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SHE’Sの音楽にある“シンフォニック”な要素 ストリングスとホーン従えた中野サンプラザ公演

2018年06月03日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 5月27日、中野サンプラザで行われた『SHE’S Sinfonia “Chronicle” #1』。SHE’Sにとって、ストリングスやホーンを擁したライブは物理的にはスペシャルなものかもしれないが、決して企画的ではないという確信を得たライブだった。そもそもメインソングライターである井上竜馬(Vo/P/Gt)の脳内でメロディやアレンジが生まれる際に鳴っているものはすでに“シンフォニック”なのではないか。楽器演奏のルーツがクラシック・ピアノであったり、ロックやポップスのジャンルで言えば、MaeやColdplay、Mumford & Sons、アンドリュー・マクマホン(Jack’s Mannequin、Something Corporate)、最近ならエド・シーラン、そして広範な時代の洋楽であることからも想像できるが、今回の編成がその想像を現実のものとしてあぶりだした印象を持った。昨年10月にも『SHE’S Hall Tour 2017 with Strings ~after awakening~』にてストリングスとの共演の必然性を体現した彼ら。さらにホーン隊を加えたことは、メジャー2ndアルバム『Wandering』で拡張したアレンジの自由度からして、今のSHE’Sの音楽性や音像を伝えるためのニュートラルなものだったのではないだろうか。


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 オープニングナンバーは、これまでも多くの幕開けを飾ってきたメジャーデビュー曲「Morning Glow」。バイオリン×2、ヴィオラ、チェロからなるストリングス隊と鳴らしたが、むしろその成果は音源でも曲の印象を左右するイントロのストリングス・リフが一気にイメージを拡張する「Un-science」でカタルシスを生んだ。スケールの大きな音像を下支えする広瀬臣吾(Ba)も木村雅人(Dr)によるリズム隊の力強さが増したことも大きい。音のボリュームももちろん、音質も含めて人間の鼓動にリンクする血の通った強さを感じる。序盤からまるで高原で深呼吸するように、今ここで演奏していることの心地よさを言葉で発する井上竜馬。後半のMCでも大阪と東京のみの公演であることを悔しがっていたが、それぐらい1曲1曲、一瞬一瞬を慈しんでいるように映る。


 そして今回初参加となるホーン隊がパレードのニュアンスをぐっと押し上げた「Beautiful Day」。井上のピアノのアルペジオはふくよかで、服部栞汰(Gt)が挟むブルージーなフレーズはスパイスが効いている。繰り返しになるが、メンバーが再度自分のプレイを今年のアルバムツアーやイベントなど、様々なシチュエーションのライブで意識した結実なのかもしれない。また、マイナーチューンでハードな「Isolation」と「Just Find What You’d Carry Out」の2曲は、孤独や焦燥、追い詰められ逃げ場のない感覚が、ストリングスがより生々しく煽るようで、音圧の総量も凄まじい。体感として残る圧が曲のドラマチックなメッセージとリンクしていたのは効果的だった。一転、全員が優しい音色を息を合わせて紡ぎ始める「White」やフォークロアな色合いの「パレードが終わる頃」でウォームな空気感を作り上げ、SHE’Sのバンドとしての包容力を堪能させる場面も。


 そしてこの日、個人的に白眉だったのが、インディーズ時代のミニアルバム『WHO IS SHE?』収録の「幸せ」と、その演奏に至るこの曲に関する井上のMCだった。「パレードが終わる頃」を演奏し終わった井上以外のメンバーとホーン隊がはけ、井上とストリングス隊のみになったステージで、彼が話したのは、かつての恋愛で、自分の幸せの尺度で人の幸せを計らないでほしいと言われた経験。そしてその恋が終わった時期にカンボジアへ一人旅した際に感じた、過酷な現実を生きる人たちが運命を受け入れている姿を目の当たりにした経験。どちらも他人が他者の幸せの価値観を決めることはできないという、大きな気づきになった事柄だ。だからこそファンから要望がありながら、ライブで披露する機会は少なかったのだと言う。井上の歌とピアノ、そしてストリングスで内面を照射するように淡々と始まった演奏に、途中からメンバーが加わる。全く同じ気持ちで鳴らせないとしても、「幸せ」という永遠の命題に沿ってステージ全体が表現しているようで、井上の声も遠くまで届く力を得たように感じた。さらに「生きてる人間の方が迷ってフラフラしてる」と曲が始まる前に言い、洗練されたメロディを歌い出した「Ghost」の美しさ。その美しさと今ここにいない大切な人への思いがアンビバレントな感情を増幅して、グルーヴもとぐろを巻くように重量を感じるものへ変化していく。服部の爆発するギターソロ、腰を深く折って鍵盤を叩き続ける井上。長い長いアウトロはどこか祈りにも似た迫力で、完全にこの2曲で圧倒されてしまった。


 終盤はストリングスのシンフォニーがまるで飛行機が離陸するような印象を与える「遠くまで」や「The World Lost You」といった新旧のレパートリーが、同じ表現力で生き生きと並列している頼もしさも確認できた。さらに生ストリングスが曲に翼を与えるように「Over You」をライブで味わえる醍醐味。今回の編成をフルに活かし切る「Home」の見晴らしの良さ。ファンファーレのように高らかなホーン、歩みを止めないことを鼓舞するようなコーラスも、この日のライブを一つの旅と見立てられるほどの物語を感じる。本編19曲。ストリングスとホーンを加えた編成によるアレンジは、その強度や抜き差しでさらに良くなる可能性を感じる部分もあったが、やはりSHE’Sの音楽はバンドサウンドに拘泥しない奥行きや幅を持っていることを再認識できたのは大きな収穫だ。


 アンコールでは同期を用い、エレクトロがポップミュージックのオーセンティックな音像となった以降のスタンダードと言えそうな新曲「歓びの陽」も披露。過去の痛みも忘れないし、後悔もするし、全部当たり前のように背負って歌うつもりだという意思表明がなされていて、それは受け手の涙が笑顔に変わる瞬間に立ち会うためであるとも明確に記している。アンコールラストの「Curtain Call」はインディーズ時代の曲だが「歓びの陽」と続けて聴くと、基本的に井上竜馬の姿勢は変わっていないことが明らかになる。現実が変わらなくても、自分の心の温度が上がれば前向きに変われるということ。それをメロディや音色で起こすことに賭けている、SHE’Sというバンドの特徴や軸が明確に見えたシリーズ第一回だった。(石角友香)