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K-HIPHOPが今世界市場で注目される背景は? Jay Parkと2 Chainzコラボまでの歴史を追う

2018年06月04日 10:32  リアルサウンド

リアルサウンド

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 韓国ヒップホップのアイコンとも呼ぶべきJay Park(ジェイ・パーク)が、アメリカのレジェンド級ラッパーである2 Chainz(2チェインズ)をフィーチャーしたトラックを出すという驚きのニュースが飛び込んできた。


 5月25日にリリースされたシングル「Soju」。Sojuとは韓国語で“焼酎”の意味で、金を稼いだ一日の終わりに焼酎を飲んで酔っ払おうといった内容のトラップ・チューンだ。


 昨年7月にJay-Zが運営するレーベル<Roc Nation>(ロック・ネイション)と契約したJay Parkは、このシングルによって全米進出の第一歩を踏み出した。彼は各メディアの取材に対し、「韓国人がアメリカのヒップホップ・カルチャーに影響を受けているように、この曲を通してアメリカ人に韓国カルチャーを見せて影響を与えたい」(W Korea)、「韓国の焼酎ってかっこいいな、飲んでみたいなって思ってもらうことで、互いの文化が混ざり合って壁を取り除くことができる」(HIPHOPLE)と語っている。


 「ジンロ」「チャミスル」「鏡月」など、韓国の焼酎を飲んだことがある人なら分かるように、韓国の焼酎といえば緑色のボトルがトレードマークだ。「Soju」の歌詞にも“green bottles”という言葉が登場するが、韓国人が焼酎と聞いた時に思い浮かべるのが、まさに緑色のボトルだろう。記念すべきアメリカデビューを飾るトラックで、韓国らしさが感じられるテーマをクールに見せたJay Parkのセンスには脱帽する。


 ここでJay Parkの経歴について簡単に説明しよう。アメリカ・シアトルで生まれ育った彼は、B-Boyとして少年時代を過ごした後に韓国へ渡り、21歳の時にアイドルグループ2PM(トゥーピーエム)のリーダーとしてデビューした。グループ脱退後はヒップホップアーティストとして徐々に頭角を現し、 2013年にレーベル<AOMG>(エーオーエムジー)を設立。ビジネスマンとして敏腕を発揮する傍らで、自らもラッパー/シンガー/ダンサーとしてトップに登り詰めていった。昨年はレーベル<H1GHR Music>(ハイヤーミュージック)も新たに設立し、新鋭アーティストを次々に輩出している。また、先述のように昨年はアジア系アメリカ人として初めて<Roc Nation>と契約したことが大きな話題となった。現在31歳。これから世界的に大躍進することが期待されている。


 Jay Parkがアメリカでここまで注目を浴びるようになった理由は、もちろん彼自身の実力もあるだろうが、BTS(防弾少年団)を始めとするK-POPアイドルの世界的な活躍、ラップ・サバイバル番組『SHOW ME THE MONEY』の大ヒット、PSY(サイ)やKeith Ape(キース・エイプ)が引き起こしたバズなど、様々な要素が複合的に影響したと考えられる。


 アメリカで最初に韓国のラップという存在が注目を浴びたのは、間違いなくPSYの「江南スタイル」だろう。2012年に発表されたこの曲は、T-Pain(T-ペイン)、Robbie Williams(ロビー・ウィリアムズ)、Josh Groban(ジョシュ・グローバン)などの海外セレブたちによって広く拡散され、YouTubeを通して世界中で大ブレイクした。音楽的に評価されたというよりは“馬ダンス”などのユーモラスな面がウケたのだが、韓国語ラップに世界の関心が集まったことには変わりない。


 その2年後の2014年、PSYはSnoop Dogg(スヌープ・ドッグ)をフィーチャーしたトラック「HANGOVER」を発表。さらに同年、“韓国ヒップホップの象徴”と名高いDynamic Duo(ダイナミック・デュオ)がDJ Premier(DJプレミア)のプロデュースによるトラック「AEAO」を発表するなど、この頃から韓国とアメリカのアーティストによる音楽的交流が目立ち始めた。


 この2014年というのは、韓国ヒップホップシーンにとって、ある意味大きな転換期だったと言える。PSYやDynamic Duoなどのベテラン勢がアメリカの重鎮たちとコラボするという事件が勃発しただけでなく、『SHOW ME THE MONEY』のシーズン3がブレイクしたことも重なり、韓国国内ではヒップホップが一気に大衆化され、韓国以外の国のK-POPファンたちは同番組を通して他のラッパーたちにも注目するようになったのだ。


