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幸せの形はひとつじゃないーー『逃げ恥』に通じる『デイジー・ラック』の多様性

2018年06月08日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今夜放送予定のドラマ10『デイジー・ラック』(NHK総合)が、クライマックスに向かって加速している。小学校時代の仲良し女子4人組“ひなぎく会”が、30代突入を目前に再会。恋に、仕事に、パートナーへの歩み寄りに……個性豊かな4人がときにぶつかり、ときに支え合いながら、それぞれの幸せを見つけ出す心温まるストーリーだ。


●時代が多様性を描いた作品に追いついた


 原作は、『逃げるは恥だが役に立つ』を描いた漫画家・海野つなみ。ドラマ化にあたって、自身のTwitterで「一度は打ち切りになった作品が、17年たってこうして日の目を浴びる日がこようとは……胸熱であります。続けて来てよかったです」とつぶやいたとおり、この作品は連載時に打ち切りになっている。


 きっと時代が早かったのだろう。当時から、ファンの心を掴む作品ではあったが、まだまだ世間が多様性を受け入れるには助走期間が必要だったのではないか。人はもともと違う個性を持ち、だからこそ幸せも同じ形ではないということ。違うことを反射的に拒絶するのではなく、そういう形もあるのだと知ること。海野作品が発信し続けてきた多様性は、誰もが自分の物語の主人公だと、改めて気付かせてくれる力がある。


 作品を通じて気付きを得た人が少しずつ増えていき、やがて世の中の“気分”になる。そして『逃げ恥』のヒットへと繋がった。『デイジー・ラック』は自分なりの幸せがあることが広まりつつある今に、「自分なりのペースで掴んでいけばいい」とさらなる勇気を与えてくれる作品だ。


●「私には何もない」の焦り


 恋人から「結婚はしたい。けど、お前とじゃない」と振られ、会社が突然倒産した楓(佐々木希)。30歳を目の前にして、恋愛も、キャリアも失い「私には何もない」と焦る。見渡せば、高級エステで働く薫(夏菜)も、フリーでバッグ職人をしているミチル(中川翔子)も、専業主婦のえみ(徳永えり)も、それぞれ“それなりの何か”を手に入れているように見える。


 幸せの形はひとつじゃないのはわかる。だが、自分にはひとつもない。そんな焦りを抱いたことがある人は、少なくないはずだ。それでもポジティブな楓は好きなパンを仕事にしようと、履歴書を片手に無我夢中でパン屋に飛び込み、売り込んでいく。「29歳からパン職人なんてあきらめたほうがいい」「けっこういってるね」……年齢を重ねれば新しい挑戦は難しい。好きな道を進んでいる自由業のミチルも「若ければもっと身軽だったのかな」と、身の振り方を思案するシーンもあった。


 人生のどん底を経験した楓は、さらにポジティブになった。パン屋で新しい恋を見つけ、努力が報われる喜びにも触れた。ミチルは貯金が底をつきそうになったとき、自分のことをちゃんと見ていてくれる人に気づいた。人生は何もないと思ったときこそ、身軽に動けるチャンスにもなるのかもしれない。


●年齢と幸せと不安


 年齢が重くのしかかるのは、仕事だけではない。将来は? 結婚は? と、甘い恋愛を楽しむだけでは不安になる。だが、結婚したら安泰というわけでもない。子供は? 老後は? そして、今が幸せだと思えてても、すぐ先に失う不安が出てくる。その不安は、予期せぬタイミングでやってくることが多い。まるで風邪のひきはじめのような違和感として。軽いうちに対処すれば、なんてことなく終わったり、免疫がついて強くもなれる。だが、大人になるほど、抱え込むことが多くなるのだ。


 新たな恋人に新婚生活と、順風満帆に見える薫やえみだが、それぞれのパートナーとの向き合い方に悩むときがやってくる。その不安は、贅沢な愚痴に聞こえるかもしれない。しかし、えみの言葉を借りるなら「幸せな悩みなんてないよ。甘えてるって言われたら、なんにも言い返せないけど、私にとってはすごく切実なことなんだよ」なのだ。私たちは、それぞれが幸せになる多様性は受け入れつつある。だが、その前に、もがいている瞬間をどれほど優しく見守れているだろうか。


 「自分はどうしたいの?」そう問いただされる彼女たちを見て、同じ気持ちでハッとしてしまう。まるで、ひなぎく会に参加しているような気分で、我が身を振り返るシーンが多いのも、この作品の魅力だ。


●多様な“人”を知ること


 「作品で疑似体験することが大切だと思うんです」。先日、宮崎大学のライフデザインシンポジウムで海野つなみ氏とお会いするチャンスに恵まれた。いろいろなお話をさせていただいたのだが、もっとも印象に残ったのが車で移動中に聞いたこの言葉だった。漫画やドラマはあくまでもフィクションだが、その作品に触れることでいろんな考えの人がいるというのを知ることができる。セクシャルマイノリティの人もいれば、恋愛経験のない人もいれば、高学歴で就職がうまくいかない人もいる、結婚したい人・したくない人もいれば、子供がほしい人・ほしくない人もいる。


 生きているうちには、自分が育ってきた環境の“普通”と異なる人と接することも少なくない。人は、わかりやすいものを真実だと思い込もうとする性質もある。見知らない個性をいきなりカミングアウトされても、にわかに真実として受け入れられなかったり、“理解できない”と拒絶してしまったりしてしまう。真実をまっすぐに見つめ、人を受け入れ、より豊かに生きていくためにも、「そういう人もいる」ということを知るのはとても大切だ。筆者の周囲には、29歳でパン職人を目指す女性はいない。だがもしこの先、友人が「今からパン職人になりたいんだ」と言ったら、きっと楓のことを思い出して「パンが焼けたら食べさせて!」と素直に応援できると思う。


 「だから、色んな人を描いていこうと思うんです」。それまでスポットライトが当てられていなかった人たちが海野作品のキャラクターになることで、私たちは“知っている誰か”と思えるほどの親近感を抱く。仕事に厳しい安芸(鈴木伸之)も、何を考えているかわかりにくい大和(桐山漣)も、人懐っこい貴大(磯村勇斗)も、エアロビ好きな隆(長谷川朝晴)も、みんな個性的。すっかり知り合い気分で、みんなに幸せになってほしいと願ってしまうのだ。最終回を含めて、残り3話。彼女ら、そして彼らが自分らしい幸せを掴む姿を、じっくりと楽しみたい。(佐藤結衣)