トップへ

夏川結衣の演技になぜ感情移入してしまう? 『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』史枝役の魅力

2018年06月04日 11:32  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 名匠・山田洋次監督が贈る家族をテーマにしたシリーズ『家族はつらいよ』の最新作『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』。タイトルから分かるように、本作は平田家の“妻”たちがテーマになっている。なかでも、長男の嫁・史枝の、いわゆる“反乱”が大きな見どころ、つまり史枝を演じる夏川結衣が、物語を大きく動かしていくのだ。


 本作での夏川は、橋爪功演じる平田周造と妻・富子(吉行和子)の息子で長男の幸之助(西村まさ彦)の嫁として、義理の父母と同居する女性だ。典型的な頑固親父である周造のわがままにも笑顔で対応し、富子の良き相談相手にもなる。さらに2人の息子を育て、義理の妹・成子(中島朋子)夫婦や、義理の弟・庄太(妻夫木聡)夫婦からも頼られているという、ある意味で平田家の大黒柱だ。そんな彼女が、無神経すぎる夫の一言で、耐えに耐えていた思いが爆発、家を飛び出してしまう。


参考:山田洋次監督は“熟年離婚”にまつわる喜劇をどう描いた? 『家族はつらいよ』が伝えるメッセージ


 夏川と言えば、デビュー当時は、女性誌のモデルを務めるなど、その美しいビジュアルは大きな話題となっていたが、その美貌を活かした作品よりも、本作の史枝のように、内に秘めるなにかを抱えながら、それを見せないように、いじらしくも明るく生きている女性を演じると、なんとも言えない趣があり、引き込まれる。


 その真骨頂とも言えるのが、1997年に放送された連続ドラマ『青い鳥』(TBS系)の町村かほり役だろう。幼少期から父親の事業の失敗により、劣悪な生活を余儀なくされ、多くの心の傷を抱えたまま大人になったあとも、さまざまなトラブルに巻き込まれるという幸薄い女性だ。ようやく豊川悦司演じる柴田理森という実直な男性と出会うも、佐野史郎演じる地元の名士・綿貫から、恐ろしいまでの束縛を受け、理森とあてのない逃避行に出る。


 『青い鳥』は『家族はつらいよ』の史枝のような、なんでも吸収してしまう大らかな雰囲気とは正反対のシリアスな役柄だったが、怒涛のように押し寄せる困難が、お腹の底にたまっていく際の、追い詰められたような表情は、本作『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』同様に、非常にリアリティがあった。


 その後も、主演を務めた映画『アカシアの道』(2000年)では、認知症になってしまった母親・かな子(渡辺美佐子)を介護する娘・美和子に扮し、母娘の確執や自身の心に向き合う女性をじっくりと演じた。また、数々の映画賞を受賞した『孤高のメス』(2010年)でも、シングルマザーの看護師として、自身の仕事に対する疑問や、母親としてしっかりしているのかという不安が、痛いほど伝わってくる演技に強く感情移入した人は多かっただろう。


 一方、史枝の持つ大らかさや明るさという部分では、名コンビと評判になった阿部寛とタッグを組んだ『結婚できない男』(フジテレビ系、2006年)の内科医・早坂夏美役が印象に残る。こちらもコミカルな作風ではありつつも、自身の立場に不安を抱えるアラフォー独身女性の内に秘めるものは、純粋に「頑張れ!」と応援したくなる。余談だが、その後、阿部とは2008年公開の映画『歩いても 歩いても』で夫婦の役を演じた。


 夏川の魅力というのは、視聴者が役柄に感情移入し「頑張れ!」と応援してしまうキャラクターを嫌味なく演じられるということではないだろうか。『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』を鑑賞した人は、きっと「史枝、好きなように突っ走れ!」と応援したくなるはずだ。


(磯部正和)