 年が明けて2015年元日。この日YouTubeに公開されたKeith Apeの「It G Ma」は、国外のリスナーが抱いてきた韓国ヒップホップのイメージをいい意味でくつがえした。それまでPSY、Dynamic Duo、『SHOW ME THE MONEY』などが見せてきたものは、大企業によって作られた大衆芸能のイメージが少なからずあった。しかし「It G Ma」は、アンダーグラウンドのラッパーたちが友人同士で声を掛け合って制作し、無料公開したトラックだ。そして何より、そのディープなサウストラップとドープなフロウに驚きを隠せなかったアメリカの音楽関係者たちは、競い合うようにこの曲を拡散。瞬く間に巨大なバズが起こったのである。


 これをきっかけに母国を離れてアメリカに活動拠点を移したKeith Apeは、現地の大手メディア「COMPLEX」を通して、A$AP Ferg(エイサップ・ファーグ)やWaka Flocka Flame(ワカ・フロッカ・フレイム)らが参加した「It G Ma」のリミックスを公開した。以降もアメリカのみならず、諸外国のアーティストたちと頻繁にコラボしながら世界を舞台に活躍し続けている。


 「It G Ma」以降、韓国のヒップホップシーンは世界中に広がるK-POPファンだけでなく、各国の音楽メディアやアーティスト、ヒップホップファンからも大きく注目されるようになっていった。


 そのタイミングで登場したのがDEAN(ディーン)だ。元々K-POPグループEXO(エクソ)などのソングライターをしていた彼は、興味深いことに、韓国ではなくアメリカで先にシンガーとしてのキャリアをスタートさせたのだ。Eric Bellinger(エリック・ベリンジャー)とのデュエット「I’m Not Sorry」で2015年にデビューし、間もなくAnderson .Paak(アンダーソン・パーク)をフィーチャーした「Put My Hands On」を発表。アジアの若き天才アーティストとして脚光を浴びた。


 DEANは韓国の音楽シーンの流れを変えるゲームチェンジャーとなった。フューチャービートを流行させ、新鋭クリエーターたちが集結する次世代クルーが多く生まれるトレンドを作ったのだ。また、それまでの韓国語ラップは発音の良さ、ライミングやフロウのうまさなどが重要視されてきたが、DEANやその周辺の新鋭アーティストたちの影響によってシンギング・ラップが台頭していき、2017年には大幅な世代交代が行われた。DEANは2017年以降もアメリカのR&BバンドであるThe InternetのボーカリストSyd、そしてイギリスのバンドPREPとコラボを果たしている。


 こうして韓国とアメリカのヒップホップシーンの交流はますます深まっていった。韓国で最も成功したラッパーに挙げられるDok2(ドッキ)やThe Quiett(ザ・クワイエット)は、その方面でも精力的だ。昔から国外のアーティストと積極的に作業してきた彼らは、ここ2~3年の間もDJ Mustard(DJマスタード)、Pete Rock(ピート・ロック)、Wu-Tang Clan(ウータン・クラン)などのビッグネームと次々にトラックを発表。ワールドツアーも頻繁に開催するなど、国内外を問わず目覚ましい活躍を見せている。


 『SHOW ME THE MONEY』の優勝経験者でもあるBewhY(ビーワイ)もまた同様だ。同番組での優勝後、彼はTalib Kweli(タリブ・クウェリ)とのコラボ曲「International Wave」を発表。さらには戦友C Jamm(シージャム)と共にA$AP TyY(エイサップ・タイ)のトラック「Like Me」にもフィーチャリングした。BewhYのタイトで歯切れの良いフロウは、全くカラーの違うこの2つのトラックどちらにもよく調和しており、そのスキルの高さに思わず唸ってしまう。彼はその後、インディペンデント・アーティストとしては異例の全米ツアーも敢行した。


 以上のような流れの中で、じっくりと着実に世界市場に向けて大きな力をつけていったのが、まさにJay Parkその人である。元アイドルならではのパフォーマンス・スキルと、幼い頃からB-Boyとして培ってきたヒップホップ・ソウル。その両面を武器に、プロの世界で10年かけて才能を磨き上げていった。英語を母国語とし、ビジネスマインドまで兼ね揃えている。そんな彼がアメリカにまで活躍の舞台を広げることとなったのは、必然の結果であったと言えよう。


 5月29日、『Soju』のリリースに続く驚きのニュースが飛び込んできた。BTSが米ビルボード・アルバムチャートで1位を獲得したのだ。これはK-POP史上初の快挙だという。韓国勢の勢いはもう誰にも止められない。(文=鳥居咲子)