田中泯、ジャンヌの通訳を美波が演じ、唯一無二の“河瀬ワールド”を作り上げている。そして、ジャンヌ、智とがっぷり四つに向き合い、その印象を大きく変えたのが、謎の青年・鈴を演じたEXILE / 三代目 J Soul Brothersの岩田剛典だ。


 リアルサウンド映画部では、永瀬と岩田にツーショットインタビューを行った。河瀬組三度目となる永瀬と初参加となる岩田が、どのように作品に向き合ったのか。撮影の裏側から、互いへの思いなど、じっくりと話を聞いた。


●永瀬「役者としての“垢”が削ぎ落とされていく現場」


ーー永瀬さんは『あん』『光』に続いて3作目、岩田さんは本作が初の河瀬組への参加となりますが、ほかの現場と河瀬組の1番の違いはなんでしょうか?


永瀬正敏(以下、永瀬):3度目でもそこには“馴れ”というものは一切なく、毎回追い込まれています。長年役者をやっていると、どうしても心の中に“芝居の垢”のようなものが溜まっていってしまう。でも、河瀬さんの現場に入るとそれを根こそぎ落とされていくような感覚があります。「人を演じること」、その原点に立ち戻らせていただける貴重な場になっています。


岩田剛典(以下、岩田):初参加の現場は衝撃の連続で、洗礼を受けっぱなしでした。「世界に発信していく」と明確に最初からテーマを掲げている作品への参加も本作が初めてでした。今はまだ分からない部分もありますが、今後、自分の活動を振り返ったとき、「『Vision』への出演がひとつのターニングポイントだった」と思うような気がしています。それぐらい刺激的な撮影の日々でした。


ーー「役を演じるのではなく、その人になる」という河瀬監督の現場では、撮影が終わった後の切り替えも一筋縄ではいかなそうですね。


永瀬:そのとおりです。ほかの作品では、撮影が終われば「はい、終わり」と戻れることがほとんどなのですが、河瀬組はしばらく引きずります。“自分”を取り戻すのが苦しくなってくるというか。本作では、ジュリエット・ビノシュさん、プロデューサーのマリアン・スロットさんもずっと現場にいらっしゃって、過去2作品ともまた違った雰囲気がありました。


ーー一方、岩田さんは三代目 J Soul Brothersのツアーの真っ只中に本作の撮影があったそうで。


岩田:役者としての活動と、グループとしての活動はまったく別の仕事なので、逆に助けられたかもしれないです。『Vision』を終えて、すぐに別作品の撮影などでは切り替えができなかったと思います。


ーー現在放送中のドラマ『崖っぷちホテル!』で演じている宇海とはまったくの別人でびっくりしました。岩田さん演じる鈴は、人非ざる者というか、森の化身のような、言葉では表せない不思議な存在でした。


岩田:人間らしさというよりも、存在しているかしていないのか、半透明な存在という指示を、河瀬監督からいただいていました。脚本の前段階のプロットでは、鈴は人間なのか何者なのか、最後まで分からない存在だったんです。最終的な設定は変わりましたが、どこかその要素を残すことができればと。


ーー森の中でずっとひとりで生きていた智が、突然現れた鈴に心を開いていく。その過程が非常にスリリングでもありました。永瀬さんから見て岩田さん演じる鈴はどんな存在でしたか?


永瀬:『Vision』という物語の中の誰でもあって誰でもないというか。智がずっと一緒に暮らしているコウという犬がいるんですが、鈴はコウの気持ちともリンクしていくんです。一方で、アキやジャンヌの“分身”とも言える存在でもある。だから、智としては自分の心を開いてくれた存在でありながら、その実体がずっとつかめない存在……“愛おしさの対象”と言えばいいでしょうか。仏頂面だった智が、鈴の存在によって少しずつ表情を取り戻していく様子を観てもらえたらなと。


岩田:鈴としては何者か分からない自分を探すために森に入ったイメージでした。智さんと暮らす山小屋で、鈴も人として欠けていたものを見つけていく、そんな想いがあったのかなと。


●岩田「演じるというよりも自然と鈴になっていた」


ーー完成された作品を観たときはどう感じましたか?


永瀬:河瀬監督は演じるということを嫌われる監督です。永瀬正敏ではなく、智として生きていかなければいけない。その姿を切り取られているので、自分の感情なのか、智の感情なのか、どちらの気持ちで観ているのか、何とも言えないんです。率直に、「こんなことになるんだ」という驚きの連続ではありました。


岩田:河瀬組の空気感、その中に自分を存在させる。演じるというよりも、自然と鈴にそうなっていた感覚がありました。監督から「台本は一度読んだらもう読まなくていい」とも言われて。現場で感じたもので変化してもらいたいと。生活をしていけばいくほど、鈴というものが自分の中で深まっていく感じがありました。完成した作品を観ても、永瀬さんと同じようにすごくびっくりしました。一言で表すことができない難しい作品だと思うのですが、その中に「生と死」など普遍的なテーマも内包されている映画です。観る方の感情によって、受け取られ方も全然違う映画になるのではと思います。


ーー河瀬組は現場では“役として”しか会話をさせないと聞いたことがあります。撮影を終えて、素の自分として互いを見ていかがですか?


永瀬:言い方として簡単になるんですが、岩田君は“好青年”です。好青年っていうのは、おざなりな好青年って意味じゃなくて、物事に対する真剣さであったり、人やしきたりに対する礼儀をもった誠実さであったり。一本揺るぎない芯が通っている感じがあります。これからずっと応援していく存在ですね。


岩田:うれしいです。永瀬さんはこれだけワールドワイドに幅広い作品にご出演されていて、すごいキャリアを重ねているのに、一切おごった感じがありません。スタッフさんや周りのみんなへの気遣いが本当に素晴らしいんです。人としてすごく尊敬しています。永瀬さんみたいになりたいですね。


永瀬:いやいや、こんな風になっちゃだめだよ(笑)。


※河瀬直美の瀬は旧字体が正式表記


(取材・文=石井達也/写真=池村隆司)