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LUNA SEAはまばゆい光を放ち続ける 結成29周年迎えた武道館ライブを見て

2018年06月06日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 2018年5月29日、日本武道館にてLUNA SEAが結成29周年を迎えた。


 思い返してみれば、日本独自のロックが根付こうとしていた90年代の音楽シーンは、生き急ぐように活動していた彼らとともにあった、と言い切ってしまってもいいだろう。1992年のメジャーデビューから2000年の終幕。そして、2010年の“REBOOT”から今日までが同じ歳月になった、と考えると、なんだか感慨深いものがある。


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 360度ぐるりとオーディエンスに囲まれたステージ。表舞台に立つ人間にとって、“背後”を見せることは勇気がいるものだ。逆にいえば、それだけ“自信がある”という現れでもある。そんなステージを彼らは昨年から選んでいる。「どこからでもかかってこい」ーー開演前からそう言われているようでもあった。


 定刻を過ぎ、悠々と現れた5人が光とともに武道館いっぱいに解き放った「Hold You Down」は、いつもとは違う燦爛たる様相を呈していた。


 この日は、結成記念日であると同時に、2017年12月20日に発売されたアルバム『LUV』を提げたツアーファイナルでもある。INORAN(Gt)がギターを掻き鳴らすと、RYUICHI(Vo)が頭上に大きくあげた両手でクラップを求める。おなじみのオープニングSE「月光」もなければ、どこか退廃的な香りをにおわせるようなはじまりではない、これが『LUV』の世界なのだ。そんなカラフルで明るいアルバムを、昨年12月のさいたまスーパーアリーナ公演で、自ら「賛否両論巻き起こってます、ざまぁみろ!」と言い放ったSUGIZO(Gt)。古くから彼らを応援してきたファンほど、戸惑いを感じたアルバムであっただろうし、ゆえにこのSUGIZOの言葉に救われたことだろう。彼らはいつも貪欲で、決して守りには入らない決意にも思えたからだ。あれから半年近く。こうして全国ツアーを経た今、『LUV』は彼らにとっても、ファンにとっても、あのときとは違ったまばゆい光を放っているアルバムになっているはずだ。


 間髪入れずに「TONGHIT」を畳み掛ける。ステージサイドから後方まで取り囲むように設置されたスロープ。両翼にSUGIZOとJ(Ba)、INORANは後方、1Fのオーディエンスが手を伸ばせば届くほどの距離を、ファンの顔を確かめながら闊歩する。「Dejavu」「JESUS」と、アッパーなナンバーを攻め立てる真矢(Dr)のビートも、いつになくキレがよく、図太く響いていく。


 「自分たちの思うロックって、ヤバそうなにおいがしていたり、ヒリヒリしていたり、暴力的だったりしたんだけど、それだけじゃないってことが、みんなと会って、支えてもらってわかったんだよね」。


 そのRYUICHIの言葉は、“丸くなった”とか、“守りに入った”とか、そんな意味ではないし、ましてや歳を重ねたことに対する言い訳でないことはわかっている。ただそれは、29年という、波乱もあった年月の重みを感じさせる言葉だった。5人の個性のぶつかり合いと、お互いを探るかのように張り巡らせた緊迫感、そのスリリングな鬩ぎ合いが絶妙なバランスで成り立っていたLUNA SEAというバンドが、今こうして存続しているのだから不思議だ。


 緑色の灯りに照らされた中、奏でられた「gravity」は、そんなバンドの“危うさ”とでも言うべき情緒を体現したような代表曲だ。2000年のリリース当時は、時代背景やタイアップのドラマの印象も強く、無機質な刹那感が際立っていたのだが、“REBOOT”以降幾度となく演奏されていく様を見ていると、不気味なほどの美しさの中に、なぜだかあたたかさが浮かび上がってくる。もっとも2000年当時は、リリース後ほどなくしてバンドは終幕に向かっていたし、あの頃との意味合いが変わったのは当然のことなのかもしれない。しかし、この日の「gravity」は、どこか“危うさ”を持っていたあの頃の「gravity」だった。それはこの上ない至福感に包まれた「誓い文」のあとだったから? 先のRYUICHIのMCがあったから? いや、そうではないような気がした。どことなく感じたその緊張感は次第に高まっていき、次曲「闇火」でついにはぜた。


