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“幼い乙女”のままの木村多江 『あなたには帰る家がある』はさまざまな愛情を提示する

2018年06月09日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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「だって欲しかったんだもん。返したんだからいいじゃない」


参考:誰もが誰かの“毒”となるーー『あなたには帰る家がある』第8話を振り返る


 不倫相手の秀明(玉木宏)を尾行し、部屋を特定するやいなや、すんなりと上がり込みスペアキーを盗みだす。そして、元妻・真弓(中谷美紀)がやって来るとタイミングを見計らって、さも同棲しているかのようなふるまいで玄関から顔を出す。そんな勝手な振る舞いを秀明に咎められると「だって欲しかったんだもん」と駄々をこねる女・茄子田綾子(木村多江)を、真弓は「乙女ぶりっ子おばさん」と罵倒したが、あながち間違っていないように思う。『あなたには帰る家がある』(TBS系)第9話では、誰もが魔性の女だと震える綾子の素性が少しだけ垣間見えた。おそらく綾子は、心は幼い乙女のままなのだろう。


 茄子田太郎(ユースケ・サンタマリア)のもとに、綾子の実母が危篤だという連絡が来る。だが綾子にそれを伝えるも、「秀明さん送ってって」の一点張り。太郎が「いい加減にしろ」と叱る姿は、夫婦というより、むしろ父親と娘のような距離感だ。そんな綾子の態度に、真弓は「行ってあげたら?」と秀明を促す。「え?」と戸惑いながらも、綾子と歩き出す秀明。その構図もまた、ワガママな彼女に翻弄される息子を諭すようだった。


 残念ながら綾子が病院に到着したときには、実母はすでに帰らぬ人となっていた。看取った姉(森口瑤子)からは「最後まで親不孝」とバッサリ。姉の娘にも「遠い親戚のおばさん」と言われてしまう一幕からも、姉妹の仲には暗い過去があったことを予感させる。綾子の口から語られる過去は、姉が活発で友だちも多い自分とは真逆の性格であったこと。一方、綾子は学校行事になると決まって熱を出してしまい、母親が家でお弁当を広げ、ふたりきりの遠足ごっこをしてくれたのだという。


 “ふたりきりで◯◯ごっこ”というエピソードに、かつて綾子が秀明と住宅展示場のキッチンで、ふたりきりで夫婦ごっこをした日を思い出す。そして、秀明を独り占めするには、姉と同じく活発で友だちの多い真弓が邪魔だったのではないだろうか。綾子が姉から母親の愛情を独り占めしようと体調不良を訴えていたように、真弓から秀明の愛情を奪いたいと“かわいそうな自分”を演出したのだとしたら……。


 だからこそ、自分が母親にしてもらった“遠足ごっこ”を愛情と感じていたように、綾子はことあるごとに手料理を持参する。それが、友だちのいない自分が知っている唯一の愛情表現だったから。姉よりも自分を、真弓よりも自分を選んでほしい。その愛情飢餓が、とんでもない量のメンチカツや大量のサラダを生み出す。もしかしたら太郎に対しても、太郎の母親よりも自分を選んでほしいと迎合してきたのかもしれない。


 しかし、真弓は手の込んだ料理を用意しなくても、秀明に想われ、多くの友だちにも囲まれている。桃をムースなんかしなくても、丸かじりのほうが美味しいとまで言ってくる。それが、どれほど綾子にとって羨ましいことか。なんの策略なく愛情を手に入れる女性、という存在そのものに綾子は最も固執しているように見えた。


 今や“かわいそうな私”作戦も秀明には通じない。太郎だけが、綾子を「守ってやりたかった」と涙を流しているのだが、その愛情も伝わらない。なぜなら太郎の愛は、“ごっこ”ではないからだ。しかし、太郎もバースデーソングを歌ってほしいといえば腹から歌ってくれるチャーミングな一面もある。真弓のように策略なくストレートに求めれば返してくれるのだが……。


 そうこうするうちに、真弓と太郎は同じ悲しみを抱える同士、麗奈(桜田ひより)と慎吾(萩原利久)は秘密を共有する同士、急接近。ラスト2話で、どんなクライマックスを迎えるのかハラハラするばかりだ。結婚はゴールではなくスタートというが、不倫も、離婚もまた然り。どんなに愛されても、傷ついても、人生は続く。桃にかぶりついて、人のものを欲しがってばかりでは、手に入れるどころか指の隙間からボタボタと、幸せがこぼれ落ちていく。きっと支え、与え合える人が集まってこそ、“帰る家”になるのだから。(佐藤結衣)