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ジョニー・グリーンウッドとの制作の裏側 『ビューティフル・デイ』監督が語る、映画音楽の重要性

2018年05月31日 18:02  リアルサウンド

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 第70回カンヌ国際映画祭で脚本賞と男優賞をW受賞した映画『ビューティフル・デイ』が6月1日に公開される。ホアキン・フェニックスが、元軍人で殺しを厭わない冷徹な人捜しのスペシャリストという異色の主人公ジョーを演じた本作では、州上院議員からある組織に囚われた娘ニーナの捜索を依頼された孤独な男ジョーと、全てを失った少女ニーナの交流が描かれる。


参考:ジョニー・グリーンウッドによる緊迫感あふれる楽曲も 『ビューティフル・デイ』予告編&ポスター


 今回リアルサウンド映画部では、監督を務めたリン・ラムジーにインタビューを行った。前作『少年は残酷な弓を射る』から今回の新作発表まで6年もかかった理由や、現在公開中のポール・トーマス・アンダーソン監督作『ファントム・スレッド』でオスカーノミネートも果たした、ジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)が手がけた音楽について話を聞いた。


ーー今回の作品は、あなたにとって3本目の長編監督作『少年は残酷な弓を射る』以来6年ぶりの新作となります。その間にはナタリー・ポートマンが主演を務めた『ジェーン』の監督降板など紆余曲折もあったかと思いますが、2本目の長編監督作『モーヴァン』と『少年は残酷な弓を射る』の間も9年空いていたりと、作品選びに信念のようなものがあるように感じられるのですが……。


リン・ラムジー(以下、ラムジー):確かに自分がしっくりこないとやらないところはあるかもしれないわね。『ジェーン』のように一度やると決めたことでも、ビジョンが異なって納得できなくなると離れてしまうこともある。ピーター・ジャクソンが監督した『ラブリーボーン』なんかは、実は私がずっと温めていた企画で、脚色しながら脚本も書いていたのだけれど、原作とは全く違う『ハムレット』的な解釈で書き上げていたから、原作ファンの人たちががっかりするんじゃないかということで離れることになったの。そういうふうに、自分が進めていた企画が5年後ぐらいに誰か別の監督が撮っていたという経験談は、映画監督なら誰しもが持っていることだと思う。でも、それだけの時間を作品に費やしていて、脳内でその映画を作り上げているということでもあるから、頭の中で作っている作品が次の作品につながっているというふうに考えることもできるの。『ジェーン』は本当にやりたかった作品だったのだけれど、製作陣が望んでいたものと私がやりたかったものが異なってしまって、結果的にああいう形になってしまって残念だったわ。


ーー『少年は残酷な弓を射る』に続いて、今回も原作ものの映画化作品になるわけですが、どのような経緯でこの作品と出会ったんですか?


ラムジー:今回原作となったはジョナサン・エイムズの『You Were Never Really Here』は、実はとても短い小説なの。私も最初に読んだとき、一気に読み終えてしまったのと同時に、主人公ジョーのキャラクターがとても興味深いなと思った。ただ、まだそのときは映画権も取得していなかったから、実験的に脚色してみることにしたの。ジャンルものの物語ではあるけれど、それを覆すことができるのではないのかと。そこから4週間で初稿を書き上げて、権利をクリアにして、映画化が進んでいったという流れね。とにかく今回はエンディングを含め、原作とは全く違う内容になっているわ。


ーー主人公のジョーを演じたホアキン・フェニックスは、キャリア史上最高とも言える素晴らしい演技を披露していました。彼を主演に想定したのはいつ頃だったのでしょう?


ラムジー:原作を読み終えて、脚色化にあたっての最初の1行を書く前だったわね。だから最初からホアキンをジョーとしてイメージしていたわ。自分のPCにホアキンの写真を貼って、「ホアキンは絶対にこの映画に出演するんだ!」と念を送りながら脚本を書いていたの(笑)。


