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今井美樹が表現する“自分らしさ”の説得力 アルバム『Sky』収録曲と「PRIDE」の関連性から紐解く

2018年06月06日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今井美樹が6月6日に3年ぶり、通算20枚目のオリジナルアルバム『Sky』をリリースした。本作では多くの有名アーティストを手がけてきたプロデューサー、亀田誠治を初めて起用し、岩里祐穂、川江美奈子、いしわたり淳治、川口大輔など、これまでにも今井に楽曲を提供してきた人たちに加え、BONNIE PINK、土岐麻子、大橋トリオ、蔦谷好位置、ジェイミー・カラム、そして亀田などが新たに詞・曲を書いている。また、私生活だけでなく彼女の音楽活動に長年協力してきた布袋寅泰も作曲陣の一人。彼は亀田とは、過去にKREVAも参加した期間限定ユニット、The THREEを組んだ間柄だったりする。


(関連:作詞家・岩里祐穂が語る、今井美樹の楽曲秘話「“自分の生き方は自分で選ぶ”が、彼女らしい」


 『Sky』は、全体的にピアノやストリングスが主体でバラード中心の落ち着いたボーカルアルバムになっている。そのなかで、ブルースハープから始まりスキップするように軽快な「Free to Fly」(詞・曲:BONNIE PINK)、ビブラフォンが入ってジャズ風でゴージャスな「Greatest Moments」(詞:岩里祐穂、曲:亀田誠治)、力強いリズムで高揚感のある「Beyond the World」(詞:今井美樹、曲:ジェイミー・カラム他)なども収録され、バリエーションが考えられている。


 楽曲提供者には新顔が多く、大勢が制作にかかわっている。だが、このアルバムには統一感がある。それは、今井の相変わらず透明感のあるボーカルが貫かれていること、プロデューサー亀田の大人の上質な音楽を目指したと察せられる方向づけによるものだろう。加えて、『Sky』というタイトル通り、収録された各曲の詞に空にまつわるイメージが登場し、コンセプトのようになっていることも指摘できる。


 今井はニューアルバム発表前の6月1日、日本テレビ系の番組『アナザースカイ』に出演した。そのなかで彼女は、映画『アラカルトカンパニー』(1987年)に出演した際に撮影で滞在したパリを訪れ、当時のプロデューサーと久しぶりの再会を果たしていた。この番組は、ゲストが「海外にある第2の故郷」=アナザースカイ(もうひとつの空)を再訪する内容である。


 一方、「同じ空」(詞:いしわたり淳治、曲:蔦谷好位置)から始まり、「Free to Fly」、「Blue Rain」(詞:micca、曲:Yoshinori Ohashi)といった曲が並ぶ『Sky』には、雲、羽根、雨、羽ばたく、星、風、鳥といったワードがちりばめられている。作詞者は複数だが、歌の主人公の心情を表現するなかでどの曲にも空に関連したイメージが登場する。いわば、いくつもの「アナザースカイ」と出会っていくような作品なのだ。


 アルバムのなかでも核になるのは、映画『終わった人』の主題歌でもある「あなたはあなたのままでいい」だろう。定年を迎え終わった人と思われるようになった夫(舘ひろし)と妻(黒木瞳)の泣き笑いの物語を監督した中田秀夫は、今井による主題歌を布袋が書き下ろすことをリクエストした。


 同曲について今井は、「人生の折り返し地点を過ぎた今、自分たちのペースで自分たちらしく生きていくことでいい。“あなたはあなたのままでいい”と、この曲が背中をそっと押してあげるような存在になれればいいと思う」と述べたという。また、布袋は、「「PRIDE」から20年。あの日「南の一つ星を見上げて誓った」私は、今も、ここにいる」とコメントしている。


 「PRIDE」(1996年)といえば布袋作で大ヒットした今井の代表曲である。それに対し〈疲れた翼〉、〈奇跡の虹〉、〈落ちる夕陽〉などのフレーズが出てくる「あなたはあなたのままでいい」の詞を書いた布袋は、「PRIDE」で星を見上げた空からの連続性を意識していたわけだ。この曲は、今井の本領発揮といえるバラードにしあがっている。


 『Sky』では、布袋がもう1曲書いている。現在の自分が過去の自分と向き合う内容の「私へ」だ。三拍子でアコースティックギターの流麗なフレーズが挿入されるのが印象的なこの曲にも、星屑の瞬く夜空が登場する。


 「あなたはあなたのままでいい」と「私へ」に共通するのは、テーマが自分らしさであること。というか、ふり返れば〈貴方への愛〉を語りつつそれこそが〈私のプライド〉だと歌った「PRIDE」が、ラブソングであると同時に自分の選択を肯定する曲だった。今井美樹は女優でもあるけれど、虚構の世界を演じるタイプの歌手ではなく、むしろ自分らしさ、自然体、等身大といったスタンスで音楽活動に取り組んできた。


 自分らしさというテーマ自体は、Jポップでは一般的なものだし、珍しくはない。だが、ずっとその姿勢を崩さず、キャリアを重ねた今に歌われる「あなたはあなたのままでいい」や「私へ」は、説得力に深みが増している。どんな空の下でも、自分は自分らしく生きていくということだ。(円堂都司昭)