トップへ

誰もが誰かの“毒”となるーー『あなたには帰る家がある』が描く多種多様な価値観

2018年06月02日 12:22  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

「たかをくくる。たかをくくって、いたのだけれど……」


 金曜ドラマ『あなたには帰る家がある』(TBS系)第8話。まさに観ているこちらが、このドラマにたかをくくっていたのだと再確認させられる回だった。ドラマなのだから離婚と親子の問題をうまく解決する方法を見せてくれるに違いない、したたかなキャラクターなのだからさらにかき乱してくれるに違いない……“たかをくくる”とは安易に相手の行動を予測して、その通りになると願うこと。それは、良くも悪くも相手に期待しているということだ。期待通りの動きを見せる相手に歓喜し、そうではない相手に落胆する。そして気付かされるのは、このドラマはブラックホームコメディだったということ。決して正解を見せてくれるものではなく、シュールな展開を滑稽だと失笑しながら、自分では想像もできないような価値観を持った人間がいることを想像させるドラマなのだ。


 ついに離婚した真弓(中谷美紀)と秀明(玉木宏)は、それぞれ性格の違いによって起きていた生活の摩擦から開放され、「快適だ」「ノーストレスだ」と新生活を謳歌していた。だが、それは娘の麗奈が“自分たちの決断を尊重し、理解してくれているはず”とたかをくくった上でのもの。まさか自分たちの離婚劇が、娘の周囲に伝わり“かわいそうな子”として扱われているなんて思いもよらなかった。


 「“頑張れる?”とか聞かないでよ。そんなふうに言われたら“うん”って言うしかないじゃん。これ以上私に気を使わせないで!」パンクした麗奈が放った言葉は、相手から寄せられた期待に応えなくては、と追い詰められた全ての人の叫び。誰もが、誰かの期待を受けて、それに応えたくて、でも全てには応えられなくて……というジレンマを抱えている。真弓も“ちゃんと家事ができる妻”に、秀明も“家庭を一番に考える夫”に、そして麗奈も“部活も勉強も頑張る娘”に。それぞれが期待に応えようと頑張ってきた。しかし、人間なかなか理想通りにはいかないもの。夫婦は別れ、娘は「もう頑張れないの」と涙ながらに訴える。


 「じゃあ、サボっちゃおう」と逃げ場所になる祖母がいてよかった、これで少し心を落ち着けて……と思ったら、秀明が全力で麗奈を追いかけ「頑張れ!」と絶叫。自分の浮気が原因で、離婚し、娘が辛い立場になっているにも関わらず、だ。そこに真弓も加わって、さらに「頑張れ、頑張れ」と続ける。「頑張れない」と言っている相手を追い込んでいく似た者元夫婦に、“大丈夫か?”と首をかしげたが、それこそこちらがたかをくくっていたという証拠だろう。


 “自分ならばこうはしない”も、“自分だったらこうしてほしい”も、どちらも視聴者としては正解なのだ。ドラマとは、そもそも非現実的なもの。そこにリアルを求めてしまうのは、観ている側が自分を投影しやすいからだ。リアルではない、理解できない、と見切ってしまうのは簡単だ。秀明のダメっぷりも、真弓の短絡的な行動も、“自分だったら?”と考えさせてくれるフックのひとつ。多くの作品に触れることは、心のキャパシティを広げてくれるように思う。ドラマでこそ、ありえない状況を疑似体験し、自分とは異なる反応をする登場人物たちに“そんな人もいるのか”と再発見できる格好の場なのだから。


 その最たる例が、茄子田綾子(木村多江)のストーカーまがいな秀明へのアプローチだ。折り畳み傘を持っているにも関わらず、雨に濡れて秀明の家にたずねてくる。子犬のような上目遣いに、同じTBSで放送していたドラマ『カルテット』を思い出した。異性を誘惑するために必要なのは、人間を捨てること。「猫になるか、虎になるか、雨に濡れた犬になるか」とレクチャーした回だ。綾子は雨に濡れた犬で登場し、秀明の部屋に猫のようにスルリと入り込み、そして虎のように獲物(合鍵)を奪った。さらに三角巾&割烹着の飲食店を「男性にお酒を出す仕事」と言って同情をかったと思ったら、真弓を見つけるやいなや全力疾走で秀明の部屋に先回りして「おかえりなさい」と言ってみせたり……もちろん秀明のパーカーを羽織るのも忘れない。


 綾子こそ、昭和の男・太郎(ユースケ・サンタマリア)が求める“理想の妻”に応え続けた、いわばたかをくくらせるプロだ。相手の期待通りに動いて見せることで心を掴み、結果として自分の本望を遂げる。太郎の言いなりになっているように見せるのも、計算づくだということ。世の中、そんな策士もいるのだ。私たちは、気づかないうちに見たいものしか見ないようになっている。“この人ならこうしてくれるだろう”、”この人はこんなもんだろう”と、たかをくくっていると、とんでもない毒が近くに潜んでいることも、そして自分自身が誰かを追い込む毒を持っていることも見逃してしまうのではないか。そのゾワゾワ感が、このドラマの真の魅力だ。(佐藤結衣)