ーー噂によるとホアキン・フェニックスもあなたとの仕事を熱望していたらしいですね。


ラムジー:実は私が降板してしまった『ジェーン』では、『セブン』や『愛、アムール』などの作品の撮影監督として知られるダリウス・コンジと組む予定だったの。私がそのプロジェクトから離脱したことによって彼も離れてしまったのだけれど、ダリウスとホアキンが今面白いと思う監督について話をしていたときに、ダリルが私の名前を挙げてくれたみたい。それがホアキンと私のコラボレーションの一番最初のきっかけだったわね。ホアキンにとっては、原作となった小説や演じる役どころがどうこうというわけではなく、監督としての私に興味を持ってくれたみたいだった。それに、ホアキンが主演を務めた映画『戦争のはじめかた』のプロデューサーが今回の作品でもプロデューサーに入っていて、たまたま連絡先を知っていたのも大きかったわね。“元軍人で殺しも厭わない人探しのプロ”というと、大柄で腹筋が割れていて……というタイプの役者を想定しがちだけれど、この作品は全ての面においてクリシェを避けたかった。ホアキンだったらまさにクリシェを避けた演技をしてくれるし、ジョーという役柄に人間的な要素をもたらしてくれると確信していたの。今活躍している役者の中で、最も才能ある役者の1人でもあるからね。


ーー音楽は前作『少年は残酷な弓を射る』に続いてジョニー・グリーンウッドが担当しています。前作やポール・トーマス・アンダーソン作品での音楽とはまた異なる、映画音楽家としての新しい一面が見れた気がしました。


ラムジー:どんな音楽にも興味を持っていて才能に溢れている彼との仕事はとても楽しいの。今回も割と最初の段階から彼と話はしていたのだけれど、レディオヘッドがツアー中だったから、実際にできるかどうかわからないという状態のなかで、ネズミにチーズをかざすような感じで、少しずつ編集中の映像をジョニーに送っていたの。そうしたらまんまと作品の世界にハマってくれたようで、「是非やりたい!」と(笑)。『少年は残酷な弓を射る』の音楽は、どちらかというと音響に近くて、雰囲気を作るイメージだった。今回は私にとっても初めてのスコアと言えるぐらいだったのだけれど、今振り返ってみればクレイジーなやり方をしていた気がするわ。


ーークレイジーというと?


ラムジー:撮影や編集を進めていくにつれて、予算がどんどんなくなっていくという状況になってしまって、最終的に音楽にかける予算がほとんどないということになってしまうのは絶対に嫌だったから、先にミュージシャンを押さえてレコーディングをすることにしていたの。プロデューサーたちからも「後でいいのでは?」と言われていたのだけれど、そこは徹底的にこだわってかなり早い段階から音楽は準備してもらっていた。逆に、出来上がったスコアが画の編集に影響を及ぼしたぐらいだったわ。このすぐ後に『ファントム・スレッド』の音楽をやっていたけれど、あなたが言うように本当に全く違う音楽だったから、ジョニー・グリーンウッドの音楽家としての幅の広さには驚かされた。


ーーシーンに応じて音楽も大胆に変わっていた印象でしたが、どういった音楽にするかはお互い話し合って作っていったのですか?


ラムジー:ジョニーには準備段階からジャンル映画のこの音使いが面白いとか、自分が面白いなと思った音楽は送っていたの。ただ、違った使い方というか、こういったジャンルの作品で使われるような楽曲を覆すような、ひねりがある形にしたかった。結果的に、今回の作品における音楽は、ホアキン演じる主人公のジョーの映し鏡のようになっているわ。ジョーが歩む道のりをともにするような、音楽自体がこの作品におけるキャラクターの1人のようになっているの。ジョニーとの具体的な作業方法で言うと、私が送った断片的な映像からインスピレーションを受けて、ジョニーが楽曲を制作する。それを聞いた私が、またインスピレーションを受けて編集して、出来上がったものをまた彼に送るという流れだった。映画音楽においては、ある程度編集が終わってから、音楽担当に「スコアをお願いします」というパターンが多いのだけれど、私はそれが大嫌い。音楽も映画の一部であるわけだから、一緒に作りながらコラボレーションしていきたいの。ジョニーも同じ考えで、彼はタイムコードに合わせてスコアを作るということは一切しない。画を観たフィーリングをもとに、尺などは関係なく自由に作った音楽が送られてくる。だから、実際には映画の中で使われなかった素晴らしいトラックも山のようにあるの。本当に素晴らしいのだけれど、映画としてうまく落とし込めなかったトラックがね。


ーーそうなんですね。それは是非とも聞いてみたいです。


ラムジー:本当にもったいないぐらい素晴らしいの。全てのトラックを収めたアルバムを出したいくらいね(笑)。(取材・文・写真=宮川翔)