 INORANの優雅な12弦アコースティックギターに、SUGIZOの柔らかく、それでいて冷たくもあるような、バイオリンの旋律が紡がれる。RYUICHIは言葉を噛みしめるように歌い出す。ステージ上にいくつもの松明の炎が浮かび上がると、その歌声は次第に狂気を増していく。気がつけば、何かに取り憑かれたように歌い狂うRYUICHIに、耳も目も、そして意識さえも奪われていたのは私だけではないはずだ。続く「I for You」ではINORANの弾むようなストロークと、SUGIZOの流麗なバイオリンの旋律によって導かれるRYUICHIの歌声が、先ほどとは打って変わって優しく丁寧で、何よりも美しい。楽曲によって様々な表情を見せていく姿が、恐ろしくも思えた。


 LUNA SEAというバンドは不思議だ。ステージから放たれるモノは、音だけではない。言語化が難しいほど、密度の高い崇高なエネルギーのような“なにか”を身体に感じることができるのだ。そして、綿密に練り上げられたアンサンブルの構築美に飲み込まれてしまう。しかしながら、高度な技術ではなく、疾走していくアンサンブルがぴたりと止まるブレイクやキメの瞬間に、あり得ないほどの情報量が詰め込まれたLUNA SEAらしさを感じるのだから、本当に不思議なのだ。


 ラストスパートの「STORM」「TIME IS DEAD」「ROSIER」はそうしたLUNA SEAだから成せる業が炸裂していく。ロックバンドにおけるグルーヴやダイナミックレンジのほかに、クラシック音楽でいうところの「フォルテ=強く」「ピアノ=弱く」を自在に操ることができるバンドだと思う。音の大小とはまた違うところでの緩急、ニュアンスが絶妙だ。イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ……それぞれ違うテンションで攻め立てていく。音量を下げずにニュアンスだけ弱くする、音量を上げずにテンションを強くしていく、どうしても機材頼みの表現になりがちなロックのライブで、そんなことが演奏だけでコントロールできるバンドなんて、世界的に見てもそうはいないだろう。


 本編ラストは「BLACK AND BLUE」。SUGIZOのファンキーなカッティングに絡みついていくアンサンブルとRYUICHIのボーカルが、ライブだと異様なほどセクシーに聴こえる。「ラララ……」と合唱が武道館に響き渡り、客席から上がった無数の手が右左に揺れ、愛に包まれたエンディングを迎えた。普段のステージではほとんど黒しか身につけることがないSUGIZOだったが、この日の後半纏っていた印象的なロングジャケットは、同曲のコンセプトを基に地球平和と難民問題を表したものであったと、「健常者も障害者も分け隔てなく着れるデザイン」のコンセプトを掲げるブランド・tenbo(テンボ)から後日アナウンスされた。この日、多くの楽曲で手にすることの多かったギター、Navigator SUGIZOモデル“N-ST SGZ Custom -D2-”には、“SAVE SYRIA”の文字が大きく入れられている。


 「Happy Birthday Dear LUNA SEA」ーーアンコールは、29歳の誕生日を祝うオーディエンスの大合唱で迎え入れられる。終幕から“REBOOT”までの期間もファンクラブである“SLAVE”はずっと存続していた。本当の意味でバンドとともに歳を重ねてきたファンも少なくはないはず。「やっぱり、音楽って愛に満ちてるよね」RYUICHIが口を開き、メンバーひとり一人が感謝の言葉を述べていく。SUGIZOがオフマイクで「ありがとうー!!」と叫んだかと思えば、いつのまにか「先生」と呼ばれることが定着した真矢が、SUGIZO専用の“風”を受けて会場全体を和ませる。鬼気迫る演奏とは裏腹に、そんな自由奔放さもLUNA SEAの大きな魅力だ。


 最後は怒涛の「BELIEVE」「PRECIOUS…」、そして、ボルテージとともに銀テープが宙に放出された「WISH」で大団円を迎えた。


 終演後、360度囲んだスロープをゆっくり歩き、手を差し伸べるファン全員と丁寧に握手を交わしていくSUGIZOの姿が印象的だった。そして、ステージ中央に戻った彼は深々と、本当に深々と頭を下げる。それは、あたかも時が止まったような、ものすごく長い時間だった。


 来年は30周年を迎えるLUNA SEA。新たなツアーへ向けての意気込みも口にしていた。なにより、「今世紀最大のフェスにしたい」と語っていた『LUNATIC FEST. 2018』はもうすぐだ。


■冬将軍
音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。